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第37話 エリューゲンとアウグネスト2
しおりを挟む「その、医務塔で背後から棚ドンされました……。不倫を持ちかけられて……も、もちろん、断ってすぐに逃げましたけど……」
「それだけか」
「首筋にキスっぽいこともされたような……あ! そういうことか!」
――ガンッ!
はっとして顔を上げた俺の頭が、アウグネスト陛下の顎にクリティカルヒット。アウグネスト陛下は呻き声を上げながら、よろめく。わわっ、ごめん!
「す、すみません、アウグネスト陛下」
「いや……大丈夫だ。それよりも、何か気付いたようだが」
顎を押さえながら言うアウグネスト陛下に、俺は説明した。
「先程のユヴァルーシュさんの伝言のことです。『あの時のこと、人形を使っていただけなので』っていうのは、キスしていたんじゃなくて人形を使ってキスしていた風に装っていたんだということかな、と」
ようやく合点がいった俺だけど、アウグネスト陛下の顏は訝しげだ。
「棚ドンして不倫を持ちかけていたのに、人形を使っていたというのは、なんだか矛盾していないか? まるで本気ではなかったかのような……」
そこで言葉を途切らせたアウグネスト陛下。しばし考え込んだのち、はっとした顔をして「もしや……そういうことか」とひとりごちた。
あ、あれ? もしかして、ユヴァルーシュの思惑がバレた……?
という俺の予想は多分当たって。アウグネスト陛下はどことなく困ったような笑みを浮かべながら、そっと息をついた。
「異父兄上に……俺は随分と心配をかけていたようだ」
俺はどう反応したらいいのか分からない。どういうことですか、と事情を分かっていながら聞くのはわざとらしくなりそうだし、かといってなんの関心を持たないのも変な話だ。
迷った結果、ただ一言声をかけた。
「心配をかけていたっていうのなら、これからはもう大丈夫だと、行動で示さなければいけないですね」
「ああ。そうだな」
リュイさん……ごめん。アウグネスト陛下に多分バレてしまった。いやでも、俺の口から話したわけじゃないんだ。説教は勘弁してほしい。
「それからもう一つ。エリューゲン、今後は俺に対する敬称も敬語もやめてはくれないか」
俺は目をぱちくりとさせた。
ええと……呼び捨てにして、タメ口で接してほしいってこと? なんで?
「構いませんが……どうしてです」
「素のエリューゲンと接したいんだ。そもそも夫夫なのだから、互いに対等な関係であるべきではないかと思って」
素の俺。そういえば、暴言吐いた時は完全にタメ口になってしまっていたような。それで俺の素の口調を理解して、こんなことを言っているのか。
でも、確かにその方が夫夫っていう感じがしていいかもしれないな。
「分かり……分かった。アウグネスト。これからはそう呼ぶよ」
おおやけの場ではさすがによろしくないかもしれないけど、後宮にいる時くらいは呼び捨て&タメ口でいこう。
俺から呼び捨てにされたアウグネストは、嬉しそうに小さく笑っていた。
ところで、俺も……アウグネストには言わなきゃならないことがあるんだよな。
「……あのさ、アウグネスト」
「なんだ」
「その……前にアウグネストがしていた誤解を解かなきゃと思って。前に、色々と俺に惚れた理由を話してくれたじゃん? ――あれ、ほぼアウグネストの勘違いだから」
「勘違い……?」
首を傾げるアウグネストに、俺は簡潔に説明した。
アウグネストを恐れないのは魔力がないからで、アウグネストのために献身的に夜伽を引き受けていたのは持て余している性欲を満たしたかっただけで、初夜の翌朝にはまた付き合うと言ったのも単に性行為がしたかっただけ、だと。勘違いのフルコンボの訂正だ。
リュイさんには勘違いさせたままの方が得だと言われたけどさ、ずっとモヤモヤしていたんだよ。だってなんか騙しているみたいじゃん。
それにアウグネストへの想いに気付いた今、なおさらきちんと勘違いを訂正しないとダメだと思うんだ。俺はアウグネストには誠実でいたいから。
「ごめん。幻滅しただろ」
夫夫でいることを撤回されるかな、と不安になったけど。アウグネストは「ああ、そうだったのか」と予想に反してあっさりとした反応だった。
「幻滅などしない。面白いとは思うが」
面白いって……その一言で済ませちゃうのか。いや、ありがたいけども。
「俺もエリューゲンのことを意識した本当の理由は、それらではないから」
「そう、なのか?」
「ああ。だからお互い様だ。気にしなくていい」
俺は感極まった。――なんて優しくて懐の広いひとなんだ!
冷酷無慈悲な異父兄とは、性格が対極にある。異父兄弟でも、性格がこんなにも違うものなんだな。不思議だ。
「ではこれから、改めてよろしく頼む。エリューゲン」
「うん。よろしく。アウグネスト」
俺たちは微笑み合ってから、どちらからともなく唇を重ねた。
触れるだけのキス。それでも、ふわふわとした優しい幸福感に包まれる。これまでの性欲を満たすためだった時のものとは全然違う。
無味無臭の感触だったはずなのに、今は甘い味がするような気がした。
◆◆◆
同時刻。
テオドールフラムは自室で、実家から送られてきた手紙の封を破っていた。リュイの弱みを探ってほしいと頼んでいた父からの返信だ。とうとう届いたのだ。
リュイの弱みを掴んで困らせる。エリューゲンにはやめておけと言われているが、ちょっとくらい構わないだろう。
うきうきとしながら、テオドールフラムは手紙を読んだ。が――そこには、求めている情報は一切書かれていなかった。
『調べられない。詮索するのはやめなさい』
と、父から断りとお叱りの一文が書かれていただけ。
テオドールフラムは、むぅと頬を膨らませた。
(みんなして……ちょっとくらいいいじゃないか。ちぇっ)
手紙を破り捨てようとしたが、まだ一枚あることに気付いて、テオドールフラムは怪訝に思いながら見やる。他にも小言が書かれてあるのか、あるいは生みの父からのメッセージか。
そう予測したが、残りの一枚は『白紙』だった。
(白紙……? 間違えて入れた……わけじゃないよな)
意図的だとしたら、何を伝えるためにだ。
思考してすぐ、テオドールフラムははっとする。『白紙』。それが意味することは、調査しても調べ上げられなかった、過去が抹消されている、ということかもしれない。
ぞわりと肌が粟立った。これは父からの無言の警告だ。首を突っ込むのはやめろ、と。
過去が完全抹消されているなんて、一般市民ではありえない。表世界の住人ではなく、闇世界の住人だとしか考えられなかった。
闇世界の住人――その最たるものは、暗殺者だ。
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