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第5話 魔法騎士団寮1

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 目の前にそびえ立つ、白亜の外壁の高い建物。
 ミモザの花々が舞い散る中、俺は荷物を抱えて見上げていた。隣には、同じく荷物を肩に提げたシュフィゼもいる。

「ここが、魔法騎士団寮か……」

 その名の通り、魔法騎士たちが住まう寮のことだ。主に独身の若い男性が利用しているそうで、魔法騎士団本部に比べたら広さはさほどない。
 ……そう、魔法騎士団本部に比べたら。

「はあ。本部に配属されたかったな」

 ぼやく俺に、苦笑いするのはシュフィゼだ。

「魔法の上限回数が三回くらいじゃ、本部は厳しいでしょ」
「それは……分かってるけど」
「仕事につけるだけありがたいことだよ。今この瞬間、職を失っているひともいるんだから」

 年上らしく諭すように言うシュフィゼだけど、俺は内心反論した。――俺に『聖魔の番』がいたら、もっと魔法を使えたはずなんだよ。それで本部に所属できたはずだ。
 たらればを考えても仕方ないこととはいえ、自分の運のなさを嘆くほかない。早く『聖魔の番』が現れてはくれないものか。
 ――シュフィゼと契約番になってから、早一ヶ月。
 魔術学院を無事卒業した俺は、魔法医務官としてこの魔法騎士団寮に配属された。シュフィゼの言う通り、俺が使用できる魔法の上限回数を鑑みて小規模な職場になったのに違いない。
 今日からこの寮に住み込みで働く。念願の魔術師として働けるのはいいんだけど、やっぱりなあ。職場の規模の小ささに落胆してしまう自分がいる。
 そんな俺の心中を知ってか知らずか、シュフィゼは「早く入ろうよ」と促してきた。
 確かにいつまでも玄関先に突っ立っているわけにはいかない。シュフィゼを連れ、俺は寮の中に足を踏み入れた、瞬間。
 ――パァァン!
 クラッカーが弾ける音が高らかに響いた。紙吹雪が飛んできて、俺の顏や頭にくっつく。
 うわっ、なんだ!?

「ようこそ、魔法騎士団寮へ。メルティア君たち」

 予期せぬ展開にぽかんとしていると、にこりと出迎えたのは三十路前後の男性だ。シャツの上に白衣を羽織っていることから、どうやら俺の配属先の上司だと少し遅れて理解した。
 出迎えてくれたのは分かるが、なぜクラッカー。床に紙吹雪が散乱していて、どう考えても最初に命じられる仕事はこの後片付けだ。

「あ……えっと、医務官の方ですか?」

 一応、確認する。
 男性は「そうだよ」と、眼鏡の奥の瞳を和ませた。

「僕はガゼッタ。寮医といったところだ。新しく医務官の君が入ってくるって聞いて、楽しみにしていたんだよ。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします。今日からお世話になるメルティアです」

 やっぱり職場の上司だったと、俺は慌てて一礼する。だけど、ガゼッタさんは「堅苦しくしないでいいよ~」とのほほんと笑った。
 優しそうなひとだな。ちょっと、ほっ。

「――で、そっちの彼が例の専属神官、シュフィゼ君か」

 ガゼッタさんは、俺の背後にいたシュフィゼのことも見やる。声をかけられたシュフィゼもシュフィゼで、愛想よく「はい。これからお世話になります」と応えた。
 軽薄そうな男だけど、こういう時は不愛想な男じゃなくてよかったなと思う。
 ガゼッタさんもにこにこと「よろしくね」と挨拶してから。

「ひとまず、君たちの部屋まで案内するよ。荷物を置いてから、またここに戻ってこよう。この紙吹雪の後片付けをしないとね」

 やっぱりそうなるか。なら、なぜクラッカーを使ったんだ。
 内心突っ込みを入れつつも、表面上は優等生ぶって「分かりました」と素直に従う。職場の上司相手に、初めて顔を合わせて早々に本心をぶちまけるわけにいかない。
 俺たちはガゼッタさんの後ろについていき、この寮であてがわれる自室まで移動した。着いた先は二階の角部屋で、二人部屋だった。
 調度品は簡素なものだ。二段寝台とクローゼット、それから文机しかない。空間もお世辞にも広いとは言えず、本当にただ寝て起きるだけのための部屋といった感じ。まぁ実際、魔法騎士たちの寮生活はそういう感じなんだろう。
 俺たちは寝台の上にそれぞれの荷物を放り投げて、再び一階の玄関ホールに下りた。もちろん、さっきガゼッタさんから言われた通り、紙吹雪の後片付け。
 面倒臭いという思いは正直あるものの、歓迎してくれているわけだし、まぁそれはいい。問題は、シュフィゼの奴だ。

「ちょっと、シュフィゼさん。手伝ってくれよ」

 そう。なぜかシュフィゼは、壁に寄りかかって俺たちの作業を眺めているだけ。苛立った俺は苦言を呈すけど、シュフィゼはどこ吹く風だ。

「俺の仕事は、専属神官としてメルティア君の魔法の副作用を抑制することであって、ここでの仕事を手伝う義務はないよ」

 俺は言葉に詰まる。うっ……正論かもしれないけど、でも協調性ってものはないのか。紙吹雪を拾うくらい、一緒に作業してくれたっていいじゃん。
 むすっとする俺に対し、ガゼッタさんは鷹揚だ。気分を害した様子はなく、「はは、確かにその通りだね」と理解を示すほどだった。おお、なんていいひとなんだ。

「ここの後片付けが終わったら、次は医務室まで案内するよ。その後は、ここの大浴場や食堂の場所も教えるから。今日はそれで終わり」
「え? でも、まだ午前中……」
「いいから、いいから。仕事は明日からで大丈夫。今日はまず寮の中に慣れて。仕事をこなすのはそれからだよ」
「……は、い」

 今日から働くつもりできたのに肩透かしを食らった気分だ。午後から働きます、って言おうかと思ったけど、でもガゼッタさんの言うことにも一理あるかもしれない。まずは、寮の中のことを覚えないと、仕事でもいざという時に困るだろうから。
 ガゼッタさんからの案内が終わったら、俺も自分で探検してみようかな。

「ところで、メルティア君も大変だね」

 紙吹雪を拾い集めていた俺は、顔を上げる。大変って何がだ。

「えーっと、何が……ですか」
「魔術学院の学院長から聞いているよ。魔法を使った回数だけ、性行為しなくちゃならないんだろう? シュフィゼ君と」
「っ!?」

 俺はその場に固まるほかない。――事情を知らされているのか!
 咄嗟に何も言えなかった。よりにもよって、職場の上司に知られているなんて恥ずかしすぎる。

「人智を超えた魔法というのも善し悪しだね。でも、そこまでして魔術師として働きたいのはどうしてだい?」

 世間話のつもりなんだろうけど、俺には答えづらい質問だ。
 俺は曖昧に笑いながら、「お給料がいいので」と無難な答えを返した。実際、魔術師というのはその希少性や社会貢献度から、給料や待遇は一般職よりも破格だ。
 幸い、ガゼッタさんは「ふうん、そうなのか」とだけ相槌を打ち、それ以上は追及してこなかった。ふう、よかった。

「……さて。ここは片付いたね。じゃあ、まず医務室に行こう」

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