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第55話 ミルヴェール王国8
しおりを挟む「――作戦は以上だ」
アウグネストが話を引き結ぶ。
「カリエスが狼煙を上げたら、作戦開始だ。外へ移動するぞ」
「あ、あの、陛下。ちょっと待って下さい。その作戦だと、カリエスのじいさんに相当負担がかかります。それにカリエスのじいさんがやり遂げられるかも不安が残りますよ」
物申すハノス騎士団長に、アウグネストは重々しく一つ頷く。
「ああ。その通りだ。しかし、リュイがいない以上、カリエスに踏ん張ってもらうしかない。もし作戦開始時刻までにリュイが戻ってくるのなら、メルニの相手はリュイに任せるが」
リュイさん、か。まだシェフィを探しているのかな。それにシェフィも無事だといいんだけど……どこに行ったんだ、あいつ。
アウグネスト曰く、シェフィが姿を消したのは、今回の事件の黒幕の罠だという。シェフィを捜索しにリュイさんが動くと予想し、毒見役から外れるように仕組んで暗殺者のメルニを据えさせたのだろう、と。
「リュイさん、こっちに戻ってくるんですか? 陛下の暗殺計画に勘付いて別行動をとってしまう可能性がありそうですけど」
「リュイならよくも悪くも戻るはずだ。できるなら、先に黒幕の居場所を突き止めてもらって待機していてもらいたいところだが……望みは薄いだろうな」
少し困った顔をするアウグネスト。うーん、つまり私情を優先してアウグネストの下に戻ってくるだろうってことか。
「だが、それでもこの作戦はこのままで問題ない。リュイが間に合うかどうかは運だ。あまりあてにはでき……」
その時。
――ドォオオン!
ミルヴェール王城の扉が、激しい音を立てて勢いよく押し開いた。猪のように中に突っ込んできたのは――なんと子狼姿のシェフィだ。
なんで獣形態なのかは分からないものの、俺は眦を吊り上げた。
「シェフィ! お前、どこに行っていたんだ!」
まったく、みんなに心配かけて。黒幕の罠だったにしろ、リュイさんの言いつけを破ってミルヴェール王城の客室を出て行ったのは、シェフィ自身だ。強引に連れ去られたんなら、遠吠えをするなりして騒ぎになっていたはずだからな。
軽やかに床に着地したシェフィは、すぐさま半獣人形態に変わる。俺の一喝なんて聞いていなかったかのように、アウグネストの下へ一直線だ。
「アウグネスト! リュイから伝言があるんだ!」
「……リュイから?」
アウグネストは床に片膝をつき、シェフィと目線を合わせた。真剣な表情で問う。
「なんと言っていた」
「ええとね、『カゲ。ウゴク。マツ』だって」
カゲ。影――影剣のことか? あれ、もしかして影剣ってリュイさんだったの? だとしても、別に驚かないけど。
影が動いて待つ。それはつまり、別行動をとって、その先でアウグネストの動きを待つ、って意味なんだろうか。
アウグネストは僅かに頬を緩ませていた。
「分かった。ありがとう、シェフィ」
「おいシェフィ、他には何もないのかよ」
俺もつい口を挟むと、シェフィは必死に思考するそぶりを見せる。
「うーん……リュイ、ユヴァと通話して色々と話していたんだけど、『暗殺者』って単語がよく出ていたよ。あとは、『ネヴァリストニア宰相』がどうとか」
「ネヴァリストニア宰相? 誰だか知らないけど、なんで宰相の話なんて……」
暗殺者が話題に出ていたってことは、アウグネストの暗殺計画に勘付いたってことなんだろうけど。でも、なんで宰相の話? それにユヴァルーシュと通話しているのも謎だ。
首を捻る俺に対して、アウグネストは合点がいったようだった。
「そうか。異父兄上が勘付いてリュイに電話を寄越したんだな」
「え? ユヴァルーシュさんが暗殺計画を察知して、リュイさんに伝えたってこと?」
「おそらくは。勘付いた経緯までは分からないが……だが、異父兄上も俺と同じ推察を立てているわけだ」
ん? 同じ推察ってなんだ。
アウグネストの言葉の続きを待っていると、アウグネストは険しい表情の中に……僅かに悲しみの色を浮かべて、続けた。
「今回の暗殺計画の黒幕は、俺の叔父であるネヴァリストニア宰相の可能性が高いんだ」
「え……」
アウグネストの叔父が、甥であるアウグネストを暗殺しようとした? ――はぁ!?
し、信じられない。身内に手をかけようとするなんて。
国王暗殺を目論むとしたら、王位が目当て……なのか? 子供のいないアウグネストが死んだら、叔父だというネヴァリストニア宰相が王位を継承することになるんだろうから。
……そういえば。アウグネストの暗殺未遂は二回目なんだよな。昔、リュイさんをアウグネストに差し向けた犯人も、まさかネヴァリストニア宰相? 随分と時間が空いていることが気になるけど……。
「詳しい話はあとだ。じきに狼煙が上がる。外に出よう」
「う、うん」
俺は、アウグネストの後ろに続いてミルヴェール王城を出た。小高い丘の上だから、城壁の先にある緑豊かな景色もちらりと見える。
今は真っ暗な夜なわけだけど、魔族っていうのは大なり小なり夜目が効くんだ。
いつ、どこから狼煙が上がるのか、俺はどきどきしながら待つ。五分ほど経った時、アウグネストがいち早く声を上げた。
「狼煙が上がった。想定通りだ」
俺も慌ててアウグネストが見ている視線の先を追う。あ、本当だ。狼煙が上がっている。
アウグネストは、背後を振り向いた。
「では、ハノス。テオドールフラム。頼んだ」
アウグネストの次の視線の先。そこには、――ワイバーンに変身したハノス騎士団長と、その背中に弓矢を携えたテオが乗っている。その矢には、俺が調香した燻煙の香水の小瓶がくくりつけられていた。
《すぐにまた戻ります》
ハノス騎士団長の声が脳内に響いたかと思うと、ワイバーン形態のハノス騎士団長は翼を羽ばたかせ、空高く飛び上がる。
一定の高さまで上がったあと、狼煙が上がっている方角に流れ星のような速さで向かっていった。
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