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第42話 テオドールフラムとハノス1
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――時を遡ること、七時間前。
夜の六時を過ぎた頃、城下町の酒場にテオドールフラムはいた。
「ってことで、惚れたから俺と付き合ってくれ!」
テオドールフラムに直球で告白するのは、真向かいに座るハノスだ。昼間、宮男を通してハノスからこの酒場に呼び出されて、足を運んだわけだが……まさか、告白だったとは。大して接点がなかったため意表を突かれた。
同じエルフからは何度も告白された過去を持つテオドールフラムだが、異種族から告白されるのは初めてのこと。身近にエリューゲンの存在があるため、異種族婚姻に抵抗があるわけではないものの、交際するほど親しくなっていないだろう、と思う。
丁重にお断りしようと口を開きかけた時、それより先にハノスが続けた。
「あの、さ。よかったら、これももらってくれよ」
鞄からガサゴソと取り出したものを、ハノスはテオドールフラムに差し出した。小さな箱のようなものだったので、なんだろうと思って覗き込んだら。
――それは『黄色い蝶の標本』だった。
テオドールフラムは、思わず二度見してしまった。自分の視力がおかしくなったのかと思った。が、目の前のものは現実なのだと理解して、ただただ絶句するほかない。
だってそうだろう。自然を愛するエルフに蝶の標本を贈るバカなんて初めて聞いた。ここがエルフの里なら、後世に語り継がれるほどの伝説のバカになれるだろう。
「自然界のものが好きだって、エリューゲン殿下から聞いてさ。花束を贈ったらどうだって言われたんだけど、いまいちインパクトに欠けるかなぁって思ってそれにしたんだ」
……インパクト?
なぜ告白するのにインパクトが必要なんだ。どう考えても、必要ないだろう。エリューゲンの助言通りに花束にしておけば、数いる告白者のただの一人として記憶したのに。
「~~っ、バカか! よくこんなものを僕に贈ろうと思ったな!?」
「いてっ!」
ハノスの頭部を、標本の木製の枠で思いっきり殴りつけた。角を使わなかったのは、酒場で流血沙汰なんて起こしたら迷惑をかけると判断しただけのことだ。
「僕たちエルフは生きた美しい蝶が好きなのであって、死んではりつけにされた蝶なんて、可哀想で見ていられるわけがないだろう!」
「え! そ、そうなのか!?」
驚く表情から本当に知らなかったのだろうが……そんなことも知らずによく告白なんてできたものだ。いや、相手がエルフでなくとも、告白するのに昆虫の標本を贈るバカなんてそういないだろう。受け取る側だって普通の感性をしていたら喜ぶはずがない。
「モテなさそうだとは思っていたけど、ここまでひどいとは思わなかった! ああもう、返答するのもバカらしい! 僕、もう帰る!」
怒りに任せて標本を投げつけ、テオドールフラムは席を立った。勘定はハノスに押し付けることにして、ずんずんと酒場を出て行く。
「ちょ…っ……おい!」
引き止める声が聞こえたが、無視。外に出て、すっかり暗い空の下を歩く。
まったく、時間を無駄にしてしまった。このまま早く後宮に戻ろう。紫晶宮のおいしい夕食を食べるのだ。そしてお風呂に入って、さっさと寝よう。
足早に歩いていたが、走ってきたハノスに追いつかれた。背後からぐいっと腕を掴まれる。
「待ってくれよ!」
「しつこ――」
うんざりとして、払いのけようとした時だ。
――ズバァン!
激しい音を立てて、耳の真横を何かが素早く通り過ぎていった。
嫌な予感がして、テオドールフラムは恐る恐る後ろを振り返る。すると、地面に氷の投擲武器が突き刺さっている。
すぐには信じ難かったのと、あとは恐怖心から、テオドールフラムは氷の投擲武器を凝視したままその場に固まるしかなかった。
頭に浮かぶのは――父からの無言の警告。
特にあれからリュイについて詮索していないが、暗殺者という事実を知ってしまったことを知られてしまったのではないか。それで口封じに自分を殺そうとしているのでは。
そんな推測が頭によぎる。
「ぼけっとすんな! 一旦、逃げるぞ!」
ハノスが叱咤する声にはっと我に返る。気付いたら、ハノスに手を引かれて、その場から駆け出していた。
走っている最中にも、鳴り響く氷の投擲武器が飛来する音。雨のように降り注ぐ攻撃に内心怯えつつ、それでもハノスの存在がかろうじて挫けそうになるのを救った。
二人は道を曲がり、塀の陰に身をひそめる。
「なんなんだ、あの投擲技術! どんなに剛腕でも、空気抵抗があるんだからあんな打ち方できるわけないのに! っていうか、攻撃してるの誰だよ!」
ハノスは突っ込みながら、塀の陰から顔を少し覗かせ、様子を伺っている。その後ろに庇われているテオドールフラムは、震える唇を動かした。
「……リュイだ」
その名を聞いたハノスは、目を点にした。
「へ? リュ、リュイさん? 何言ってるんだ、リュイさんなわけ……」
「いいや、リュイで間違いない。あいつの正体は、暗殺者なんだ。多分、そのことに気付いた僕を口封じに暗殺しようとしているんだよ」
ハノスは信じられないという顔をした。けれど、テオドールフラムの恐怖に引き攣る表情から嘘ではないと察したのだろう、ハノスもまた真剣な表情になる。
「……暗殺者なら、あんな派手に投擲できるものなのかよ」
「あれは、今はもう失われた魔法の一つ【与魔】を使っているんだと思う。武器に魔力の膜を張ることで空気抵抗を無くす付加魔法があるんだ」
大昔の魔族というのは、様々な魔法が使えた。大きく分けて、攻撃魔法、防御魔法、補助魔法、付加魔法、の四つだ。
しかし、始統王が魔族領を統一して戦国時代を終決させたあと、平和のためには魔法など必要ないという考えから、魔法は禁じられたものとなった。時代の変遷とともにその技術は失われていき、今では大多数の妖魔は魔法を使えない。
そんな中で、ひっそりと魔法の技術を継承し続けた一族が存在する。その筆頭が暗殺を生業とする者たちだ。
他にも、ガーネリア王国内でなら、王家や十二貴族は一部の魔法が使える。よって、貴族令息であるテオドールフラムも、実は付加魔法【与魔】は習得済みなのだが――今は、扱える弓矢がないため、反撃に出ることができない。いや、仮に弓矢を所持していたとしても、恐怖で体が動かなかったかもしれないが。
「よく分かんねーけど、このままじゃ俺たちは殺されるってことか」
そう呟くと、ハノスは立ち上がり、腰に下げた剣を抜く。
「ハ、ハノス騎士団長?」
「そう簡単に殺されてたまるかよ。心配するな、今度は守る。――最大の防御は攻撃だ!」
言うが早いが、ハノスは塀の陰から飛び出した。
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