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第14話 ギルヴァニス国王2

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 その翌日。
 ヒースの花々が咲く庭で、俺はトヴァス陛下と丸いテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。それぞれの手元にあるのは、温かい紅茶だ。そして中央には、出来立てのクッキー。
 そう、ちょうど約束をしていたお茶会をしているところ。

「おいしい紅茶だな。ナリノス産の茶葉か」
「はい。そのようですね」

 紅茶を飲みつつ、クッキーをつまみつつ。俺たちは和やかにやりとりを交わす。
 と、ナリノスというワードで何か思い出したのか、トヴァス陛下は「そういえば」と話題を変えた。

「ノシュア殿下は、最近まで婿がおられたとか。……その節は残念だったね」

 イスリッドのことだ。そうか、イスリッドがナリノス国王陛下の血を引く子どもだから王太子婿の座を降りたことも、トヴァス陛下はご存知なのか。

「いえ……仕方のないことです。縁がなかったのですよ、結局のところ」
「縁、か。確かに縁というのは存在するように思うが、一度結ばれた縁がほどけないように努力することもまた、大切なのではないかと思うがね」

 俺はつい眉根を寄せる。努力することも大切だと言われても。何をどう努力したら、俺たちの別れは回避できたんだよ。ブローチを身に着けさせなかったら、ってこと? いや、そんな細かいことまでトヴァス陛下がご存知なわけがないか。

「……どういう意味でしょう」
「もし、心から彼を手放したくなかったというのなら、そのために行動すべきだったのでは、ということだよ」
「行動って……俺にできることなんか」
「本当にそうか? ノシュア殿下が次期国王になると決意すれば、離縁を回避できたことのように僕は思うけれど」

 俺は、言葉に詰まる。咄嗟に言い返せなかったのは、理論上ではその通りだからだ。
 でも、あくまで理論上の話。前にも言った通り、現行の制度を変えるのは非常に難しいことだ。そりゃあ王制なわけだから、父上がこうするぞって押し切って決めることは可能だろうけど、そんなことをしたら愚王扱いされてしまう。
 何よりも、俺が次期国王になるなんて、そんなあっさりと決意できるものでもない。国王の座っていうのは、そんなに軽いものじゃないはずだ。

「……簡単におっしゃらないで下さい。制度を変えるのも、決意を固めるのも、すぐにできることじゃありません」
「制度の変更はともかく、決意を固めるのはすぐにできることだろう」
「結婚したままでいたいから次期国王になる、なんてそんな不純な動機が認められるわけがないでしょう」

 恋愛脳丸出しの愚王確定じゃん、そんなの。
 トヴァス陛下は、ふっと笑った。

「不純であると自戒しているのではあれば、それで十分。国王にとって一番大切なのは、なぜ国王になったのかではなく、何をなしたかであると僕は思うよ。多くの国民にとって、国王が誰なのかなんて大して興味はないのだからね。それよりも、自分たちに何を与えてくれるのかの方がよほど大事だ」
「………」
「不純な動機で国王の座を目指したっていいじゃないか。誠心誠意、国のために働けば、志など些末なこと。善政を敷けば、国民から感謝され、評価もされる。国のためになり、巡りめぐって自分のためにもなる。……幸せというのは、黙っていても降ってこない。自分から掴み取りに行かないと手に入らないものだ」

 ――自分から掴み取りに行く。
 このまま、不幸に酔いしれているのはきっと楽なことだ。新たな王太子婿を娶って次期国王になってもらうのも、簡単な道だろう。
 でも、違う道もあるのだと、俺は目から鱗だった。それは難しく険しい道だけど、決して人任せではない俺だけが歩める道だ。
 俺が立派な国王になれる保証なんてない。だけどそんなの、他のひとがなったって一緒だろう。確かな未来なんてないんだから。

「お、れは……」

 イスリッドと一緒にいたい。ずっと傍にいてもらいたい。それで子どもを授かって、家族みんなで幸せに暮らすんだ。
 いつか夢見ていた妄想を、――現実のものにしたい。
 俺は、ぐっと力強く顔を上げた。

「トヴァス陛下。お願いしたいことがあります――」




「じ、次期国王になりたい!? 何をバカなことを言っているんだ!」

 その日の夜。
 父上たちが住まう宮殿に足を運んで頭を下げる俺に、父上は仰天していた。もちろん、それは父さんも右に同じ。

「ノシュア……お前、自分が言っていることの重大さを分かっているのか」
「はい。重々承知しています」
「……制度を変えることがどれほど難しいことかも?」
「もちろんです。無茶なお願いをしている意識はあります。ですが、どうしても父上の後を継ぎたいんです」

 頑として譲らない俺に、父さんは眉尻を下げた。

「それはまさか、イスリッド君と復縁したいから、じゃないだろうね」
「その通りです」

 即答すると、父上は絶句していた。賢王と名高い父上からしたら、やっぱり恋愛脳丸出しのバカ息子なんだろう。

「バカを言うのも大概にしなさい! そんな理由で国王になりたいなんて、認められるわけがないだろう!」
「不純な動機であることは自覚しています。それでも、俺は……イスリッドのことを諦めたくない。好きでもない相手の子どもを産むなんて嫌だ」

 真っ向から思いを伝えると、父上はぐっと押し黙った。
 父さんと恋愛結婚した父上だから、俺の言い分も理解できるんだろう。元々、イスリッドとの縁談を決めたのも、俺がイスリッドといい雰囲気だったっていう側面があるだろうし。

「それは……だが」
「近隣諸国の多くが女王やオメガの国王を認めていっている中、この国だけいつまでも認めないというのも時代遅れじゃないかとも思います。議論の余地はあるのでは」

 父さんが、そっと息をついた。諦観のため息だ。

「お前の言うことにも一理あるかもしれないけど。それは時間をかけて議論し、決めなくてはならないことだよ。いくら父上でも、確約はできない」
「それは分かっています。ですが、俺はその可能性に賭けたい」

 もし、法案が成立しなかったら、潔く諦めて政略結婚する。でも、何もしないまま、イスリッドを諦めることだけはしたくない。
 押し黙っていた父上が、そっと口を開いた。

「……本気なのか」
「はい。トヴァス陛下にお願いし、五年ほど修行にでることも決めました」
「お前は、また勝手なことを……」

 と、言いつつも、その言葉で俺の本気度は伝わったみたいだ。父上もまた、諦観のため息をついた。お前には重い責任を持たせたくなかったのだがな、と小さく呟く。

「お前の言い分は分かった。では、五年。五年かけて、王位継承者の範囲に関して議論を進めよう。といっても、父さんが言った通り、確約できるものではない。それは肝に銘じておくように」
「はい! ありがとうございます!」

 とうとう、父上が折れた。わがまま息子で申し訳ないけど、でも譲れないことなんだ。

「それでいつ、修行とやらにでるんだ」
「明後日、トヴァス陛下がお帰りになる日に、一緒に連れて行ってもらいます。それから、トヴァス陛下の付き人として、国王業について勉強する所存です。……しばらくお会いできなくなりますが、どうかお体ご自愛下さい」

 父上、父さん。
 こんな俺をここまで育ててくれてありがとう。

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