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第58話 ミルヴェール王国11

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 考え込んでいると、横から服の袖をぐいぐいと引っ張られた。

「ねぇ、エリューゲン。ボク、眠くなってきちゃった。ふああっ」

 あくびをするシェフィ。お子様はそろそろ寝る時間か。

「それなら客室に戻って寝ていいぞ」
「うん」

 とことこ歩き出したシェフィに、紫晶騎士の一人が慌ててついていく。

「シェフィ様、お送りしますよ!」

 なんで様付け……って、一瞬思ったけど。そういえば、シェフィはアウグネストの『運命の番』だったな。紫晶宮ではすっかり愛玩マスコット枠になっているから、忘れていた。
 シェフィには健やかに成長してもらいたいもんだ。そんでもって長生きしてくれ。先代ガーネリア国王の『運命の番』は若くして死んじゃったらし……あ。
 そうか、思い出した! 先代ガーネリア国王の『運命の番』である先代正婿が亡くなったのも、十八年前じゃん。
 ネヴァリストニア宰相は、先代正婿を生き返らせたいのか? でもなんで? どういう関係にあった二人なんだ。それが分からないと、正確な答えは導き出せない。
 と、そこへ。
 ワイバーン――ハノス騎士団長が、凄まじい速度で戻ってきた。俺たちの前でぎりぎり止まったけど、暴風が起こって煽られた俺はよろめく。

「大丈夫か」
「う、うん。ありがとう」

 倒れそうになった俺を支えてくれたのは、アウグネストだ。
 急下降してほとんど突っ込んだハノス騎士団長の頭を、テオがぺしりと叩く。

「もう少し、優しく飛べ! 落っこちるところだったろう!」
《悪い、悪い。急がないとって思ったら、つい》
「まったく……」

 テオはぶつくさ言いつつも、状況を忘れはせず、素早くハノス騎士団長から降りる。アウグネストの前までやってきて、片膝をついた。

「陛下。無事に役目を終えて参りました」
「助かった。ありがとう。あとはエリューゲンの傍にいてくれ」
「はい」

 アウグネストは、テオから視線を外してふいと俺を見やる。

「エリューゲン。では、行ってくる」
「うん。――負けるなよ」

 握り拳を突き出した俺に、アウグネストはふっと笑った。そしてアウグネストも握り拳を作って、こつん、と俺のそれに軽くぶつける。

「ああ。必ず勝つ」

 俺たちは頷き合い、アウグネストは身を翻した。ハノス騎士団長の背中に乗ろうとして、だけど動きを止めてしまった。
 俺はすぐにアウグネストの心中を察した。そうだ、ずっと前にワイバーンから振り落とされたことがあるんだった。
 でもハノス騎士団長はそのことを知らない。不思議そうな顔で振り向いた。

《何しているんですか。早くしないと。心配しなくても、俺の乗り心地はいいですよ》

 頓珍漢なことを言うハノス騎士団。違う、そういうことじゃない。
 内心脱力してしまう俺に対し、アウグネストはきょとんとしてから可笑しそうに笑った。

「そうか。それは楽しみだ。では、頼む」
《任せて下さい》

 肩の力が抜けたのかな。アウグネストは、あっさりとハノス騎士団長の背中に乗り込む。
 ハノス騎士団長は翼を羽ばたかせて宙へ飛び上がり、再び廃神殿がある方角へ猛スピードで飛んでいった。
 それを見送った俺は、ぎゅっと握り拳に力を入れた。
 アウグネスト……武運を祈ってるよ。
 絶対、無事に戻ってこい。


     ◆◆◆


 ざざざっ!
 ざざざっ!
 木々の間を高速移動しながら、リュイとメルニは互いの投擲武器を投げ合っていた。しかしどちらも相手の攻撃をかわし、互いに攻撃が相手に当たらない。延々と打ち合っている。
 やがて――木々が生い茂る狭い空間を抜け、花畑がある開けた場所に出た。
 二人は着地し、すぐさま攻撃魔法を発動。リュイが放った凍てつく龍と、メルニが放った燃え盛る火球がちょうど中央で衝突し、大気を震わせて大爆発を起こす。
 凄まじい衝撃波が一帯に広がり、美しい花々が一瞬にして消し飛んだ。
 一見、互角のぶつかり合いに見えた、が。

「く…っ……」

 リュイが僅かながら押し負けていた。
 相殺しきれない爆風がリュイを正面から襲い、吹き飛ばす。押し飛ばされたリュイの体は大木に背中から激突し、ずるずると崩れ落ちた。

「ふん、なんだ。大したことないんだな」

 メルニが小馬鹿にしたような表情を浮かべ、リュイの前方に立つ。

「凄腕の有望な暗殺者だったっていう話なのに、全然強くないじゃん。はんっ、牙を抜かれた狼なんてこんなもんか。はーっ、緊張していたのがバカらしい」

 リュイは悔しげに唇を噛み締め、上目遣いで睨むが……否定できない。事実だからだ。
 今のリュイは、全盛期に比べたら遥かに弱い。それには事情があるのだが、そんなものはメルニには知るよしもないことだ。

「じゃ、悪いがとっとと殺して……」
「調子に乗るなよ。三流」

 ぺっと唾を吐き捨てながら言うリュイの言葉に、投擲武器を構えたメルニはぴくりと動きを止めた。何を言われたのか理解すると、額に青筋を浮かべてわなわなと唇を震わせる。

「さ、三流だと!? 俺が!?」
「そうだ。私がお前の正体に気付けなかった以上、私より格上か、よほどの出来損ないかになるが、お前は後者だ」

 リュイは冷徹な目を、メルニに向けた。しかし一方で、挑発的に口端を持ち上げる。

「わざわざ、この俺の射程圏内に自ら足を踏み入れてくれるとはな」
「!」

 メルニは即座に後方へ飛び退いた。不気味だったのだ。明らかに攻撃魔法の打ち合いで競り負けていたのに、ここまで余裕の姿勢を崩さぬリュイが。
 しかし、その判断は遅かった。リュイが言った通り、迂闊に近付いた時点でメルニの負けは確定してしまっていた。

「がっ、は…っ……!」

 数秒後、メルニはがくん、と膝をつく。両手で胸を押さえ、肩を大きく上下させた。――呼吸が上手くできない。
 呼吸困難に陥ったメルニは、それでもなんとか呼吸を続けながら、いつの間にか立ち上がっているリュイを睨み上げた。

「な、何を……」
「お前の肺に穴を開けた」
「!?」

 リュイは冷ややかな目でメルニを見下ろしながら、淡々と説明する。

「氷の針を空気中に仕込んでいたんだ。それをお前はのこのこと射程圏内まで入ってきて滑稽にも無駄話をしながら吸い、吸い込まれた氷針がお前の肺に穴を開けていわゆる気胸になった。それだけだ」
「…っ……!」
「元からお前と正面からやり合うつもりはなかった。陛下に毒を盛ろうとしたこと、万死に値するが……殺すわけにはいかない。せいぜい、地べたを這ってそこで苦しんでいろ」
「~~っ!」

 今度はメルニが悔しげな表情を浮かべるが、息が苦しいのだろう。ゼーハー言うだけで、その場から動かない。動けない。
 自身の勝利が確定したことを確信したリュイは、颯爽とその場をあとにした。


     ◆◆◆

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