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第12話 急展開
しおりを挟むそう考え、布団に潜り込んで就寝しようとした時だ。
コンコン、と扉をノックする音が響いて、俺は起き上がった。一体、誰だ。
「はい。どうぞ」
「イスリッドです。失礼します」
名乗った通り、顔を出したのはイスリッドだった。扉を閉めてから、俺の傍までやってきたんだけど、その面持ちは神妙そうだ。
なんとなく……胸がざわつく。これまでの不安と相まって、嫌な予感を覚えた。決して表情には出さないけども。
「なんだ。どうした」
「ノシュア殿下にお話がありまして。先ほど、俺の部屋の前までいらしていたとのことですが、発情期でしたのでしょうか」
げっ。ソノアさん、イスリッドに伝えたのか。
でも、なるほど。それでイスリッドも、俺の部屋に顔を出してきたのか。ってことは、今夜は性行為をするつもりなのかな。
「あ、ああ。子作りをしないと、と思って……。ソノアさんに声をかけられて、咄嗟に立ち去ってしまったんだけど」
「そういうことでしたか。……では、そろそろ腹を決めないといけませんね」
ずっと立ったままで、寝台には上がってこないイスリッド。
俺は内心首を傾げた。腹を決めないと、ってどういう意味だろう。疑問の目を向けたけど、イスリッドはそれには答えず、穏やかな表情で脈絡なく切り出した。
「ノシュア殿下。国王生誕祭で俺が身に着けていたブローチを、覚えていますか」
「え? ああ。亡き母君の形見なんだろう?」
「はい。どうやらそれは、――ナリノス国王陛下が実母に贈ったものだったそうで」
俺は息を呑む。同時に自分のバカさ加減に呆れた。
そうだ、イスリッドのお母さんの形見ってことは、実の父親であるナリノス国王陛下から贈られたものだっていう可能性があったんじゃん。それを俺は、単純に喜ばしいことだと受け入れて、ナリノス国王陛下がいらっしゃるっていうのに身に着けさせてしまっていた。
あれ……もしかしてあの日、やっぱり自分の出自を知ったのか? ナリノス国王陛下がブローチに気付いて、イスリッドから話を聞いて、お互いに親子だと確信したのかも。
そんな俺の推測は、当たっていたみたいだ。イスリッドは、困ったように笑った。
「俺はずっと父上……カシュナーシュ公爵の子どもだと信じて疑っていなかったんですが。どうやら、実母の本当の相手はナリノス国王陛下だったようなんです。まさか、自分が隣国の国王の血を引いていたとは思ってもいませんでした」
くだんのBL小説にはなかった展開だ。イスリッドが自分の生い立ちを知ってしまうなんて。
俺は掠れる声を、必死に振り絞った。
「そ、れで……あんたは」
――どうするつもりなんだ。
能天気にこのまま次期国王になります、なんてバカを言うキャラじゃないだろう。自分がナリノス国王陛下の血を引いていると知った以上、もし次期国王の座についたら色々な問題が発生することは推測できるはず。
なら、イスリッドは何を俺に告げにきたのか。腹を決めないといけないというのは、なんのことなのか。……嫌な予感が止まらない。
「完全に他国だけの血を引く者が次期国王となるとあっては、さまざまな障害が発生するでしょう。何を決めるにしても母国に忖度しているように映るでしょうし、上層部から見ても俺がこの国を乗っ取ろうとしているようにとられてしまうかもしれません。何よりも、この国の国王の座にふさわしくない。ですから、俺は――王太子婿の座から降ります」
「!」
王太子婿の座から降りる。それはつまり、俺との結婚を白紙にするということ。
「もう手を出してしまっていますので、その点は大変申し訳なく思います。しかし、幸いまだ子どもはおりませんし、事情を話したら国王陛下ならご理解していただけるかと」
「……さっきの、腹を決めないといけないと、っていうのは」
てっきり、王太子婿の座から降りる決意だと俺は思ったんだけど。イスリッドはほのかに微笑んで違うことを口にした。
「実は、この一ヶ月ほど勝手に賭けをしていたんです」
「賭け?」
「はい。もし、ノシュア殿下が発情期以外にも俺の下へきてくださったら……その時は、あなたをどこかに連れ去ってしまおうと。はは、色々とバカなことを考えていたものです。ノシュア殿下に俺への気持ちなんてあるわけがないのに」
自嘲の笑みに、ぎゅぅうと胸が締め付けられるように痛む。違う。そんなことない。俺だって、イスリッドのことが――。
続きの言葉を、だけど俺は言えなかった。口にしてしまったら、ダメだと思ったんだ。だってきっと、両想いだったって分かったら、イスリッドをさらに苦しめてしまう。
王太子婿の座から降りてしまえば、暗殺される運命なんて完全回避だ。生まれてくるはずだった子どもに関しては心苦しいけど、それでもイスリッドのことを守れるのなら万々歳。そうだろ、俺。そのために俺は、今まで自分なりに頑張ってきたんだ。
だから……そうだ。泣くな、俺。ここはただ一言、「そういう事情なら分かった」とだけ冷たく言えばいい。そう、それで終わり。
俺たちの関係は、もうここで終わるんだ。
「これまでお世話になりました。どうか、よき伴侶をお迎え、お幸せになって下さい」
イスリッドは恭しく一礼し、身を翻す。立ち去っていくその背中に、俺はつい手を伸ばしかけて、でもやめた。行き場を失くした腕をゆるゆると下ろす。
――ぱたん。
静かに、無慈悲に、扉が閉まった。
「…っ……」
堪えていた涙が、堰を切ったように目から溢れ出る。ポタポタと目尻から落ち、シーツに吸い込まれていく。
『その時は、あなたをどこかに連れ去ってしまおうと』
もし、俺が素直に抱かれに行っていたら、一緒にいられる未来があった? どこか遠い辺境で、なんのしがらみもなく二人で幸せに暮らす未来が。
――いや。
そんなことは許されない。俺は一人っ子だから、世継ぎを産んで、それで伴侶に次期国王になってもらわないと。駆け落ちなんて許される身分じゃない。
はは……いいじゃんか。元々、二人の伴侶を迎えるなんて気乗りしていなかったんだ。これからくだんのBL小説のヒーローを娶って、世継ぎを設けて、ヒーローに次期国王になってもらったらいい。って、まだ誰がヒーローなのか分かっていないんだけどさ。
『愛しています。ノシュア殿下――』
俺もだ。俺もだよ。
イスリッドのことが好きだった。大好きだった。愛していた。
一度も伝えられなくて、ごめん。
翌朝になったら、イスリッドやソノアさんは、もう後宮を出て行っていた。
昨夜のあのあと、すぐに父上に事情を打ち明けたんだろうな。今日の昼前には、気遣わしげな顔をした父上たちが蒼輝宮へ顔を出してくれた。
「ノシュア……イスリッド君のことは、その、残念だったな」
「……はい」
見るからに元気のない俺を、父さんも心配そうに見やる。
「すぐには気持ちを切り替えられないだろうけど、大丈夫。また前を向けるよ」
「そう、ですね……」
ツンツンとしたキャラを作る気力もない。いや、イスリッドはもういないんだから、別にそれはもういいのか。
そうだ。イスリッドはもう傍にいない……。
改めて現実を実感し、涙腺が緩んでしまいそうになる。必死に堪えたけど、両親には泣きたそうな顔をしているんだって分かったんだろう。父さんが、俺のことをぎゅっと抱き締めてくれた。
「泣きたい時は泣いていいんだよ」
温かい言葉に、また涙腺が決壊した。父さんの腕の中で、俺は顔をうずめてすすり泣く。ただ黙って泣くだけだったけど、父さんも何も言わずにただ抱き締めていた。
父上も、傍に付き添ってくれている。どんな表情をしているのか見えないけど、きっと俺以上にしょんぼりとした顔をしているのかもしれない。
優しい両親の存在に、俺は改めて心から感謝をした。
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