4 / 111
第4話 後宮入りします4
しおりを挟むよく分からないながらも、おとなしくしていると、すぐにアウグネスト陛下が命じた。
「二人とも、面を上げろ。……構わない。別に気にしていない」
顔を上げると、目の前の整った顔には……うーん、何を考えているのか分からないな。無表情とまでは言わないけど、表情豊かとも言えない。
でも多分、怒ってはいないように思う。勘だけど。
「その肉も、いただこう。おいしそうだな」
俺から串焼きを受け取ったアウグネスト陛下は、優雅な所作でお肉を噛みちぎる。あっという間に食べ終えて、串をゴミ袋に捨てた。
おお、なんだ。強面な外見に反して案外気さくな国王なんじゃないか。なんでみんなの表情は強張っているんだろう。話しかけてみたらいいのに。
「ところで、エリューゲン」
「あ、はい」
名を呼ばれて顔を上げると、アウグネスト陛下の不思議そうな目と目が合う。
「後ろに見える宮殿はなんだ」
「私がこれから住まう宮殿ですが?」
「俺の記憶が間違っていなければ、ここにある宮殿は、もっと古びた廃宮のはずだが……」
「ここにいる者たちと協力して、建て直しましたから」
突拍子もない返答だったんだろう。アウグネスト陛下は、怪訝な顔をした。
「建て直した? なぜ」
「私にはあの古びた宮殿がお似合いだと筆頭男官様から言われまして。頭にきたので、新しく建て替えたんです。どうですか、私たちにふさわしい宮殿になりましたでしょう」
ちょっぴり自慢げな顔をして、胸を張る俺。
っていうか、よくよく考えたら、臣下であるはずのリュイが、アウグネスト陛下の許可なく勝手にここに案内するわけがないような気がする。ってことは、アウグネスト陛下の意向だったってことなのか?
おい。だとしたら……めっちゃくちゃ腹が立つんだけど!
そんな俺の静かなる怒りを察知したのか、アウグネスト陛下は俺が何か言うよりも先に、素早く誤解を解いてきた。
「素晴らしい宮殿に生まれ変わったとは思うが……俺がお前に与えるつもりだった住まいは、あっちの宮殿だ」
「え……」
顎で指し示した方向にあるのは、白亜の外壁が美しい隣の宮殿。
えぇええええええ!? 立派な宮殿じゃん!
ど、どういうこと……?
俺たち、建て直す必要なんてなかった……?
「リュイには俺からこの件を確認する。ずっと顔を出せずにいてすまなかったな。地方の視察に行っていて、城を空けていたものだから」
アウグネスト陛下は眉をハの字にしつつ、続けた。
「そういうわけだから、あっちの宮殿に移動しても構わないぞ。宮男たちもそこでお前を待っているはずだ」
隣の宮殿に移動しても構わない、だと。――そんなことできるわけがないだろ!
この一ヶ月間のみんなの苦労を踏みにじるようなもんだ。
「いえ。私はここに住みます。宮男たちのことは、こちらに呼び寄せていただけたら」
澄ました顔を作りつつも、俺の心は悔しさでいっぱいだ。
く、くそ…っ……まさか、こんなオチになるとは。
リュイの野郎、覚えてやがれ。
――と、いうわけで。
その日から元おんぼろ宮殿――紫晶宮と呼ぶらしい――で、俺は暮らし始めた。仕えてくれる宮男たちも呼び寄せたから、これから優雅な王婿生活が始まることだろう。
広間のソファーに腰かけると、テオが苦言を呈してきた。
「まったく、エリーには肝を冷やされたよ。よく陛下にあんな口をきけたものだ」
「強面かもしれないってやつ? そんなに目くじら立てることかよ」
もちろん、事実なら何を言ってもいいとまでは俺だって思わないけどさ。
宮男が淹れてくれた紅茶を飲みつつ返すと、俺の隣にテオも座った。おいこら、主人と同じソファーに座る侍従がどこの国にいるんだよ。
「そういう意味合いもあるが。よく陛下を前にして平気でいられたなってことだよ」
「……? どういう意味だ」
恐怖の大魔王が相手じゃあるまいし、そこまで恐れることもないだろう。絶倫王とは呼ばれてはいるが、理由もなくひとを惨殺するような冷酷非情な国王でもあるまい。
きょとんとしている俺を、テオは羨ましげな目で見た。
「そういえば、エリーには魔力がないんだったか。それで陛下の魔力を感じないんだね。羨ましいことだ」
「なんだよ、そんなにアウグネスト陛下の魔力は強いのか?」
「強いのはもちろん、魔力だけであの場の我々を瞬殺できたんじゃないかってくらい、鋭利で冷たい魔力だったよ」
へぇ。さすがガーネリア国王、またの名を七煌魔王の一人ともなれば、甚大で激しい魔力を持ち合わせているってことなのか。
どうりで、あの場のみんなの表情が青ざめていたり、強張ったままでいたりしたわけだ。アウグネスト陛下の魔力に圧倒されて恐怖を覚えていたってことらしい。
そういえば、アウグネスト陛下本人も、俺に自分が恐ろしくはないのかって聞いてきていたもんな。怯えられる反応に慣れっこで、意に介さない俺の反応は不思議だったんだろう。
なるほど。色々と腑に落ちた。
ティーカップを受け皿に戻すと、あろうことか今度はテオが手を伸ばして口をつけた。だからおい、どこの国に主人の紅茶を飲む侍従がいるんだよ。立場を弁えろよ。
「やれやれ、教会送りになったという元王婿たちが心身の健康を崩した理由が、改めて分かった気がするよ。性生活が激しいだけでなく、あんな威圧を受けながら抱かれていたら精神も摩耗するだろうね。痛ましいことだ」
「ああ、僕は王婿にならなくて心底よかったーってか?」
「ご想像にお任せするよ」
お任せも何も、どう考えてもそう思ってるだろ。まぁ……テオが仮に王婿位について教会送りになったら、従弟として俺も嫌だけどさ。
「ま、とにかく」
テオはティーカップを受け皿に戻す。そして俺に笑いかけた。
「僕の見立ては間違っていなかったわけだ。エリーなら陛下の魔力に威圧されることもなく、激しい性生活にも耐えられることだろう。応援しているよ」
「黙れ、裏切り者」
「そう根に持たずに。お詫びにこうして傍にいてあげているじゃないか」
恩着せがましい。だいたい、またアウグネスト陛下との縁談話が持ち上がるのが嫌だから俺の侍従になる、って自分で言っていただろうが。もう忘れたのか。
「きっと、陛下はさっそく今夜いらっしゃるよ。頑張ってね」
やかましいわ。
心の中で跳ね除けつつ、でも初めての性行為に期待が膨らんで、胸が弾む俺がいる。
性行為ってどんな感じなんだろ。気持ちいいものと一般的にはされているけど……お尻にモノを挿れるんだよな。入るのかよ。お尻が裂けて出血なんてしたら嫌だぞ。
楽しみな反面、若干の不安を抱きつつ――俺はその日の夜、アウグネスト陛下がやってくるのを自室で待った。
323
お気に入りに追加
1,636
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる