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第27話 宮廷医ユヴァルーシュ7
しおりを挟む俺はなんと返したらいいのか分からなかった。
――アウグネスト陛下が、ユヴァルーシュの国王となる未来を奪った。
それは全く想像していなかった話で、なおかつ重いもので、軽々しくコメントするのははばかられたんだ。
結局、何も声をかけてあげられないまま、紫晶宮に辿り着いてしまった。同じく帰ってきていたらしいテオや、昼寝から目を覚ましたシェフィが、明るく出迎えてくれたよ。
リュイさんは……いないな。まだ彩塔でお仕事をしているのかな。
この話をリュイさんも知っているんだろうか。だとしたら、情報整理がてら話してみたい気持ちがあったんだけど……。
「どこに行っていたんだい、エリー」
「さ、散歩だよ」
「アウグネスト! ボク、今日もいい子で待ってたよ!」
「そうか。偉いぞ、シェフィは」
そんな他愛ないやりとりをしながら、俺たちは広間で夕食が出来上がるのを待つ。
アウグネスト陛下と二人でゆっくりお話をする予定だったはずだけど、今はわいわいと賑やかな方が互いに気持ちが晴れていいかもしれない。
で、夕食が出来上がったら食堂へ直行。四人で夕食をいただいて、その後は入浴したり、シェフィに絵本を読み聞かせて寝かしつけたり、あっという間に時間が過ぎた。
就寝時間まで自室に引きこもって読書……をしようと思ったけど、考えてしまうのはアウグネスト陛下とユヴァルーシュの過去の話。
ユヴァルーシュの野郎を許すつもりはないが、元々王位を継ぐはずだったのにその未来が閉ざされた絶望感というのは想像もつかない。アウグネスト陛下が『奪った』という表現を使ってしまうのも分かる気はする。
二人の間に訳ありの雰囲気がある気がしたのは、決して気のせいじゃなかったんだな。そんな過去があったんなら、あの遠慮がちなアウグネスト陛下のことだ。『仲がいいです』なんて口が裂けても答えられないだろう。
俺がユヴァルーシュのことを聞きたいと言った時の、あの不安そうな顔をした理由は、ちょっと分からないけど……。
悶々として本を手つかずにいると、ほどなくして扉をノックする音が響いた。
「あ、はい」
「エリューゲン殿下。私です。入ってもよろしいでしょうか」
あ、リュイさんの声。仕事から帰ってきたみたいだ。「どうぞ」と許可を出したら、扉がゆっくりと開いて、リュイさんが部屋に入ってきた。
「夜分遅くに申し訳ございません。今少し、お時間よろしいでしょうか」
「いいですよ。なんでしょう」
急に改まってどうしたんだろう。俺、今日は調香していないけど。
椅子に座るように促すと、リュイさんは「失礼いたします」と腰を下ろす。俺も向かい側の椅子に座って、二人で顔を突き合わせた。
「まず、心身ともに大丈夫でしょうか」
「え? えっと、私は元気ですけど……例の珍事件でも平気でしたし」
「その件のことではございません。本日のユヴァルーシュ先生との件です」
「!?」
えぇええええ!? な、なんで知ってるんだよ! 千里眼でも持っているのか? 筆頭男官の枠を超えてるよ、もはや!
「え、あ、えっと……」
「すぐにお助けに入らず、申し訳ございませんでした。とはいえ、私が動く前にご自分で脱出されたので……安堵いたしました。護身術を身に付けられておられたのですね」
「……オークの父から多少聞きかじっていたもので」
っていうか、すぐに助けに入ってくれなかったのはなんでだ。まさか……また、何かを試されたのか? 不快感というよりは、ただただ疑問だ。
俺はその辺りを聞きたそうな顔をしていたらしい。リュイさんから口を開いた。
「陛下を裏切るか、裏切らないか、わざと様子を見ていました。立場を弁えず、傲慢な行動をとってしまい、大変申し訳ございません」
裏切るか、裏切らないか。そういえば、昨夜にも、俺がアウグネスト陛下を裏切らないことを信じている、なんて発言をしていたよな。
まるで、ユヴァルーシュが俺にちょっかいをかけてくることを分かっていたみたいだ。とてもじゃないが、偶然だとは思えないぞ。
「……もっと詳しく、お話を聞かせてもらってもいいですか」
「はい。そのつもりで伺いました」
リュイさんは、そっと目を伏せる。一つ一つ、噛み砕いて説明し始めた。
「何から話すべきか迷いますが……そうですね。まず、陛下の絶倫王というあだ名についてですが。噂話はご存知ですか」
「元王婿たちがアウグネスト陛下との性生活に耐えられずに教会送りになった、というお話でしょうか」
「その通りです。あの噂話は実のところ、上層部が王家のとある醜聞を揉み消すためにわざと漏洩させたものなのです。よって、陛下との性生活に耐えられなかった、というのは事実ではありません。そもそも、――陛下は元王婿たちと一夜をともにできた試しはないゆえ」
「へ?」
一夜をともにできた試しがない?
ええと、それってつまり一度も抱けなかったってことだよな。元王婿たちはアウグネスト陛下の世継ぎを産むために後宮入りしたんだろうに、なんで?
「どうしてですか」
「陛下の魔力が強すぎて、元王婿たちはみな怯えてしまい、性行為をする段階まで至れなかったのですよ。心身の体調を崩したというのも、陛下を恐れるあまりに過ぎません。つまり、元王婿たちの誰一人も陛下の夜伽の相手を務められないまま、去っていったわけです」
それは知らなかった。知れるはずもなかったわけだけど。
アウグネスト陛下の夜伽を務められなかったから、クビにしたというのか、教会送り扱いにしたってことなのかな。いやでも、さっき王家の醜聞を揉み消すためって……魔力が強すぎることが醜聞には当たらない、よな。
「去っていったというと……追い出したわけではなく、元王婿たち自らが後宮を出て行ってしまったんですか」
「はい。彼らは……精神的な不貞を犯しまして。陛下以外の男に想いを寄せ、揃って王婿位を降りると宣言したのです」
ここまで丁寧に説明されると、俺も察するものがある。だって、そうだろ。さっきリュイさんが俺を試したって言っていたんだから。
――そう、ユヴァルーシュを相手に、俺がアウグネスト陛下を裏切るかどうかを。
王家の醜聞を揉み消すため。それってつまり、元王婿たちが揃って惚れた相手がユヴァルーシュの野郎で、異父兄弟間でそんな愛憎劇があったなんて周囲に知られたくなかったから、わざと絶倫王の噂話を漏洩させたんじゃないのか。
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