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第17話 アウグネストの『運命の番』4

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「お待ちしておりました。エリューゲン殿下。テオドールフラム様も」

 翌日の夜。テオを連れて碧晶宮を訪れると、リュイさんが恭しく出迎えてくれた。アウグネスト陛下から話を聞いて、今日は待機していたんだろう。

「シェフィはもう寝ちゃいました?」
「寝台には入っておりますが、起きていますよ。どうぞ、こちらへ」

 リュイさんの後に続いて、俺たちは長い廊下を歩く。
 そういえば、他の宮殿に立ち入るのは初めてだけど……内装は、紫晶宮とあんまり変わらないな。部屋の配置なんかも一緒だ。どの王婿にも公平な住まいを、ってところかな。
 そんなわけなので、紫晶宮の俺の自室とほぼ同じ位置の部屋に通された。ここがシェフィの自室ということらしい。

「ん? 何しに来たんだよ、エリューゲン」

 シェフィの自室に入ると、確かにシェフィは寝台に横たわっていた。大量のぬいぐるみの中に埋もれて。狼の抱き枕も胸に抱えているし。
 ……豪華な子供部屋だな。もしかしてこのぬいぐるみたち、全部アウグネスト陛下が用意したのか? 思っていた以上に甘々だ。相当可愛がっているのかも。
 ともかく、不思議そうな顔で俺を見上げるシェフィの額を、俺は小突いた。

「エリューゲン『殿下』だろ」
「そっちだってボクのこと、呼び捨てにしてるじゃん」

 そりゃあお前は、まだ王婿じゃないから……と言いたいところだが。うーん、確かに自分は相手を呼び捨てにしておいて、相手には敬称付けを求めるのはちょっと傲慢かもしれない。
 仕方ない。呼び捨てを許してやろう。不細工呼ばわりよりはマシだし。

「言われるとそうだな。で、今から寝るところか?」
「うん。いつもはアウグネストが帰ってくるまで待ってるんだけど……今日は遅くなるから先に寝てろって言われてるんだ。だから、用があるなら明日にして」

 約束を破ったらリュイに怒られちゃう、と眉をハの字にして続けるシェフィ。アウグネスト陛下は甘やかし放題の父親担当で、リュイさんは厳しいオトン担当ってところか。

「そうか。分かった。じゃあ、明日うちにこい。おやつ、用意しておくから」
「え! 本当!? 分かった!」

 メルニさんのパンケーキがよほどおいしかったみたいだ。シェフィは見るからにうきうきとした様子で、布団にもぐった。俺は「おやすみ」と声をかけて、一旦シェフィの自室を出る。
 廊下に戻ると、待機していたテオとリュイさんが……うげっ。
 内心呻いてしまったのは、二人の雰囲気が険悪だからだ。いや、正しくは、テオが一方的に話しかけるなオーラを出している。リュイさんはそれを察してか何も話さない。そんな感じ。
 テオの奴、まだ根に持っているのかよ。だとしても、露骨に態度に出すなよ、いい大人が。
 おい、まさか……俺、シェフィが眠るまで、この気まずい沈黙の中で待機していなきゃならないのか……? この二人の間に挟まれて?
 勘弁してくれ……。




 という経緯で、それからシェフィが眠るまで、数十分ほど地獄の刻を過ごした。これほど苦痛の時間は、生まれて初めてっていうくらい。
 天よ、俺が何をしたっていうんだ。煩悩まみれに対する罰か?
 ま、そんな嘆きはさておき。シェフィを起こさぬよう、そっと部屋に入る。天使のような寝顔のシェフィが抱きかかえている狼のぬいぐるみに、調香してきた香水を噴射した。
 よし。これで夜鳴きはなくなるはず。俺の読み通りなら。
 そしてまた、抜き足忍び足で部屋を退出する。あとは廊下で様子見……げっ、アウグネスト陛下がくるまでは、またあの二人と待機していなきゃならないのか。最悪。
 内心げんなりしつつ廊下に出ると。

「エリューゲン。来てくれてありがとう」
「アウグネスト陛下」

 おおっ、天は救いの手を差し伸べてくれたか! アウグネスト陛下が戻ってきていた。よかった、三人よりは四人の方がいい。アウグネスト陛下がいれば、テオの奴も不機嫌そうな態度を改め……てないけど。うん、でもさっきまでよりは空気が軽い。

「お約束しましたから。多分、これで夜鳴きはなくなると思うんですけど……しばらく様子見ですね」

 俺はアウグネスト陛下たちと一緒に、様子見するつもり満々だったんだけど――。

「そうだな。俺たちが一晩様子を見る。二人は帰っても大丈夫だ」
「え? で、でも」
「無理をして徹夜をするものではない。それに四人がかりで様子見するというのも、些か大袈裟だろう。明日の夜、報告しに行くから」

 うーん……まぁ、確かに四人全員で様子見する必要はないのか? テオも多分、いや絶対に帰って寝たいだろうし。嫌々付き合わせるのも気分はよくない。
 って、あ。そっか、テオだけ紫晶宮に帰らせたらいいだけのことじゃん。

「いえ。私はお付き合いします。テオドールフラムには、宮男のみんなに私が外泊することを伝えに帰らせますが」

 我ながら俺は優しいご主人だ。ちゃんとそれらしい口実をつけてやったぞ、テオ。
 テオは目を丸くしつつも、嬉しそうに「承知いたしました」と応えて、そそくさとその場を後にした。ま、お前はそういう奴だよな。
 これで三人でシェフィの様子見を……と思ったら。

「それでは、私も仕事が残っておりますから、失礼いたします。シェフィのことは、お二人にお任せいたします」

 俺は内心慌てふためいた。ええっ、リュイさん!? なんでリュイさんまで立ち去っちゃうんだよ!
 アウグネスト陛下と二人きりになったら……昨晩は性行為でうやむやにできたけど、世継ぎを産んでほしいうんぬんの話に絶対なるじゃん!?

「ちょ、ちょっと待っ――」
「あ、ただし。二人きりだからといって、廊下で行為に及ぶのはおやめ下さいね。シェフィが起きてしまいます。ですが、接吻までなら……」
「リュ、リュイ! 分かったから、さっさと行け!」

 顔を赤らめたアウグネスト陛下が慌てて命じる。やっぱり心はピュアだ。
 命令通り、リュイさんは一礼してから立ち去っていく。――おい。マ・ジ・か・よ。
 性行為できない状態下で、アウグネスト陛下と二人きりになってしまった。

「……立ったままでいるのは疲れるだろう。行儀が悪いが、座ろうか」
「そ、そうですね」

 ひんやりとした廊下に、横並びで腰を下ろす俺たち。

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