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第61話 ミルヴェール王国14

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     ◆◆◆


 その場を離脱したユヴァルーシュは、すぐさまリュイの魔力を追って森の中を駆けた。生い茂る木々の中を疾走し、やがて開けた場所が見えてきたというところで。

「リュイちゃん!」

 開けた場所の手前で、リュイが木にもたれかかってぐったりとしていた。眠そうにうとうとしており、今にも気を失ってしまいそうだ。
 強い魔法を使ったためだと、ユヴァルーシュは察する。実は、リュイはその昔、先代ガーネリア国王の不治の病を禁忌魔法で治した際に、その代償として魔法可動領域が極端に狭くなってしまったのだ。
 そのため、攻撃魔法の才覚があるにも関わらず、あまりにも強い魔法を使用すると、魔法可動領域が圧迫されて極度の脳疲労を起こす。
 立ち止まったユヴァルーシュは、リュイの前に片膝をついた。

「大丈夫? もう、無理するんだから。安全な場所まで運ぶよ」

 リュイを腕に抱え上げようとしたユヴァルーシュだが、リュイはそれを拒んだ。といっても、別にお姫様抱っこされることが嫌だったわけでない。

「メルニが、そこにいるんです……逃げないよう、目を光らせておかなくては」

 なるほど、とユヴァルーシュは合点がいった。この様子ではもちろんメルニを倒してはいるのだろうが、とどめは刺していない。念には念を入れて、逃げてしまわないかを危惧して、ここで見張りをしていたわけだ。

「じゃあ、ちょっと俺が様子を見てくるよ。待ってて」

 ユヴァルーシュは一旦リュイから離れて、先にある開けた場所へ向かう。無惨にも一部消し飛ばされた跡のある花畑の中に、うずくまる猫男の姿を見つけた。
 ゼーハーと肩で必死に呼吸をしようとしている猫男。どうやら肺に穴が開いているようだ。ほとんど息のできない苦しみを味わっているように見える。

(リュイの攻撃魔法【氷塵】か。おそろしい技だよな)

 この様子なら、立ち上がることさえ、ままならないだろう。放っておいても、延々とここで苦しみ続けることになると思われるが……ユヴァルーシュは、あることを閃いた。
 猫男――メルニの下へ歩み寄り、背後から声をかける。

「おい。お前、助かりたいか?」

 メルニは苦悶の表情を浮かべて、ぎこちなくユヴァルーシュを振り向く。助けてもらえるのかという縋る目線に、ユヴァルーシュは口端を持ち上げた。

「ネヴァリストニアとの話を全部話してくれるって言うんなら、助けてやってもいいぞ」
「ほ、んとうに……?」
「ああ。ただし、俺の子分にはなってもらうが」

 メルニは怪訝な顔をしたのも一瞬、よほど地獄の苦しみだったんだろう。ユヴァルーシュからの持ちかけ話を了承した。
 ユヴァルーシュは手の平をメルニに掲げ、防御魔法【隷属】を発動した。子分……という建前だが、実際は自身の奴隷とする。これにより、ユヴァルーシュ側からいつでも呼び出しの声をかけることが可能であり、またメルニはもうユヴァルーシュに対して決して剣を向けることはできない。
 ちなみに人間領まで運んできてくれた哀れなワイバーンにもこの魔法がかけられており、ユヴァルーシュの『子分』である。

「よし。じゃあ約束通り、助けてやる。仰臥位になれ」

 メルニは素直に従い、のろのろと背中を下にして寝た状態になる。
 ユヴァルーシュは持ってきた鞄から、局所麻酔の注射器を取り出す。それをメルニの体に刺して液体を注入し、麻酔の効き目が現れるのを待つ。
 そろそろ効いてきたかという頃合い見計らい、今度は空の太い注射器を手に取る。前胸部の鎖骨線上から注射器の注射針を胸腔内に挿入し、注射器で空気を吸い上げて空気を排出させた。それを三回ほど繰り返す。穿刺脱気という医療行為だ。
 メルニの呼吸が少しずつ落ち着いていく。

「はっ、はぁ……」

 苦悶の表情が緩和されている。施術は成功したようだ。
 ユヴァルーシュは道具を片付けると、さっさと立ち上がった。

「じゃ、しばらく安静にしていろ。だが、俺が呼び出したらこいよ」
「は、はい」

 あとはもうメルニを放置し、リュイの下へ戻る。すると、ユヴァルーシュの顔を見たことで気が緩んでしまったのか、リュイは気を失っていた。

「はあ。こんな無防備に倒れて。他の男に襲われたらどうするんだよ」

 やれやれと息をつきつつ、ユヴァルーシュはリュイを腕に抱え上げた。いつまでもこんな場所で寝かせておくわけにはいかない。
 ユヴァルーシュはきた道を、ゆっくりと引き返した。


     ◆◆◆


「大丈夫かよ、じじい!」

 ワイバーン形態から擬人形態に戻ったハノス。アウグネストを下ろして早々に、カリエスの下へ駆け寄った。
 カリエスの脇腹から、どくどくと溢れる鮮血。止まる様子のない傷口を、ハノスは急いで応急処置した。自身の衣服を破って簡易包帯を作り、傷口を縛り上げた。
 カリエスは痛みに顔をしかめつつ、ここまで無事にアウグネストを運んできたハノスの労をねぎらう。

「それにしても、ハノス。よく陛下を乗せられてきたのぅ」
「はぁ? 俺だってワイバーンなんだから、ひと一人くらい乗せられるよ」

 カリエスはふっと笑った。そういう意味ではないのだが。
 魔力が強すぎるあまりに周囲を威圧し、恐れられてきたアウグネスト。未だ『光剣』が空席なのも、アウグネストの傍で実力を出せる王立騎士がいないためであり、今この場に連れてきた王立騎士たちがいないのもそれが最たる理由だ。

(儂もそろそろ引退する潮時か……)

 次世代の若者に託す時がついにきたということだろう。

「それよりあいつ、強いな」

 ハノスの険しい視線の先にいるのは、アウグネストと戦うネヴァリストニアだ。
 そう、ネヴァリストニアは強い。こちらにある『生きて捕縛せねばならない』という制約がないというのもあるが、そうでなくてもネヴァリストニアは腕の立つ武人だ。

「失うものがないゆえの強さというやつじゃ。そう簡単には倒れんだろうて」
「じゃああいつ、なんのために戦っているんだ?」

 ハノスには不思議でならない。失うものがないということは、守るべきものがいないということ。大切なものを守るために騎士となったハノスには、ネヴァリストニアは理解し難い。
 ハノスの直球な疑問は、しかし真理かもしれなかった。

「そうじゃな。あやつは……結局、自分のためにしか戦っていないのかもしれんのぅ」

 それが、ガーネリア王国のために剣を振るうアウグネストとの明確な差。
 アウグネストとネヴァリストニア。
 どちらが先に倒れるか。勝負の行方を、しっかりと見届けなければ。

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