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第36話 エリューゲンとアウグネスト1
しおりを挟む「これ全部、もらっていいの!? ありがとう!」
その日の夜。箱いっぱいのおもちゃを抱え、大喜びするのはシェフィだ。尻尾を振りながら自室へ駆けていくシェフィの後ろ姿に、俺とアウグネスト陛下は頬を緩ませた。
ついさっき、アウグネスト陛下が帰ってきたところなんだけど。途中で医務塔に立ち寄ったアウグネスト陛下が、おもちゃがたくさん入った箱を持ってきたんだ。
といっても、新しく買ったものじゃない。昔、アウグネスト陛下が遊んでいたおもちゃたちだ。俺がユヴァルーシュに見せてもらった、アウグネスト陛下がユヴァルーシュに譲ったおもちゃたち。
医務塔の綺麗に片付けられた部屋に、ぽつんとあの箱が置かれていたらしい。ユヴァルーシュの筆跡で書かれた『返す』というメモとともに。
「よかったですね。戻ってきて」
「そうだな。どれも大切にしていたものだから」
と言いつつ、もう大人になったアウグネスト陛下には必要ないということで、シェフィに譲ったわけだ。アウグネスト陛下自身の意思で。
古いおもちゃたちだけど、シェフィのあの様子なら大切に扱ってくれそうだ。
「そういえば、リュイはまだ帰ってきていないんだな」
キョロキョロと辺りを見渡すアウグネスト陛下。
そうなんだよ。リュイさん、朝に出て行ったきりでまだ帰ってこない。あの時、腕に小箱を抱えていたから、それを誰かに渡しに行ったのかなーって思っているんだけど。でも、帰りが遅いよな。いつもならシェフィをお風呂に入れてくれる時間なのに。
アウグネスト陛下も不思議そうだ。
「リュイならもう戻ってきていると思ったんだが。もしかしたら、異父兄上と話し込んでいるのかもしれないな」
「え、ユヴァルーシュさんのところへお使いを頼んだんですか?」
「ああ。渡したいものがあって」
「探すのに時間がかかっているのでは? なんの手がかりもないでしょうから」
あいつ、誰にも何も言わずに去っていったからな。まだ王都の街にいるにしたって、捜索に時間がかかるだろ。
と、俺は思ったんだけど、アウグネスト陛下は曖昧に笑って。
「そう、だな。まぁ、明日の朝には帰って……」
「――ただいま戻りました。陛下、エリューゲン殿下」
俺はぎょっとしてしまった。音もなく、リュイさんが後ろに現れたからだ。
えっと、玄関から入ってきたんだよな? 扉を開閉する音が聞こえなかったけど……か、会話に紛れただけか。多分。
「ユヴァルーシュには例のものを渡して参りました。それから伝言です。先月末からの給料はきちんともらいますので仕送りよろしく、とのことです」
ユヴァルーシュ……まぁ、もらう権利はあるだろうけど、だったら最初からアウグネスト陛下に挨拶してから出ていけばよかったものを。
「そうか。分かった。疲れただろう。あとはゆっくり休め」
「お気遣いありがとうございます。ではシェフィをお風呂に入れたあと、そのようにさせていただきます」
きびきびと俺たちの前から去るリュイさん。身を翻した際に髪がふわっと浮いて、隙間から首に赤い痕があるのが見えた。
あれって、キスマーク? また害虫に噛まれたんじゃなければ。
ユヴァルーシュのところへ行って、帰りが遅くて、さらにキスマークがついているってことは……察するものがあるな。
ユヴァルーシュとよろしくやったんだな、リュイさん。
うーん、あの二人って本当はどういう関係なんだろ。気になる……。
だけど、しつこく追及するのも気が引けてできず。気になりつつもそれから夕食を食べて、お風呂を済ませたあと。
「エリューゲン。ちょっといいか」
俺の自室にアウグネスト陛下が顔を出した。
「はい。なんでしょう」
どうしたんだろう。まだ繫殖促進期だから、致しにやってきたわけじゃないだろうけど。
内心首を傾げる俺の下へ近付いてきたアウグネスト陛下は、なんとも神妙な顔をしてためらいがちに切り出した。
「その……異父兄上から何かされていたか?」
俺はぎくっとしてしまった。ユヴァルーシュから何かされたかと聞かれたら……思い出すのは、この俺に無礼にも不倫を持ちかけてきた医務塔での一件。棚ドンされた時のことだ。
まぁ、今になってみると、本気で言っていたわけじゃないことが分かるけど。
「えーっと……急にどうしたんですか」
「異父兄上から実は他にもメモが残っていたんだ。エリューゲンに伝えてほしいと。『あの時のこと、人形を使っていただけなので』と。あの時とは、なんのことだろうと気になって」
ん……? あの時ってどの時だよ。俺にも分からないんだが。
人形を使っていたって、何に?
俺も怪訝な顔をしていたんだろう、アウグネスト陛下は眉をハの字にした。
「心当たりは?」
「……すみません。分かりません」
「そう、か……」
ユヴァルーシュ、もっとはっきりと経緯を書いておけよ。俺に伝えてほしいってことは、俺が何か勘違いしていると思って誤解を解こうとメモを残したんだろうけど、肝心のその勘違いしていることが自分じゃ分からん。
「じゃあ、異父兄上からは何もされていないんだな?」
「………」
棚ドンされたこと、言うべきじゃないよな……。ユヴァルーシュの真意を勝手に話すわけにいかない以上、引っかけだったとはいえ不倫を持ちかけられたことも内緒にすべきだろう。
そう判断して、俺は努めて笑みを浮かべた。
「は、はい。特に何もー―」
――トンッ。
アウグネスト陛下の手が俺の真横を通過して、壁に当たった。壁ドンされたのだと、俺は一瞬遅れてから気付く。
「本当のことを話してほしい」
間近に迫ったアウグネスト陛下の顏。俺の目を覗き込むようにじっと見つめるその端正な顔は、吐息がかかるくらい本当に近くて。
頬が熱くなっていくのを感じる。
「ど、どういう意味でしょう」
「そのままの意味だ。さっき一瞬、目が泳いだ」
……マジで? リュイさんのような演技派にはなれなかったか。
「異父兄上に何をされた」
「え、えっと……」
「エリューゲン」
「………」
ううっ、誤魔化すのは無理そうだ。
すまん、ユヴァルーシュ。さらに悪役になってくれ。
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