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第12話 メルティアの過去2

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「――え、この子ってシセルさんの飼い竜じゃん」

 食堂で朝食を食べ、改めて身支度を整えた後。
 シュフィゼに連れられた先は、寮の敷地内にある厩舎だった。シュフィゼはいそいそとシセルさんの飼い竜を外に出すものだから、俺はびっくり。

「まさか、竜で移動するのか? 勝手に連れ出していいのかよ」
「兄上からはちゃんと許可を得たよ。さっ、一緒に乗ろう」

 促されて、俺はシュフィゼの後に続いて、おずおずとギルニトラの背中に乗り込む。竜に乗るなんて初めての体験だ。お、落っこちないかな。不安だ。

「しっかり掴まっていてね」

 ギルニトラは大きく翼を広げた。ふわりと宙に浮き、少しずつ空高く飛び上がっていく。一定の高さまでのぼったら、翼を羽ばたかせて王都の東へと滑空し始める。
 想像していたよりも、風圧は強くなかった。確かにしっかり掴まっていないと振り落とされてしまうかもしれないけど、でも俺の想像だともっと勢いがあるのかと思っていた。
 ギルニトラがゆっくり飛行してくれているのか、そもそもそういうものなのか。慣れてくると、多少は下界の景色を眺める余裕が出てきた。
 っていうか、どこに向かっているんだろう。下界の様子は遠すぎて豆粒のようにしか見えないから、どこの地方や街にいるのかは判別しづらい。
 口を開くとうっかり舌を噛んでしまいそうで、シュフィゼには何も訊ねられないまま、ただギルニトラに目的地まで運ばれるほかなかった。
 どれほど、空を飛んでいたのかな。体感的には長かった気がしたけど、正午になるよりは早く、到着した。ひらけた平原にギルニトラは着地し、俺たちも地に下りる。

「シュフィゼさん、一体どこなんだ。ここ」
「目的地に着いたら分かるよ」

 ギルニトラをここに待機させ、シュフィゼは傍に見える小高い丘に向かって歩き出す。
 俺も黙って後をついていった。ここまできたら、シュフィゼが連れて行きたい目的地までついていくほかないだろ。
 なだらかな小高い丘は、草木が生い茂る自然豊かな場所だ。そして、丘の上に並んでいたのは……あれ、お墓がたくさんある。つまり、墓地だった。
 俺は嫌な予感に襲われた。おい、まさか、ここって――。

「あ。あった。ここだよ、メルティア君」

 墓地の片隅にある、花束が供えられている小奇麗なお墓。予想通り、墓石には俺の父親の名前が彫られている。

「俺の父さんのお墓じゃん!」

 盛大に突っ込まずにはいられなかった。なんで父さんのお墓に連れられてこなきゃならないんだよ。それになんで場所を知っているんだ。そこまで調べていたのか。

「お、俺、帰る!」

 慌てて道を引き返そうとしたけど、シュフィゼが。

「息子が墓参りに一度もきてくれないなんて、お父さん、寂しがってるよ」

 後ろからそう声をかけてきて、自然と足が止まった。
 実はそうなんだ。俺はまだ一度もお墓参りにきたことがない。だから、墓石に刻まれた名前を見るまで、父さんのお墓だって分からなかったんだ。
 なんでお墓参りしていなかったんだ、って聞かれたら……申し訳ないからとしか答えようがない。どんな顔をして、どんな心持ちで、お墓参りをしろっていうんだ。

「一緒にお父さんにご挨拶しよう? きっと、メルティア君のことを待ってる」
「…っ……、どの面下げて挨拶しろっていうんだよ」

 父さんの人生は、俺が壊して奪ったようなものなのに。
 拳をきつく握りしめ、俺は俯く。

「昨日も言ったけど。お父さんのことは、メルティア君のせいじゃないよ」
「そんなわけあるか。俺のせいで、父さんの人生が狂ったんだ」

 あの日、俺が流行り病になんてかからなければ。そうしたら、今も父さんは元気に生きていて、母さんと幸せに暮らしていたかもしれないんだぞ。
 俺のせいじゃないだなんて、綺麗事のような慰めに過ぎない。

「……だから、自分の人生を犠牲にしてまで、その贖罪をしなきゃいけないってこと?」

 確認するように問うシュフィゼに、俺は沈黙を持って返す。その沈黙こそが答えだ。
 シュフィゼもしばし黙り込んだのち、ぽつりと呟いた。

「俺にはさ、メルティア君のお父さんの気持ちが分かるような気がするんだ」
「……どういう意味だよ」
「もし、俺がお父さんと同じ立場だったら、俺も同じ道を選んだだろうなぁってこと」

 驚いて、俺はつい顔を上げた。
 ……父さんと同じ立場なら同じ道を選んだ? は? 冗談だろ?

「何をバカなこと――」
「本気でそう思ってるよ。窃盗するのはもちろん悪いことだし、償うべきことだけど、メルティア君を助けるためだったら俺も迷わない。それできっと、後悔もしない。だって、それだけメルティア君は大切な存在だから」

 俺は息を呑む。咄嗟にどう返したらいいのか分からなかった。……俺が大切な存在って。たかだか数ヶ月の付き合いで何を言っているんだ。

「お父さんのことを気に病んで罪悪感を持つのは、無理もないことだとは思う。その感情は否定しない。でも、お父さんが望んでいたことも思い出してほしいんだ」
「父さんが望んでいたこと……?」
「そう。お父さんはメルティア君に、元気に生きていてほしいって思っていたんだよ。それなのに、メルティア君自身が自分のことを粗末に扱って、自己犠牲的な生き方をするなんて、お父さんは悲しむよ。それこそ、お父さんの方もあの世で罪悪感を持って苦しむと思う」
「………」

 父さんの方も、あの世で罪悪感を持って苦しむ。
 それは思ってもみない考え方だった。そうか。俺は……父さんが死んだ後まで、心配をかけるような生き方をしているのか。
 俺は自分の心の声にばかり耳を傾けていて、肝心の父さんの心や願いを無視してしまっていたことに気付く。

「メルティア君は生きていていいし、これからもお父さんの贖罪をしたいっていうのならそれも自由だ。でもそれなら、もっと幸せで健全な贖罪をしようよ。少なくとも、俺がお父さんの立場だったら……メルティア君には笑って生きていてほしいな」

 いつの間にか、目の前までやってきていて、優しく笑むシュフィゼの顏。あまりにも優しい表情なものだから、俺の中で何かが瓦解する音が聞こえたような気がした。
 頬をつっと熱い涙が伝う。
 慌てて指先で涙を拭ったけど、次から次へと涙がポロポロとこぼれ落ちる。水滴が、乾いた地面に吸い込まれていく。
 そういえば、俺は……父さんの訃報を聞いてから、まだ一度も泣いていないんだった。悲しんで泣く資格さえ、自分にはないような気がして。
 でも、いいのかな。俺にも、父さんの死を悼む資格はあるのかな。

「~~っ」

 俺は嗚咽を漏らしながら泣いた。子どものように。

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