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第6話 魔法騎士団寮2
しおりを挟む一階の奥に、医務室はあった。
「ここが僕たちの職場。まぁ、大して忙しくないから心配しないで」
前を歩くガゼッタさんが扉を開けると、
「……うげっ」
と、室内を見た瞬間に呻き声を上げる。
どうしたんだろう。
気になった俺が横合いから顔を覗かせると、患者さんが座るだろう椅子に男性がいた。騎士服姿じゃないけど、魔法騎士だろうと思われる。
「ガゼッタ。どこに行っていた」
冷たく響く低い声。こっちを振り向いたその男性も、三十路前後かな。ガゼッタさんと同年代に見えるけど、ガゼッタさんが穏やかな雰囲気をしているのに対し、その男性は凍てついた威圧的なオーラを放っている。貫禄があるともいう。
「一人しかいない職場を空けるのは、どうかと思うが」
「……えーっと、新人の魔法医務官の子を出迎えに行っていたんだよ」
苦虫を噛み潰したような表情のガゼッタさん。ああ、苦手な相手なんだなと一目で察する。まぁ、ガゼッタさんじゃなくても、苦手なひとは多そうな雰囲気のひとではある。失礼かもしれないけど。
「で、どうしたんだい。シセル」
「竜に軽く噛まれた。念のため、処置を頼もうと思ったんだが……新人の魔法医務官か。こんな暇なところでなく、本部に寄越せばいいものを」
俺の前にいるガゼッタさんが、男性――シセルさんの向かい側の椅子に移動したから、シセルさんの視界に俺が映ったみたいだ。次いで、俺の隣にいるシュフィゼのことも。
と、シュフィゼのことを見た瞬間、シセルさんは軽く目を見張った。
「シュフィゼ。なぜ、お前がここにいる」
え、知り合いなのか?
俺も驚いてついシュフィゼを見上げると、シュフィゼはへらっと笑う。
「これは兄上。お久しぶりです。俺は仕事ですよ」
兄上!?
え、え、兄弟なのか! 全然似ていないから予想もできなかった。どっちもイケメンっていうカテゴライズに当てはまるくらいしか共通点が見えない。
ガゼッタさんも知らなかったのか、あんぐりと口を開けている。
一方、シセルさんは解せないといった顔をした。
「仕事? お前の『聖魔の番』は婿入りしたはずだろう」
「事情があるんですよ。深く突っ込まないでいただけると助かります。それよりも、早く処置してもらった方がいいのでは?」
促されて、それもそうだと思ったらしい。シセルさんは、未だ呆気に取られているガゼッタさんに「おい、早くしろ」と処置の催促をした。
ガゼッタさんははっと我に返って、「世間は狭いねえ」と呟きながら、処置を開始する。
世間は狭い、か。本当にそうだな。まさか、職場にきてすぐ、シュフィゼのお兄さんと対面することになるとは。
っていうか、お兄さんは魔法騎士で、弟のシュフィゼは神官なのか。一見、不思議な組み合わせかもしれないけど、珍しいことではなかったりする。
というのも、男女で結婚する『聖魔の番』も少なくないんだ。シュフィゼたちのご両親もきっとそのケースで、魔術師の血と神官の血をそれぞれ受け継いだんだろう。
「はい、終わったよ。僕は忙しいんだから、さっ、帰って」
「ふん。どこが忙しいんだ。いつも暇を持て余して、昼寝しているくせに」
言いつつ、シセルさんは椅子から立ち上がって、俺たちの前までやってきた。シュフィゼではなく、俺のことを冷たい目で見下ろす。
うっ、なんだ? もう春なのに、急に背筋が寒くなってきたんだけど。
「君、名前は?」
「メ、メルティアです。本日からここに配属されました。よろしくお願いします」
頭を下げるけど、シセルさんは「そうか」とだけ。弟と違って口数の少ないひとだな。
「愚弟のことをよろしく頼む」
そう言って、シセルさんは医務室を出て行った。
ぱたん、と扉が閉まった瞬間、ガゼッタさんは「はあ~」と盛大に息をつく。少し会話していただけなのに、その表情は疲れ果てたものだ。よほど、苦手な相手とみた。
「まったく、既婚者のくせにどうしてこの寮にいるんだか。奥さんと街で二人暮らしすればいいものを」
「え、既婚者なんですか」
ガゼッタさんのぼやきに反応すると、答えたのはシュフィゼだ。
「兄上は、奥さんがいるよ。地方にあるうちの実家で暮らしていて、兄上は単身赴任だ」
「へえ……こっちで二人暮らししないんだ」
「うちの実家は、魔術師の名家だから。まぁ、色々とお嫁さんとして覚えることが多いみたいで。とはいえまだ新婚なのに、義姉上がちょっと可哀想だなって俺も思う」
新婚で夫が単身赴任していて、自分は夫の実家暮らし。……うん、確かにちょっと可哀想というか、大変そうではあるな。
それにしても、奥さんかぁ。
「そういえば、シュフィゼさんは奥さんとか……」
「いたら、メルティア君とここにいるわけがないでしょ」
それもそうか。
既婚者だったら、俺の契約番なんて引き受けないよな。
「じゃあ、ガゼッタさんは……」
「残念ながら、独身。こんなにイケメンで性格がいいのに、世の中って不条理だよねえ」
ガゼッタさんがイケメンかはともかく。穏やかで性格がよさそうなのは事実だから、まだ独身というのは、意外といったら意外かもしれない。
「そういうメルティア君は、恋人いないの?」
逆に聞き返されて、俺は苦笑いだ。恋人いない歴=年齢、というのはちょっと恥ずかしい。
「俺もいませんよ」
「そっか~。ここは、寂しい独り身の集まりだねえ」
うぐっ。その通りなんだけど、言葉にされると胸に突き刺さるものがある。
恋人とか伴侶とか。正直、憧れるものはあるけど――俺には手にする資格がない。ないんだよ。だって、俺は。
『メルティア……お、お父さんが死んじゃったって』
――人殺しのようなものだから。
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