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第68話 ガーネリアに帰国4
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コンコンと扉をノックする音が響く。
「入れ」
アウグネストが許可を出すと、顔を出したのはリュイだった。現在のリュイは、補佐官として、アウグネストと政務官たちの橋渡し役をこなしている。
「陛下。カリエスさんたちが帰国しました」
ミルヴェール王国で静養していたカリエスたちの帰国。それはつまり――ネヴァリストニアたちもとうとう戻ってきたということ。
「五人とも、地下牢に入れたとのことです。ネヴァリストニアだけは、最奥の独房に。もう処遇は決まっておりますから、私から彼らに判決をお伝えいたしましょうか」
「いや、俺が直々に伝えよう。今から地下牢に行く」
「では、私は護衛として付き従います」
アウグネストは椅子から立ち上がって、リュイとともに政務室から出た。その足で、地下にある地下牢へと向かう。見張りの王立騎士たちは驚いた顔をしたものの、騎士の礼をとる。
「ネヴァリストニアたちに話をしにきた。通してくれ」
「はっ」
見張りの王立騎士たちの横を通り過ぎ、まずはメルニや騎士たち四人の姿を探す。すると、奥の方の牢に四人まとめて入っていた。四人とも無言で壁に寄りかかって、うなだれている。
「怪我は大丈夫か」
アウグネストがそう声をかけると、四人ともはっとして顔を上げた。が、すぐに気まずそうに顔を伏せる。
「「「「……はい」」」」
無視はせず、四人ともそう返答した。
僅かに沈黙が下りたが、アウグネストはすぐに続けた。
「お前たちには、王都から出て行ってもらう。二度と俺の前に現れるな。姿を見せたら、今度は処刑せねばならない」
それがアウグネストと上層部とで取り決めた条件だ。処刑は回避したいアウグネストと、問答無用で処刑すべきという上層部との折衷案だった。
騎士たち三人はカリエスが容赦なく二度と剣を振るえぬ体にした。それ以上に重い処罰はないだろうと、アウグネストは判断したのだ。
メルニに関しては……ユヴァルーシュの『子分』ということで、迂闊に手は出せない。処刑しようと思えばできるのだが、殺してしまうと主人たるユヴァルーシュの寿命が削られてしまう。防御魔法【隷属】とはそういうデメリットがあるのだ。
身内贔屓といわれたらそれまでだが、ユヴァルーシュにはあの一件で大いに助けられた。その恩返しの意を込めての処遇だ。
深々と首を垂れる四人をそれ以上見ることはなく、アウグネストは最後にネヴァリストニアの下へと足を運ぶ。最奥の独房は、分厚い扉で一般の地下牢と区切られており、リュイのことを扉の前で待機させた。
ギィィィ。
軋んだ音を立てる分厚い扉を開け、アウグネストは中に入った。そこには、広い牢の中に鎮座するネヴァリストニアがおり、アウグネストがきても眉一つ動かさない。地下牢に入った辺りから、アウグネストがきたのだと魔力で察知していたんだろう。
「ネヴァリストニア。お前への処罰を伝えにきた」
格子越しに、ネヴァリストニアの前に立つ。
「お前の王位継承権は当然、剥奪するものとして。お前には、ガーネリア王国を出て行ってもらう。二度とこの国に足を踏み入れることは許さない。もし踏み入れたら、問答無用で処刑だ」
これもまた、アウグネストと上層部との折衷案。
ネヴァリストニアは、ふっと笑った。
「……随分と甘い処遇ですな。謀反人を国外追放で済ますとは」
「お前の年齢も考慮してのことだ。新しい土地で力をつけて俺に復讐するにしたって、その頃にはもうお前は寿命で死んでいるだろう」
謀反人は処刑せねばならないということは、アウグネストも理解できる。実際、そうすべきでないかと、ぎりぎりまで悩んだ。しかし、思うのだ。血は新たな怨嗟を呼ぶ。処刑という手段をとれば、いつかアウグネストの首にも凶刃が跳ね返ってくるのではないかと。
殺し、殺される。その繰り返しが永遠に続く。そんな未来は断固として阻止したい。
――いつかきっと生まれてくる、息子のためにも。
「それから、ネヴァリストニア。先代正婿を、先代ガーネリア国王が見せしめに殺したという話だが」
「嘘ではありませんよ。先代ガーネリア国王自身が私に言ったのですから」
「お前が嘘をついているとは思っていない。だが、先代ガーネリア国王が嘘をついていないとは限らない。よって、ここで真実を明らかにしよう」
ネヴァリストニアは眉をひそめた。先代ガーネリア国王とてそんな嘘をつく理由はないと思うが……そもそも、どうやって真実を明らかにするというのだ。
「先代ガーネリア国王もあのひとももうすでに亡くなっています。死人に口はありませんよ」
「いや、死人にも口がある。今から、本人に語ってもらうとしよう。お前が先代正婿と駆け落ちしようとした日の真実を」
アウグネストはそう言うと、手の平を誰もいない壁際に突き出した。魔力を大量消費し、発動させるのは――七欲悪魔の能力【死霊術】。
死んだ者の魂を呼び寄せる、禁じられた魔法だ。
床に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、その中央に半透明に透き通った、若い妖魔の姿が現れた。美しい顔立ちをしたその妖魔は、悲しげな目でネヴァリストニアを見た。
一方のネヴァリストニアは、声を失った。そこに現れた若い妖魔は、記憶にある愛しいひとの姿と同じであったからだ。
「ケレリアーヌ……!」
ネヴァリストニアは、格子の間から必死に手を伸ばした。が、もちろん届くことはなく、もし仮に届いたとしても、精神体である先代正婿――ケレリアーヌに触れることは叶わない。
「ケレリアーヌ元殿下。俺の魔法がいつ尽きるか分からないゆえ、あの日の真実を手短に話してもらえませんか」
《はい》
魔法陣の上に立ったまま、ケレリアーヌは訥々と語った。
あの日――ネヴァリストニアと駆け落ちしようと、後宮の外で待ち合わせていた日。いつもは用もなくケレリアーヌが住まう赤薔薇宮にやってこないガーネリア国王なのに、なぜかその日の夜は顔を出した。
『行くのか』
ガーネリア国王は、一言そう訊ねた。
ケレリアーヌはぎくりとした。駆け落ちする計画を見抜かれていたのか。ということは、当然、引き止めるつもりで顔を出したのだろう。
戦うしかないと思った。勝機なんてないに等しいが、それでも何もせずに駆け落ちする計画を諦めたくはなかった。このままネヴァリストニアと結ばれないまま、ガーネリア国王の下で暮らさなくてはならないなんて耐えられなかったのだ。
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