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第13話 ギルヴァニス国王1

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 そうしてしばらくして涙が収まったあと。
 父上が言いにくそうに、おずおずと別の話題を切り出した。

「ノシュア。まだ気持ちの整理はつかんだろうが……すまん。二ヶ月後、ギルヴァニス国王が我が国へくるそうなんだ。その出迎えを、お前にもしてほしい。できるか」

 ソファーで俯いていた俺だけど、顔を上げた。――ギルヴァニス。
 ナリノスを挟んだ向こうにある国だ。その国は確か、つい最近まで身内同士で内乱が起こっていたはず。でも、『ギルヴァニス国王』が来訪するってことは、内乱が終わって新たに正式な国王が決まったということか。
 正直、社交をしたいと思うような気分じゃないけど、それはそれ。王太子として、外交の仕事はしっかりとしないといけない。それに……何か仕事をしていた方が、気分がまぎれるかもしれないとも思う。
 よって、俺は二つ返事で了承した。

「分かりました。大丈夫です」
「そうか。では、よろしく頼む。新たなギルヴァニス国王は、トヴァス陛下という。お前と同年代で、――オメガの国王だ」

 え、と俺は小さく呟いた。オメガの国王?
 でも、それは別に珍しい話でもない。近隣諸国では、少しずつ女王やオメガの王を認める国が増えているからだ。ただ、実際にオメガの国王と対面するのは初めてだけど。
 トヴァス陛下、か。どういう方なんだろう。




 それからは父上の仕事を手伝い、忙しない日々が続いた。
 二ヶ月後、つまりギルヴァニス国王陛下がいらっしゃる日まであっという間だった。季節は秋へと変わり、まだ残暑が厳しいとはいえ空はすっかり秋色だ。

「我が国へようこそ、トヴァス陛下」

 ユベリア城へやってきたギルヴァニス国王陛下を、俺たち家族はにこやかに出迎えた。代表して歓迎の言葉を口にしたのは、もちろん父上だ。
 ギルヴァニス国王陛下は……父上が話していた通り、俺と同年代の男性だった。正確には一つ年上らしい。男性にしては小柄だし、華奢だ。オメガらしい可憐な容貌といった感じ。
 でも、その雰囲気は堂々としていて、若いのに貫禄がある。親子ほどの年の差がある父上相手でも、オーラで全く負けていない。凛々しいというか、力強いというか。

「多忙の中、みなさま出迎えありがとうございます。先日、行われたという生誕祭には顔を出せず、申し訳ありませんでした。政務が立て込んでいたもので」
「いえいえ、お気になさらず。トヴァス陛下も、多忙のところきてくれてありがとう。我々はあなたを歓迎するよ」

 父上たちはにこやかに笑い合い、握手を交わす。
 次いで、口を開いたのは父さんだ。

「長旅でお疲れでしょう。迎賓室までご案内しますので、ごゆるりとお休み下さいませ。夜には歓迎の宴を予定しておりますので」
「お気遣いありがとうございます。ふふ、それは楽しみだ」

 よし、今度は俺の番だ。俺は、スッと一歩前に出た。

「お初にお目にかかります、トヴァス陛下。王太子のノシュアです。迎賓室までご案内いたしますね。どうぞついてきて下さい」
「ありがとう。よろしく頼む」

 ユベリア城の二階にある迎賓室まで、トヴァス陛下を案内するのが俺の役目。立場に差異はあれど、同年代だからあまり気を遣わせないだろう、っていう父上からの配慮で。
 俺の方は、ちょっとドキドキ。だって、俺と違ってオーラが本当にすごいんだ。緊張するよ。さすが、若くして国王の座についたひとだ。
 そんな心中が駄々洩れだったのか、斜め後ろを歩くトヴァス陛下がくすりと笑った。

「そう緊張しなくとも大丈夫だよ。僕たち、同年代じゃないか」
「あ、えっと、……はい」

 そう言われても、気持ちをパッと切り替えられるものでもない。思っていたよりも気さくそうなひとではあるから、その点は少し緊張感が和らいだけど。

「それにノシュア殿下もオメガなんだろう。これも何かの縁だ。仲良くしてもらえたら嬉しい」
「こ、こちらこそ……ぜひ、色んなお話をしたいです」

 とりあえず応じたものの、何を話せばいいんだろう。それぞれの公務について? いやそれだと単なる外交じゃん。トヴァス陛下は、もっと砕けた関係を求めているように感じる。

「そうか。なら明日、二人でお茶会でもしないか」

 俺は、目を瞬かせた。お茶会か。王侯貴族の社交として定番だな。

「構いません。では明日、お茶会の準備をしてお待ちしています。詳細は、のちほど」

 トヴァス陛下はオメガだから、後宮に招いても特に問題はない。父上の了承は得る必要があるけど、父上なら快諾するだろう。場所は……蒼輝宮の庭にお招きしようかな。
 そのあとは他愛のない雑談をしながら、トヴァス陛下を迎賓室までご案内した。夜の宴までゆっくり休むというので、そっとしておこうと俺はすぐに退室。父上たちの下へ戻って、明日のお茶会の件の許可をもぎ取った。父上は、「おお、仲良くやりなさい」と朗らかに快諾。
 そして――夜の歓迎の宴は、盛大だった。宴というか晩餐会といった感じだったけど、豪華な料理が次々とテーブルに運ばれてきて、料理だけなら国王生誕祭の時よりも気合が入っていたかもしれないと思う。
 歓迎の宴では、もっぱら父上がトヴァス陛下の話し相手となっていた。たまに父さんも会話に混じる程度で、俺は会話をする時間なんてろくになかった。そういう意味では明日、二人でお茶会するのは親睦を深められるいい機会になりそう。
 ――それにしても、『オメガの国王』か。

『……そうですね。俺の単なる夢物語に過ぎません』

 あの日、イスリッドがオメガの国王が認められていたら、って話を急に口にしたのは……俺と同じことを考えたからなのかな。俺が次期国王になれるのなら、自分が王太子婿の座を降りる必要はない、俺とずっと一緒にいられるだろう、って。
 そう考えると、胸がきつく締め付けられるのを感じる。イスリッドは、本当に俺のことを想ってくれていたんだな。
 日付が変わる前に歓迎の宴が閉幕したあと、俺は蒼輝宮の自室で床につきながら、イスリッドのことを想う。今夜に限った話じゃない、別れてからずっと。
 今頃、イスリッドは何をしているんだろう。案外、けろりとして次の結婚相手を探していたりするんだろうか。
 イスリッドが俺以外の相手と結婚。本音では嫌だけど、でもそれを止める権利なんて俺にはない。真にイスリッドのことを想うなら、イスリッドの幸せを祈らないと。

『どうか、よき伴侶をお迎え、お幸せになって下さい』

 イスリッドがそう願ってくれたように。

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