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第2話 契約番との出逢い2
しおりを挟む息を乱しながらどうにか歩き、ひとけのない路地裏に隠れ入る。外壁に寄りかかって、胸元を押さえた。
くそっ、心臓がドクドクいっている。ちょっと魔法を使っただけなのに、こんなに苦しいものだとは思っていなかった。
「くっ、はっ……」
これからどうしよう。魔術師学院の寮までは距離がある。この状態で普通に帰れるかと聞かれたら、自信がない。
しばらくここで耐えていたら、収まるものだろうか……と、その場にしゃがみ込むと。
「あれ、大丈夫?」
見知らぬ男の声がして、俺は顔を上げた。
そこに立っていたのは、端正な顔立ちの若い男性だ。年は二十代半ばくらいか。
心配そうな顔をしている若い男性は、一拍遅れて俺が発情状態だと気付いたみたいだ。傍までやってきたかと思うと、俺の前に片膝をついた。
若い男性の大きな手がぽん、と俺の肩に置かれた瞬間――あれ? 身体の熱が引いて、あれほど苦しかった呼吸も落ち着いてきたぞ。
「傍に専属神官がいないのに、魔法を使うものじゃないよ」
諭すように言う若い男性の顔を、俺はまじまじと見つめる。
俺に『聖魔の番』はいないわけで、それなのに俺の発情状態を収められたってことは……まさか、この男が先生の話していた例の神官、か?
「じゃあね。長くはもたないから、あとは専属神官になんとかしてもらいな」
あっさりと立ち去ろうとする若い男性を、俺は慌てて引き止めた。
「あ、あの!」
若い男性は怪訝な顔をして振り返る。
「なに?」
「ありがとうございます。それと、あなたが噂の神官様ですか」
「噂って一体なんの……」
言いかけたけど、若い男性ははっとした顔をした。どうやら、『聖魔の番』がいない俺のことに情報が結びついたんだろう。
「……そうか。お前がメルティアか」
思わぬ偶然もあるものだと、その表情はしみじみと語っている。踵を返そうとしていた足先を戻し、若い男性は再び俺の前に片膝をついた。そしてくいっと俺の顎を掴み持ち上げる。
「俺のレンタル料は高いんだけど。払えるの? それとも、身体で払う?」
「んな…っ……!」
サッと俺の頬に朱が差す。――身体で払う!?
俺は相手の手を、思いっきり払いのけた。
「誰が身体で払うかよ!」
なんて最低な思考の奴だ。こんな奴が神官なのかよ。
怒りと失望が入り混じった感情を抱きながら、俺は立ち上がった。お礼はさっき一応伝えたことだし、あとはもう無視することにしてずんずんと歩き出す。
「どこに行くのー?」
「魔術学院の寮に帰るんだよ!」
こっちは肩を怒らせて歩いているのに、名前の分からない例の神官は面白そうに笑っている様子であとをついてきた。
あとをついてくるなと言いたいところだけど、こいつはこいつで魔術学院に呼び出されているんだろうから、向かう先が一緒なのは仕方あるまい。
「じゃあまたね、メルティア君」
校舎と寮との分かれ道で、例の神官は楽しげに片手を振って俺と別れた。俺は反応することなく、そそくさと寮の自室へ戻る。
と、ほぼ同時に発情状態がぶり返してきて、寝台にもぐりこんだ俺は手早く自己処理しようとした。……した、んだけど。
おかしい。イこうにもイけない。そうなると、性欲も発散できない。な、何がどうなっているんだ。自分で処理できないとかおかしいだろ!
一人で悶々とすること、一時間くらいかな。自室の扉がノックされたかと思うと、許可なく入ってきたのは――なんと、名前の知らない例の神官。
学院長たちとの話が終わったのか?
「か、勝手に入ってく……」
「鎮めてあげようか、その副作用」
布団を頭からかぶっている俺は、ぎゅっと唇を噛みしめる。例の神官を睨みつけ、突っぱねた。
「必要ない!」
「でもそれ、自分じゃ発散できないんだよ?」
思わず、口から「え!」と声が漏れ出た。自分じゃ発散できない? マジかよ!
俺の傍までやってきた例の神官はしゃがみ込み、にこりと笑みを浮かべた。
「魔法の副作用はね、誰かと性行為しないと収まらないんだよ。『聖魔の番』がいれば、もちろん別だけど。だから、『聖魔の番』のいないメルティア君は誰かと性行為しなきゃ、それは収まらないわけ。……死ぬまでそのままでいたいの?」
死ぬまで。
考えただけでもぞっとした。こんな熱くて息苦しい状態がずっと続いたら、それこそ苦痛で死んでしまう。
「い、やだ……」
涙目の俺の声を聞いて、例の神官は口端を持ち上げた。靴を脱いで、許可も得ずに寝台に上がってくる。だけど、俺は拒否しなかった。
「じゃ、ヤろうか」
◇
――というわけで、現在に至る。
「落ち着いたでしょ?」
俺の顔をひょいと覗き込む、例の神官。長く性行為していたっていうのに、疲れている様子は微塵も感じられない。体力オバケかよ。
確かに発情状態は収まったけど、こっちは性行為自体で疲れた。
「……っていうか、あんたの名前は?」
「あ、名乗ってなかったっけ。俺はシュフィゼ。お察しの通り、メルティア君の契約番として総本山から派遣された神官だよ」
例の神官――シュフィゼは、脱いだ衣服を着直しつつ、答える。
それを見て、俺も脱がされた衣服に再び袖を通した。いつまでも裸体のままじゃいられないだろ。他の生徒がいつ顔を出すかも分からないし。
「シュフィゼさん、『聖魔の番』は?」
「いたけど、数年前に魔術師を引退したから。それから、俺はフリー」
なるほど。それで俺の契約番を引き受けられるってことなのか。魔術師を引退されたら、そりゃあフリーになるしかあるまい。
納得はいったけど、この人と契約番になるのか? こんな軽薄そうな男と。いやでも、他に当てがあるわけじゃないんだよな……。
――と、いうか。
「あの……仮にあんたが契約番になっても、俺の発情症状は」
「完全になくなるわけじゃない。だから、俺の能力の効果が切れたら、誰かと性行為しなきゃ収まらない。それでも……メルティア君は、魔術師になるの?」
魔法を使うたび、誰かと性行為をしなきゃならない。
嫌じゃないといったら嘘になる。だけど、俺に魔術師にならないっていう選択肢はない。
「なる」
即答する俺を、シュフィゼは僅かに感嘆したような顔で見た。
「へえ。普通は諦めると思うけどね。それとも、純真そうな顔をして性行為が好きとか?」
「そんなわけあるか!」
ひとをビッチ呼ばわりするな。俺は今まで堅く処女を守って……って、あ! さっきの性行為で卒業しちゃったじゃん! 発情状態だったからか、痛くはなかったけど。
初めてを捧げた相手がこいつか……なんとなく、複雑。
「じゃあ、どうして」
「あんたには関係ない話だ」
ツンとして返すと、シュフィゼは「ちぇっ」といじけたように舌を鳴らす。あんたがやってもちっとも可愛くないんだよ。
「つれないねえ。愛し合った仲なのに」
「あれはお互いにただの生理反応だろ!」
全力で突っ込む俺に、可笑しそうに笑うシュフィゼ。喉を鳴らしながら、靴を履いて寝台の端に腰かけた。
「ま、メルティア君の意向は分かったよ。どうせ暇だから、契約番になってあげる。これからよろしくね」
「う……よ、よろしく」
柔らかく微笑みかけられて、俺は気まずくて下を向く。よくよく考えたら、ついさっきまで俺を抱いていた相手だ。何事もなかったかのような顔はできないというか、なんというか。
シュフィゼは、くすりと笑って俺の頭を撫でた。
「可愛いね。発情状態になったら、またご指名ほしいな」
ご指名って、娼館じゃないんだから。
と内心突っ込んだものの……あれ? 男向けの娼館って、普通に娼婦か男娼を抱くところしかなくないか? 抱かれる側のお店なんて聞いたことがないぞ。
……。
…………もしかして、こいつに抱いてもらうしかない感じ?
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