贄婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?!

深凪雪花

文字の大きさ
上 下
22 / 111

第22話 宮廷医ユヴァルーシュ2

しおりを挟む


 それから一時間ほど経ったら、みんな目を覚ました。
 俺はひたすら平謝り。もう二度と同じことは繰り返さないと宣言した。心優しいみんなだから、仕事を辞めるだなんて言い出すひとは誰もいなかった。
 とはいえ、筆頭男官であるリュイさんの行動と決断は早く――。

「以後、エリューゲン殿下が調香するお時間は、特例として自由時間とします。他の宮殿に退避するなり、城下町に避難するなり、身の安全を守って下さい」

 みんな大喜びだった。みんなしてひどい……とちょっぴり傷心したけど、こんな事件を起こした俺の自業自得だよな。
 ちなみに唯一この事件の難を逃れたテオが帰ってきたのは、夕方だった。郵便物の確認だけでこんなに帰りが遅くなるわけがないから、どう考えても逃げていたんだと思われる。
 シェフィも直感的にそう思ったんだろう。「この裏切者ぉ!」と帰ってきたテオに罵声を浴びせていた。すぐにリュイさんから「やめなさい」と叱られていたけど。でも多分、みんなの心の叫びの代弁だったに違いない。
 そんなこんなであっという間に夜になって、夕食前に広間で一息ついた。俺とテオはソファーで夕食が出来上がるのを待っているところ。シェフィはリュイさんにお風呂に入れてもらっているよ。

「え? 宮廷医のユヴァルーシュ様? そうだね、陛下のお身内だよ」

 テオにユヴァルーシュさんのことを訊ねたら、あっさりとそう答えた。
 そうか、やっぱりお身内なんだ。王婿教育の講義で一言教えてくれてもいいものを。

「従兄とか?」
「いや。腹違いの兄君、つまり異父兄だ」
「え!? お兄さん!?」

 ちょっと予想外。アウグネスト陛下のお兄さんってことは、前の時代の王子だったひとなのか。俺に対してあまりにも自然に敬意を払ってくれていたから、そんなに身分が高かったひとだと思わなかったよ。
 ガーネリア王国では王家にしろ、十二貴族にしろ、一般的に「放種」の子があとを継ぐ決まりになっている。「種宿」の子には継承権がないんだ。だから、第一王子だったんだろうユヴァルーシュさんも王位につけないというわけだ。
 テオは小首を傾げた。

「おや。陛下からまだ聞いていなかったのかい」
「……なんでアウグネスト陛下?」

 王婿教育はお前に与えられた仕事だろ。ユヴァルーシュさんのことだって、お前が俺に教えてくれるべきことなんじゃないのかよ。
 そんな疑問が顔に出ていたんだろうけど、テオはけろりとしたものだ。

「ユヴァルーシュ様に関しては、陛下がご自分で話すとおっしゃっていたから。僕は何も職務怠慢で教えなかったわけじゃないよ」
「え、そうなのか?」

 自分の異父兄のことは、自分の口から話したい……ってこと?
 まぁ、気持ちは分からなくもない。他人から話されたら、もしかしたら虚偽の話とかいらぬ誤解を招いたりするかもしれないもんな。
 でも……俺が後宮に入ってもう二ヶ月以上経つぞ。アウグネスト陛下と出逢ってからは、一ヶ月半近くだ。話す機会はいくらでもあったんじゃないのか? 謎だ。

「まぁ、そういうわけだから。ユヴァルーシュ様のことは陛下に聞いてくれ。僕からはこれ以上の情報は話せないよ」
「そうか。分かった」

 今日の夜、アウグネスト陛下に聞いてみようかな。昼間に宮廷医のユヴァルーシュさんと会ったよーって感じに話したら、その流れでもっと詳しく話してくれるだろう。
 アウグネスト陛下についてもっと知る、って決めたんだ。お身内のことだって知りたい。それが異父兄ならなおさらだ。
 考えてみると、アウグネスト陛下ってどんな風に育ったんだろう。子供時代の話も聞いてみたいな。意外とやんちゃしていたとかだったら面白い。
 つらつらと考えていたら、やがてアウグネスト陛下が帰ってきた。王城から急いで走ってきたのか、息を切らして。

「エリューゲン! 無事か!」

 アウグネスト陛下が広間に駆け込んできてすぐ、テオは慌ててソファーから立ち上がって席を譲る。跪拝の礼は、アウグネスト陛下の意向で後宮ではしなくていいことになっている。
 だから俺も、あの仰々しい跪拝の礼はとらず、ただアウグネスト陛下を出迎えた。

「アウグネスト陛下、おかえりなさいませ。ええと、なんのお話でしょう」

 俺はこの通り、ぴんぴんとしているけど。特に体調を崩したなんてことはないぞ。
 俺の目の前までやってきたアウグネスト陛下は、気遣わしげに眉尻を下げた。

「宮廷医から報告が上がってきた。みなが倒れたそうじゃないか」
「あ、そのことですか。申し訳ありません……私が調香したにおいのせいなんです。以後、気を付けます」

 くだんの事件を耳にしたみたいだけど、なんで俺の心配をしているんだ? 倒れたのは、俺とテオとシェフィ以外のみんなの方なのに。
 不思議に思っていると、アウグネスト陛下はなおも心配そうな顔で問う。

「エリューゲンとて原因のにおいの渦中にいたわけだろう。なんともないのか」
「え? 私は平気ですよ。耐性がありますから」
「そう、か……それならいい。よかった」

 ほっと安堵の表情を浮かべるアウグネスト陛下。他のみんなの報告は上がっていても、無事な俺の健康状態なんていちいち届いていなかったんだろから……俺の身が心配だったのか。
 考えてみると、心配してくれたのってアウグネスト陛下だけだ。他のみんな、宮廷医のユヴァルーシュさんでさえ、当たり前のように俺は平気だと思っていたみたいだからな。実際、そうなんだけど……でも、心配してもらえるのってちょっと嬉しいかも。

「ありがとうございます。ご心配をおかけしてすみません」
「無事ならそれでいい。エリューゲンに何かあったらとずっと気にかかっていただけだ」
「それで走って帰ってきて下さったんですね」
「当然だろう」

 俺たちが向かい合って微笑み合っていると――。

「あ! アウグネスト! おかえり!」

 お風呂から上がったらしいシェフィが、たたたっと駆け寄ってきた。それを追ってくるのはリュイさんだ。「まだ髪を乾かしていないでしょう!」と注意をして、シェフィの首根っこを引っ掴んで再び浴室に連れ戻していく。
 俺とアウグネスト陛下はきょとんとしてから互いに顔を見合わせて、小さく笑った。
 なんというか、基本的に紫晶宮は平和だよな。うん。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

処理中です...