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第49話 ミルヴェール王国2

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 俺たち五人を乗せた箱形馬車は、ミルヴェール王国王都へ向かっていく。
 途中、野盗に襲われる――なんてことはなく。日が傾きかけた頃には、城塞都市である王都に辿り着いた。多くの人々で賑わう王都もまた、ガーネリア王国の王都と雰囲気が似ている。違うことといったら、人間領では女性が存在するってことくらい。

「人間の女性ってああいう感じなんだ。なんで胸が膨らんでいるんだろ」
「さぁ? そういう身体構造をしているんだろうとしか……」

 俺とテオは窓に張り付いて、過ぎ行く人間の女性たちをちらっと観察。人間の男だったら、あの膨らんだ胸に欲情するんだろうか。

「なんか、柔らかそうだよな」

 多分、悪気なく呟いたハノス騎士団長を、テオはすぐさま睨みつけて足を踏みつけた。

「いてっ! な、何するんだよ!」
「ハノス。あなたが悪いです」

 膝の上のシェフィを撫でながら、静かに断じるのはリュイさん。
 テオは味方をしてもらえて気分がよさそうだ。そういえばこの二人、最初こそ険悪ムード……というか、テオが一方的に敵視していたけど、ハノス騎士団長とくっついてからはそれが少し和らいだ感じだ。リュイさん、何気に二人のキューピットだもんな。
 ふんと鼻を鳴らしたテオだけど、ふと思い出したように口を開いた。

「ああ、そういえば。女性といったら、ミルヴェールに存在する宗教団体には『聖女』という存在がいるらしいね」
「聖女?」
「そう。なんでも、治癒能力を持っているのだとか。教団の看板として、客寄せを担当しているみたいだ。教団はさぞかし儲かっているだろうね」

 儲かっているのかはともかく。へぇ、治癒能力か。そんなことができる女性が存在するんだ。魔族でもできない芸当だ。

「その話は、私も耳にしていますが。自然の摂理に反した能力ですから、おそらく何か代償を払っていることでしょう」

 口を挟んだリュイさんを、俺は見やる。

「自然の摂理っていうと?」
「この世に生を受けた以上、死からは逃れられない。傷にしろ、病にしろ、治癒するというのは、その死を反転させる行為、という意味です」

 ちょっと難しいけど……なるほど。治癒できるなんてさぞかし便利な能力だろうなとしか思わなかったけど、言われてみるとそうか。実はあんまりよくない能力なんだな。
 ハノス騎士団長も難しそうな顔をしつつ、話の核心を突いた。

「じゃあ、逆に代償さえ払ったら、死人を生き返らせることもできるってことですか?」
「おそらくは」

 どれほどの代償を払うことになるのかは分かりませんけどね、とリュイさんは話を結ぶ。
 ……死人を生き返らせる、か。死んだ人に会いたい気持ちは分かるけど、でももしそれが本当に叶うならなんだか怖い話だ。

「到着いたしましたよ」

 御者の声だ。
 気付いたら、ミルヴェール王城の前に、馬車が停車していた。




「我が国へようこそ、いらっしゃいました。アウグネスト陛下、エリューゲン殿下。そしてそのお付きの方々」

 荘厳なミルヴェール王城に入城してすぐ、ミルヴェール国王陛下とその王妃殿下が朗かに笑いながら出迎えてくれた。あ、そうか。人間領だと、男女の恋愛が普通なのか。
 アウグネストは、五十路頃だと思われるミルヴェール国王と握手を交わす。

「こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます。私が前回訪れた時と変わらず、美しい国ですね」
「ははっ、ありがとうございます。アウグネスト陛下が前回いらっしゃったのは、十八年前でしたか。ご立派になられましたね」
「いえ、まだまだ若輩者ですよ」

 二人が和やかに談笑する隣で、俺は王妃殿下とお話だ。上品で淑やかな雰囲気のある王妃殿下は、緊張する俺に優しく接してくれた。

「五ヶ月ほど前にご結婚されたそうですね。おめでとうございます。後宮でのお暮しには慣れましたか」
「はい。みな、優しい方々ばかりなので」
「ふふ、それはよろしいことですね。私が後宮入りしたのは、もう二十年以上も前のことですが、やはり当初は緊張しておりましたもの」

 形式ばったやりとりを交わしてから、俺たちはメイドの案内で一旦、荷物を持って迎賓棟へ移動。おのおのあてがわれた客室で小休憩だ。
 俺とアウグネストが案内された客室は、ガーネリア後宮での自室に負けず劣らず、広くて豪華な部屋だった。ふかふかのシングルベッドが二つあって、俺たちは腰を下ろす。

「優しそうな方々だったな。国王陛下と王妃殿下」
「ああ。俺が前回きた時は、王太子殿下と王太子妃殿下というお立場だったが、その時も優しく声をかけてくれたものだ」
「前回きたのが十八年前なんだっけ。七歳くらいの時か。……ん?」

 七歳って、ちょうどアウグネストとリュイさんがシュールな出会い方をした年齢の時じゃなかったか? 外交の前と後、どっちなんだろう。
 ということを口にすると、アウグネストは記憶の糸を手繰り寄せるように考え込んだ。

「……確か、外交の後にリュイと出会ったはずだな。冬だったから」
「そう、なんだ」

 もしかして、外交に行ったことで、黒幕がアウグネストを暗殺するなんらかの理由を得た……っていうのは考え過ぎか? たまたまなのかな。
 それにテオドールフラム先生の話によれば、その翌年に先代ガーネリア国王は国庫から余った財源を国民に還付したらしいんだけど。それも何か関係していたりして。
 なんて、ちょっと探偵気取りで推理。

「優しいひとといえば。前正婿殿下も優しいおひとだったな」

 アウグネストが、ふと思い出したように呟く。
 ええと、前正婿殿下も十八年前に亡くなっているんだっけ。それは外交の前か。その頃の王家は色々大変だったんだな。

「そんなに優しい方だったんだ」
「そうだな。後宮でよく声をかけてもらっていた。孤独気味だった俺に、『いつか殿下にも寄り添ってくれる伴侶が現れますよ』と励ましてもらった記憶もある。若くに亡くなってしまったのが残念でならないな」
「そっか。いいひとだったんだな」

 先代ガーネリア国王陛下との間に子供はいなかったみたいだけど、夫夫仲はどうだったんだろ。『運命の番』なんだから、先代ガーネリア国王陛下はやっぱり溺愛していたのかな。だとしたら、早くに亡くなってしまって相当ショックだったろうなぁ。
 そんな話をしながら、俺たちは夜の晩餐会まで客室でまったりと過ごした。

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