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第8話 魔法騎士団寮4
しおりを挟む内心やれやれと思ったけど、そろそろ昼時だ。いつまでも、ここで雑談を続けていたら昼食の時間を逃してしまう。まっ、ちょうどよかったのか。
「シセルさん、じゃあ俺はこれで」
再びシセルさんを振り返り、軽く一礼する。シセルさんは「ああ。機会があれば、また話そう」と応えてくれた。
そうして、その場を立ち去る俺たち。なぜか、俺の手を引いて早足で歩くシュフィゼを、俺は怪訝に見上げるしかない。
「分かったから、手を離してくれよ。誰かに見られたら恥ずかしいだろ」
「……ああいう男の方が好み?」
「へ?」
寮の玄関近くまでやってきたところで、シュフィゼは足を止めた。俺を振り返って、わけの分からないことを訊ねるその顔は、……やっぱりいつものへらへらしたものと違う。
なんなんだ?
「なんだよ、急に。だいたい、シセルさんは既婚者だろ」
「結婚してなかったら、メルティア君も兄上を好きになっていたってこと?」
俺は眉をハの字にした。
「いや、別にそういう意味じゃないけど……」
そもそも、俺は男が恋愛対象なわけじゃない。この国は同性婚が認められているし、俺も同性愛に偏見があるわけじゃないけど、でも恋愛対象は女性だと思っている。
「……って、俺『も』ってなんだよ。他に誰かシセルさんを好きになったひとがいるのか」
論点をズラしている自覚はあるものの、引っかかった点を指摘する。すると、シュフィゼははっとした顔をしてから、慌てて笑みを取り繕った。
「ク、クール系イケメンが好きなひとって多いじゃん。巷で流行っている本でも、最初は冷たかった男に溺愛される話が多いし。だからメルティア君もそうなのかなって」
それは、主に女性とか女性主人公の話じゃ。
俺は一人っ子だから分からないけど、兄弟だと男同士、どっちがモテるのかを張り合うものなのか? お兄さんは結婚しているのに自分は独り身っていうのも、コンプレックスに思っているんだったりして。
はあ。本当に子どもみたいだな。
「個性なんて人それぞれなんだから、比べられるものじゃないだろ。シュフィゼさんにも、シセルさんにも、いい所はたくさんあるだろうし、優劣なんてつけられるか」
「……俺のいい所って?」
「知らん。まだ付き合いが浅いんだから。でも」
俺は空いている方の手で握り拳を作り、こつんとシュフィゼの胸元を軽く叩いた。真っ直ぐシュフィゼの顔を見上げる。
「俺の契約番になってくれたのはあんただ。魔法の副作用のことで俺を助けてくれるのはあんたで、シセルさんじゃない。俺にとっては、あんたが唯一無二の存在だ。……感謝してるよ」
直接お礼を伝えるのは、そういえば初めてだ。
シュフィゼは目をぱちくりとさせ、「唯一無二の存在……」と小さく呟く。反応するのはそこなのか。感謝の言葉の方がちょっと照れ臭かったのに。
「そっ、か。ありがとう」
「分かったら、早く手を離してくれ」
催促したのに、なぜか逆に俺の手を握るシュフィゼの手に力がこもる。ぐいっと引き寄せられたかと思うと、俺はすっぽりとシュフィゼの腕の中。
うわっ、なんだよ。
「離したくない」
「な、なに子どもみたいなことを言って……」
ぎゅーっと抱き締められて、俺はドギマギするほかない。マジでなんなんだ。ハグされるなんて、思えば初めてじゃないか? そもそも、手を繋ぐのも。
……それなのに、キスと性行為は何度もしているんだから、なんか変な関係だな、俺たち。
突き飛ばそうにも腕力に差があってできない。諦めてされるままでいたら、やがてようやくハグから解放してくれた。
「ずっと一緒にいようね」
「え? 俺に『聖魔の番』が現れたら、あんたとは……」
契約解消、だろ。
と言おうとして、でも最後まで言えなかった。シュフィゼがあまりにも嬉しそうな顔をしているもんだから、そんな冷たいことを言うのは気が引けて。
よく分からないけど、友人としてっていう意味なら別にいいのか。友達は何人いようといいよな。別にこいつのことが嫌いなわけじゃないし。
結局、俺たちは手を繋いだまま、寮の中に戻った。
――そして、翌朝。
「ええー、コウのことだけ連れて行くの? 俺は?」
「三人も医務室にいたら手狭になるし、それにシュフィゼさんは俺の仕事を手伝う気はないんだろ? だったら、コウだけでいい」
口を尖らせるシュフィゼに俺はそう主張しながら、荷物をまとめる。メモ帳やペン、財布なんかを詰め込んだ小さな仕事用鞄だ。
「日中は好きに過ごせばいいよ。じゃ、行ってくる」
まだ何か言いたそうなシュフィゼとの会話を強引に打ち切り、コウだけを連れて医務室へ初出勤。初日だからか、すでにガゼッタさんは出勤していた。
「おはようございます」
「おはよう。改めて今日からよろしくね。……って、シュフィゼ君は?」
俺の傍にシュフィゼがいないことに気付いたガゼッタさん。訝しげな顔をして質問してきたので、俺は簡潔に事情を説明した。
「……要するに邪魔になるから置いてきた、と。ちょっと可哀想だなぁ」
苦笑いするガゼッタさんに、俺は首を傾げる。
「そうですか? 自由に過ごせるんですから、いいのでは」
「もちろん、そう捉えて喜ぶ子もいるだろうけどね。自分が用無し扱いされたって感じる子もいるんじゃないかな。後者じゃないといいけど」
用無し扱い。
そんなつもりは全くなかったけど、ひとによってはそう感じるのか。でも、あいつがそんなに繊細そうな奴だとは思わないけどなぁ。
「大丈夫でしょう。神経図太そうですし」
「ひとの性格は、雰囲気だけでは推し量れないものだよ。明るく振る舞っていても実は心に闇を抱えていたり、強そうに見えても実は打たれ弱かったり、とかね。メルティア君だって、社交用に作った仮面を一ミリもかぶっていないとは言えないでしょ?」
うっ。それは確かに。気心が知れた相手と気を遣う相手とじゃ、見せられる顔が違う。
「後でフォローしてあげた方がいいかもしれないよ~」
ガゼッタさんはやんわりと助言をして話をまとめてから、「じゃあ、仕事の説明をするね」とあっさりと話を切り替えた。俺は慌ててメモ帳にメモを取り始める。
シュフィゼのことは一旦置いておいて。今は、仕事に集中しなくちゃ。
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