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第57話 ミルヴェール王国10
しおりを挟む「よく分かったな。廃神殿ってところがあること」
テオたちが発ったあと。俺は隣のアウグネストを見上げた。
他国の領土にある建造物をなんで把握しているんだろ。百歩譲って有名な観光スポットならともかく、もう使われていない廃神殿だろ?
不思議がる俺に、アウグネストは優しく笑んだ。
「前に外交にきた時、王都の周辺一帯は異父兄上と駆け回ったんだ。当時の王立騎士団長……狼男だったんだが、獣形態になった彼の背中に乗せてもらって。それでその時に廃神殿の中も探検していて、隠し通路があることも遊びで突き止めていた。中を通ってはいないから、どこに出口があるのかまでは分からないが」
「へぇ、そうなんだ。でも、十八年も前のことを覚えていたのか」
「十八年も前だからこそ、かもしれない。外交前に当時を懐かしんでいたから、すぐに思い出せた。あの時、連れ回してくれた異父兄上には感謝だな」
異父兄弟の思い出が、思わぬ形で助けになったわけか。兄弟……一人っ子の俺には、ちょっと羨ましいエピソードだ。
ほっこりする話だけど、今は他にも聞きたいことがある。
「あのさ、その時の外交ってネヴァリストニア宰相も同行していたのか?」
前に探偵気取りで推理した、外交に行ったことで黒幕がアウグネストを暗殺するなんらかの理由を得た……っていうやつ。一度目の暗殺未遂もネヴァリストニア宰相が黒幕なら、同行していたんじゃないかっていう確認。
「ああ。当時は王立騎士としてだが」
「え、その人、武人でもあるのか?」
「元は第二王子だからな。王族というのは、護身のため剣術は必ず習う。平民になってからも鍛錬は続けていたひとだから、今も十分腕が立つだろう」
そうなのか。確かにいつどこで事件に巻き込まれるか分からないだろうし、そりゃあ護身術は身に付けるのが当たり前なのか。ってことは、ユヴァルーシュも強いのかな。
「それがどうかしたのか?」
「あ、うん。十八年前、アウグネストにリュイさんを差し向けた黒幕も、ネヴァリストニア宰相かもしれないなぁって思ってて」
アウグネストを暗殺したい輩が何人もいるとは思えない。アウグネストを暗殺して得を得る人物という観点から考えても、王位継承権が転がってくるネヴァリストニア宰相くらいしか思いつかないんだよな。
アウグネストもあっさりと同意した。
「そうだな、可能性は高いと思う」
「でも、なんで十八年も時間を置いたんだろ」
「それは一回目の暗殺失敗後に、ネヴァリストニア宰相が手に入れたかったものが無くなってしまったからだろう。つまり、俺を暗殺したら手に入るはずだったものが消えたから、一旦暗殺するのをやめた。そういうことだと思う」
「手に入るはずだったもの、って?」
王位継承権以外にも何かあるのか? っていうか、もしかしてそっちが本当の目的?
「国庫にあった手つかずの税金だと思う」
手つかずの税金。そういえば……翌年に、先代ガーネリア国王が国民に全部還付したんだっけ。それで支持率がさらに上がったとか。
「お金が目当てだったのか? そりゃあ、すごい額だったんだろうけど……でも、よく考えるとさ、アウグネストを暗殺しても、当時は先代ガーネリア国王が健在だったんだから、すぐには王位につけなかったはずだよな。それとも、先代ガーネリア国王のことも続けて暗殺するつもりだったのかな」
「それなら。これは限られた者しか知らないことだが、当時の父上は不治の病を患っていて、あと一年ももたない命だと言われていたんだ。真実は分からないが、おそらく俺を殺した後に父上の死を待ち、王位とその税金を手に入れる腹積もりだったのだろう」
それは聞いたことのない話で、俺は目を丸くした。
「え、病気だったのか! よくそれから十何年も長生きできたな」
「その不治の病気を治したのがリュイなんだ。父上がリュイを後宮に受け入れさせたのも、その恩に対する感謝だ」
な、なるほど。そんな裏事情があったのか。言われてみると、王太子を暗殺しようとした暗殺者を、ただの善意で受け入れる父親なんてそうはいないよな。
うーん。ええと、つまりネヴァリストニア宰相の行動をまとめると。
十八年前、ミルヴェール王国に外交した際、謀反を起こすきっかけとなる情報を得る。帰国してすぐ国王の座と多額のお金を求め、アウグネスト暗殺を企てるが、失敗。それから目当てのお金も無くなってしまったため、一旦王位を得ることを断念。
そして現在。再びアウグネスト暗殺を企てて、また失敗。今ココだな。
「ネヴァリストニア宰相はまた、国庫の税金が目当てってこと?」
「おそらく違う。手つかずの税金がまったくないわけではないが、十八年前に蓄えていた額に比べたら微々たるものしかないから。それに今回のネヴァリストニア宰相の目的は、ミルヴェールの領土を含めたすべてだと思う」
「へ?」
ミルヴェールの領土を含めたすべて? おい。それって、まさか。
「せ、戦争を仕掛けて、奪おうと考えていたってこと?」
「ああ。ただ、俺を暗殺するだけなら、ガーネリアで機会はあったはずだ。それをわざわざ外交の日に実行しようとしたのは、俺を暗殺してからその罪をミルヴェールに擦り付け、それを大義名分にして戦争をするつもりだったんだろうと思う」
マジかよ。アウグネストが暗殺されていたら、平和なガーネリアが戦争に巻き込まれていたかもしれなかったのか。あ、改めてよかった。阻止できて。
「じゃあ、ネヴァリストニア宰相の本当の目的は、ミルヴェールにある何かってことか」
「そうなる。多額のお金を使う必要があった何か、しかしそれができないためミルヴェールごと奪うことにしたというわけだ」
多額のお金……あ、そういえば。今、テオの言葉を思い出した。
『教団はさぞかし儲かっているだろうね』
教団。治癒能力を持つという聖女を看板とした、ミルヴェールにある宗教団体。リュイさん曰く、代償さえ払えば、死人さえ生き返らせることができるという。
……あれ? もしかして、その能力を欲してのことなのか? 最初は正攻法で多額のお金を積んで叶えてもらおうとしたけど用意できなくなったから、今度はミルヴェールごと奪って力づくで叶えようとしている?
「……なぁ、アウグネスト。ネヴァリストニア宰相って、伴侶とか子供が亡くなっていたりする?」
「いや。ネヴァリストニア宰相は、そもそも独身だから」
生き返らせたい相手の定番として伴侶や子供が浮かんだけど、違うのか。じゃあ、誰を生き返らせたいんだろ。もちろん、この推論が当たっているとは限らないわけだけども。
でも、今ある情報から考えられるものに合致する目的ではある。
他に何か関係する情報はないかな。十八、九年前か。うーん、何か忘れている気がするんだけど……なんだっけ。
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