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第52話 ミルヴェール王国5

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 真剣な声でそう断言したユヴァルーシュは、話をまとめにかかる。

『そういうことだから、アウグネストの傍を離れない方がいいよ。晩餐会ではリュイちゃんが毒見をするんだろうから、毒殺の線は薄い。となると、晩餐会の後にでもあの王婿に用があるふりをして客室に乗り込んで、力押しで暗殺するつもりじゃないかな』
「え……」

 リュイが毒見。そう、確かに毒見をするはずだったのはリュイだ。しかし、シェフィ捜索のためにアウグネストの下を離れたため、代わりに毒見役をするのは――。
 全身から血の気が引いた。もう晩餐会は始まっているはずだ。

『リュイちゃん? どうかした?』
「……今、私は陛下のお傍にいないんです」

 震える声で言うと、ユヴァルーシュが息を呑む気配が通信機越しに伝わってきた。

『え……なんで? そろそろ晩餐会の時間じゃないの?』
「その、目を離した隙にシェフィがいなくなってしまって……それで陛下の許可を得て、シェフィの捜索をしていたところで……つい先ほど、王都の隣街でシェフィは見つかりました。晩餐会で私の代わりに毒見をするのは、暗殺者かもしれない猫男のメルニです」

 今回の晩餐会は、ガーネリアがもてなしを受ける立場。厨房に立ち入って毒を混入させる方法をとるのは難しい。しかし、アウグネストが口に運ぶ料理に唯一身内で触れられる毒見役を務めるのなら、毒殺は可能。
 ユヴァルーシュの推測が、現実味を帯びてきた。いや、違う。もうすでに現実になっているとしか思えない。
 今、こうしてリュイがアウグネストの傍を離れているのは、シェフィを連れ去ったらリュイが捜索に動くことを見越しての、ネヴァリストニアの罠に違いなかった。

「へ、陛下のところへ急いで戻ります! ご連絡ありが……」
『待って』

 通話を切ろうとしたリュイを、ユヴァルーシュは鋭い声で制止する。

『これだけ用意周到な暗殺計画だ。罠に引っかかった時点で、引き返してももう間に合わないよ。アウグネストのことは諦めるしかない』
「な…っ……!」

 あっさりと言うユヴァルーシュが信じられず、リュイはたまらず声を荒げた。

「なんて血も涙もないことを言うんですか! あなたの大切な異父弟でしょう!」
『じゃあ、言い方を変える。カリエスがそいつの正体を急に見破るとか、あるいはそいつが実はポンコツでアウグネストが耐性を持つ毒をうっかり使うとか、とにかく奇跡が起きて助かることを信じるしかない。今、リュイちゃんがとるべき行動は、くだらない感情論を持ち出して道を引き返すことじゃないよ』
「く、くだらない……!?」

 怒りで握り拳が震えた。
 とんでもない物言いだ。もはや、開いた口が塞がらない。

「あの子を助けようと思うことの何がくだらないんですか!」
『助けようと思うこと自体は別にいい。だけど、無駄になると分かりきっている行動をとろうとするその感情がくだらないって言ってんの』

 感情を爆発させるリュイに呼応するように、ユヴァルーシュの口調が少しずつ素のものに変わっていく。

『リュイ。お前は影の剣だ。影のように動いて、アウグネストのためになることをしなくちゃならない。今、アウグネストのためになることは何か。アウグネストがこの場にいたらどう指示を出すか。冷静になって考えろ』
「そ、そんなの、助けを求めるに決まって……」
『んなわけない。あいつはガーネリアの国王だ。きちんとガーネリアの民のためを思って行動できる。リュイのこと以外はほぼどうでもいい俺と違ってな』
「確かに立派に国王業をしていますが……って、え?」
『そろそろ魔力が限界だから、通信を切る。これからどうするのかは、自分でちゃんと考えて決めろ。じゃ、また明日』

 ――ぶちっ。
 ユヴァルーシュとの通信が途絶えた。

「ユヴァと喧嘩したの?」

 訊ねるシェフィの顏は、子供なりに気遣わしげだ。
 リュイは努めて笑顔を返した。

「い、いえ。ちょっと意見が食い違っただけですよ。心配しないで下さい。それよりも、あなたが無事で本当によかったです。早くミルヴェール王城へ戻りましょう。私が連れて行きますから、ちょっと獣形態になって下さい」
「え、待って。ボクをここまで連れてきてくれたおじさんのことを探さなきゃ」

 おじさん。リュイともシェフィとも顔見知りだという情報と照らし合わせたら、まず間違いなくネヴァリストニアのことだろう。

「王都でおじさんと引き合わせてくれたのがメルニなんだけど、メルニと約束してるんだ。おいしい串焼きをみんなにもたくさん持って帰るって。おじさんに頼んで買ってもらわないと」

 なるほど。ミルヴェール王城の客室から連れ出したのはメルニで、王都の城下町からこの街まで運んだのがネヴァリストニアというわけか。

「あなたが無事なら、みなはそれで十分です。それにそのひとはもうこの街には……」

 いません、と言おうとして、リュイははっとする。
 そうだ。もうこの街にはいないだろう。では、ネヴァリストニアはどこに行ったのか。――それを探ることが、今のリュイがすべきことなのでは。
 アウグネストの生死を問わず、ネヴァリストニアを野放しにはできない。国王暗殺を企てた謀反人として早く捕縛せねば、アウグネストが生きている場合はまた命を狙われることになりかねないし、アウグネストが死んでいる場合は王位を継承してミルヴェール王国に宣戦布告されてしまう。
 どちらの事態も、阻止せねばならないことだ。――アウグネストの影剣として。

「……シェフィ。あなたにお願いしたいことがあります」

 シェフィは、小首を傾げた、

「なに?」
「ここから獣形態で陛下の下へ戻って下さい。一人で。寄り道せずになるべく早く」
「え!?」

 どうして一人なの、と困惑と不安が入り混じった表情をするシェフィと、リュイは腰を屈めて視線を合わせた。

「今度は私の言いつけを守ってもらえますね?」


     ◆◆◆

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