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第2話 後宮入りします2

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 後宮へ続く門をくぐってすぐのこと。

「お待ちしておりました。エリューゲン殿下、そしてテオドールフラム様でいらっしゃいますね?」

 俺たちを出迎えたのは、綺麗な顔立ちをした二十代後半頃の男だった。黒髪に青白い肌という特徴から、雪男の妖魔だろう。
 無表情なのは……性格なのか、それとも俺たちを本心では歓迎していないのか、どっちだ。
 気になりつつも、見て見ぬふりをして応じる。

「はい。つい先ほど、到着しまして」
「そうですか。長旅お疲れ様でした。私は筆頭男官のリュイと申します。お二人を宮殿までご案内いたしますので、ついていらして下さいませ」

 筆頭男官……後宮全体のまとめ役、といったところかな。後宮になんて縁遠かった庶民の俺だから、役職を口にされてもいまいち分からない。でも、リュイさんの纏う雰囲気は控えめながら威厳があるから、俺の推測は当たっていそうだ。

「よろしくお願いします」

 礼儀正しく言ったけど、リュイさんの表情は変わらない。氷のように冷たい目で俺を一瞥してから、身を翻してゆっくりと歩き出した。
 うーん、なんだか本当に歓迎されていないのかも。王婿の地位には、十二貴族子息がつくのが一般的だからな。貴族に連なる者っていっても、平民の俺が歓迎されないのは無理もないのかもしれない。
 少し居心地の悪さを覚えつつ、リュイさんの後ろについて行く。
 後宮内は広かった。城下町に比べたら全体的に自然が多くて、至るところに草木が生い茂っている。そんな小さな森のような中に、赤い外壁の宮殿や、白亜の外壁の宮殿が佇んでいるのが遠目に見えた。
 俺以外に王婿はいないらしいから使われていないんだろうけど、手入れは行き届いているみたいだ。俺が住むことになるのも、ああいう色鮮やかな外壁の宮殿だろう。
 そう思っていた。もちろん、テオもそう考えていたはずだ。
 ――が。

「こちらでございます」

 リュイさんに案内された宮殿を、俺たちはぽかんとして見上げた。
 目の前に佇む宮殿は、これまで通り過ぎてきたような宮殿たちと同じくらい大きい。大きいが……古びていて、立派とは程遠く、率直に言ってボロかった。
 元は鮮やかな紫色だったんだろう外壁は色褪せていて、下部には蔦が絡みついている。庭はよく見ると草木が荒れ放題だ。
 宮殿は宮殿でも、『廃宮』という言葉の方がしっくりとくる。
 ……えーっと、俺たちこれからここに住むのか? 曲がりなりにも王婿とその侍従が? 王婿じゃない一般庶民だって、こんなボロすぎる建物には住まないぞ。

「あの……リュイさん。本当に私たちはここに住まなければならないんですか?」

 何かの手違いでは。
 困り顔を作って訊ねると、それまで無表情だったリュイさんが初めて口端を持ち上げた。見下すような、嘲りの笑みだ。

「お前のような身分には、ここがお似合いだ」

 鼻で笑い、「では、私はこれで」と表情を元に戻して、リュイさん……いや、リュイの野郎は颯爽と立ち去っていった。
 俺にはここがお似合い、だと? ――はぁ!?
 怒りに打ち震える俺の隣で、テオはまだ呆然と『廃宮』を見上げている。一般庶民の俺でも信じられないんだから、貴族令息のテオにはさぞかし衝撃的なことだろう。
 とはいえ、いつまでも放置しておくわけにはいかないので、テオの肩を叩いた。

「おい、テオ。戻ってこい」
「あ……」

 はっとした顔をするテオ。かと思うと、引き攣った笑みを浮かべ、ぎこちなく俺の方を振り向く。『廃宮』を指差しながら。

「エ、エリー……あの男の冗談だよね? こんなところに住めだなんて。あはは」
「残念ながら、ジョークじゃないみたいだぞ」

 俺は後ろを振り返って、顎を動かす。あっちを見ろ、っていう意味だ。
 俺が顎で指し示した方向には、新たな人影たちが現れていた。数は、数十人ほどか。全員、白い騎士服を着ている。

「エリューゲン殿下か?」

 代表して声をかけてきたのは、二十代前半頃の男だ。なんの妖魔なのかは、一見すると分からない。擬人形態をとれる妖魔だというのは、間違いないが。

「はい。あなたは?」
「俺はエリューゲン殿下の護衛騎士団長のハノス。後ろにいる奴らは、全員部下だ。何かあれば、俺たちに声をかけてくれ」

 ほう、俺の護衛騎士団か。リュイの野郎も、さすがに護衛役は用意したらしい。王婿相手にタメ口なのは、ちょっと気になるけど。

「そうですか。よろしくお願いします。では早速、頼み事があるんですが」
「なんだ」

 腕組みをするハノス騎士団長を、俺は真っ直ぐ見上げた。

「――この宮殿を一緒に建て直してもらえませんか」
「は?」

 何を言っているんだ、といった顔だ。だけど、それもそうだろう。騎士は主人を守ることが務めであって、まさか建築作業を申し付けられるとは夢にも思わなかったに違いない。

「建て直しって……なんで俺らが? 建築家に頼めばいいだろ」
「他に頼む当てがありません。それに、あなたがたはこの宮殿を見てなんとも思わないんですか?」
「え? えーっと……ボロいとは思うけど」

 正直な奴だ。いや、別にそれでいいんだけどさ。
 俺は我が意を得たりと、一つ頷いた。

「そうでしょう。このボロい宮殿が私にはお似合いだそうですよ。ということは、です。私に仕えるあなたがたは、――それ以下の価値だと言われているわけです」
「!」

 ハノス騎士団長の、いや、騎士たち全員の目つきが変わる。血気盛んな、矜持を傷つけられて怒りを覚えている目だ。
 よし。これでいい。

「そんな侮辱を許していいんですか? あなたがたは、血の滲むような努力を重ねて気高い騎士になったはずだ。こんなボロい宮殿に住む主人を守るためになったわけではないでしょう」
「……その通りだ」

 ハノス騎士団長は重々しく頷き、部下たちを振り返って拳を振り上げた。

「お前らっ! このおんぼろ宮殿を、ピカピカの立派な宮殿に建て直すぞ! 俺らをバカにする奴は誰であろうと許さねえ!」

 おお! と応えるように野太い声が幾重にも上がる。
 すっかりその気になった護衛騎士たちを眺め、俺は内心ガッツポーズをとった。
 ――チョロい。

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