贄婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?!

深凪雪花

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第14話 アウグネストの『運命の番』1

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 な、なんだ? 俺たちのいざこざにもう駆けつけたのか? 俊足仕事人だ。
 驚いてその場にとどまったままでいると、ほどなくしてあの悪ガキの首根っこを引っ掴んだリュイさんが窓越しにやってきた。

「これをやったのはあなたですね、シェフィ」
「………」

 リュイさんが泥のついた窓を指差しながら、悪ガキを詰問する。が、シェフィと呼ばれた悪ガキは、ふんとそっぽ向いて黙秘する。
 この悪ガキ……知らんぷりかよ。腹立たしいガキだ。
 リュイさんの眦もつり上がっていく。

「答えなさい、シェフィ。素直に認めて、エリューゲン殿下にも謝罪すれば、おやつ抜きにするのは今日だけにしてあげます」
「………」
「答えなければ、一生おやつ抜きにしますよ」
「!」

 悪ガキははっとしてリュイさんを見上げる。その表情は、この世の終わりを宣告されたような、そんな切実そうな顔だ。
 うーん、でもそうだよな。子供にとっておやつ抜きは死活問題だよな。それも一生って。リュイさん、子供相手でも容赦なしか。

「あ、ぅ……」

 狼のケモ耳と尻尾が、しゅんと垂れる。印象的な緑色の瞳は、うるうると潤んでいて今にも泣きそうだ。……はあ。泣くくらいなら、初めからやるなよ。
 俺たちは悪ガキの自供と謝罪を待ったけど、なかなか口を開かない。でもそれは、それらの行為自体が嫌だからというよりも、その結果としてどの道おやつ抜きになるのが嫌、という印象を受けた。
 というわけで。

「素直に謝ってくれるんなら、俺が今日の分のおやつは用意してやるぞ」

 ぼそっと声をかけてやると、悪ガキはぱっと顔を明るくした。狼のケモ耳がピンと立って、尻尾がふさふさと揺れている。分かりやすい奴だな。

「ボクがやりました! ごめんなさい!」

 あっさりと認めて謝罪。こんなに明るく元気な謝罪は初めて受けた。げんきん、とはまさにこのことを言うんだろうな。
 ……っていうかさ。
 だから、お前は一体どこの誰の子供なんだよ。




「――『運命の番』!? こい……この子が!?」

 狼男の悪ガキ改め、狼男のシェフィ。八歳。
 その正体は、アウグネスト陛下の『運命の番』なのだと、リュイさんが教えてくれた。テオも驚いていたから、テオもまだ会ったことがなかったみたいだ。

「はい。陛下が王位についた二年前……のすぐあとですね、後宮に招いたのは。見ての通り未成年ですので婚姻関係にはありませんが、特例として碧晶宮に住まわせています」

 窓越しに話している俺たち。紫晶宮に上がっていかないか誘おうとしたけど、その前にリュイさんが会話を締めくくった。シェフィの頭をぐっと押し下げながら。

「このたびはシェフィが失礼なことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした。エリューゲン殿下の寛大なお心遣いには深く感謝申し上げます」

 強制的に頭を下げさせられたシェフィは顔をしかめていた。

「いたたっ。痛いよっ、リュイ」
「知りません。泥団子をぶつけられた窓の方がもっと痛かったはずですよ」
「……ごめんなさい」

 おっ、ようやく反省の色を見せたな。
 リュイさんもやれやれと言いたげに息をつきつつ、しょんぼりとしているシェフィの手を引いて、「それでは失礼いたします」と来た道を引き返していった。
 親子ほど年の差がある二人を見送るのもそこそこに、俺とテオは席に戻る。

「あんな子供が、アウグネスト陛下の『運命の番』だったんだな」
「そうだね。僕も会うのは初めてだった。まぁ、そういうことだから……さっきまでの講義の話に繋がるわけだ」

 講義……ん? なんの話をしていたんだっけ?
 すっかり記憶を忘却の彼方に置いてきてしまった俺の顔を見て、テオは呆れた顔をした。

「相変わらず、エルフの血を引いているわりには勉強が苦手なようだね」
「悪かったな」

 っていうか、個体差は必ずあるんだから、エルフ=賢いっていう決めつけはどうなんだ。それも俺はハーフエルフだし。
 そんな俺の不満げな顔をテオはスルーして、講義を再開した。

「陛下に憑依している七欲悪魔の『色欲』を、『運命の番』がどうして抑制できていないのか、という話だよ。見ての通りまだ子供で、能力の使い方が未熟なためなんだ」

 ああ、その話をしていたんだっけ。
 テオドールフラム先生曰く、シェフィがアウグネスト陛下の『色欲』をまったく抑制できていないかというと、そういうわけでもないらしい。半日ほどは抑制させることができるらしく、だからこそアウグネスト陛下は日中きちんと政務をこなせているというわけだ。
 なるほどなぁ。理解はできたけど……そもそもとして。

「なぁ。悪魔たちって、なんのために七煌魔王たちに憑依するんだ?」

 別に操るわけでもないんなら、憑依する必要ないような気がするんだけど。ただ、魔族の行く末を見守りたいだけなら、精神体のままでいればいいじゃん。
 俺の問いかけに、テオは眉をハの字にした。明らかに返答に窮している顔だ。

「それは……うーん、なんと説明したらいいかな」

 テオはしばし考え込んだのち。

「まず、七欲悪魔に憑依された七煌魔王というのは、古き禁じられた大魔法が使えるようになるらしいんだ。具体的に知っているのは、憑依された代々の国王たちのみだけど」

 ほう。大魔法っていうのは、国土中に恵みの雨を降らせられる、とかなのかな。でも、禁じられたっていうからには、あんまりよくない力なのか?
 俺のそんな予想は的中して、兵器となるような物騒な魔法だとだけは伝わっているそうだ。

「七煌魔王それぞれが兵器となる魔法を持っている。それによっていわば武力で他国をけん制し合い、平和の均衡を保っている状態なんだ、魔族領は」
「……悪魔たちは始統王の遺志を継いでいて、そうすべきことで平和を守ろうとしているってこと?」
「おそらくは。あくまで推測の域を出ないけどね」

 へぇ……魔族領の長い平和にそんな裏事情があったとは。知らなかった。いや、平民出身の俺だと本来ならずっと知れることじゃなかったんだよな、多分。

「ん? ってことはさ、アウグネスト陛下の魔力が苛烈なのも、もしかして悪魔が影響しているのか?」

 大魔法が使えるようになるっていうくらいだし、憑依されたら魔力ブーストがかかるってことなのかも。と思ったんだけど、これは完全に見当外れだった。

「まさか。陛下の魔力の強さは、陛下御自身の資質だよ」

 そうなんだ。まぁ、魔力を感知できない俺にとっては、どうでもいいことだけど。

「それじゃあ、次の話に――」

 テオドールフラム先生の講義に耳を傾けつつ、俺は開けっ放しにしている窓を見た。一部だけべっとりとついたあの泥……気になるな。
 ――よし。あとでシェフィの奴に磨かせよう。
 悪いことをしたら、やっぱりきちんとお仕置きしないとな。

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