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第8話 国王生誕祭に向けて2
しおりを挟む――イスリッドとの性行為の日々は置いておいて。
青葉茂る初夏、蒼輝宮へ久しぶりに父上が顔を出した。息子夫夫とは適度な距離感を、ということでこれまで全然やってこなかったのに。
でもその理由を、俺は察しがついた。父上を広間のソファーに案内し、俺とイスリッドも向かい側のソファーに腰かける。テーブルには、宮女が淹れてくれたアイスティーが置かれた。
「ご無沙汰していますね、父上。父上も父さんも、あれからお変わりなく?」
俺の方から話しかけると、父上は目尻を和ませた。
「ああ、久しぶりだな。私も父さんも元気にやっているよ。そういうお前たちはどうだ」
「俺たちも変わりありません」
「そうか。それならばよい」
まだ子どもを授かっていない件には触れなかった。まだ三ヶ月だし、親といえど、迂闊にデリケートな話題には触れないという分別だろう。今はその良識がありがたい。
「イスリッド君も、後宮での暮らしには慣れたか?」
「はい。みな優しい方々ばかりですから。それに」
イスリッドが隣に座る俺を一旦見てから、再び父上に視線を戻す。
「こうしてノシュア殿下のお傍にいられることが、俺にはとても幸せです」
俺は飲んでいたアイスティーを噴き出してしまうところだった。ちょっと、おい。父上の前でまでアホなことをのたまうな。恥ずかしいだろ。
盛大なノロケに父上は目を点にしていたが、すぐに可笑しそうに笑った。
「はっはっは、そうか。それはノシュアの父として喜ばしい限りだ。これからも、息子のことをよろしく頼むよ」
年を重ねた大人らしく無難な言葉を返し、そしてまた俺の顔を見やる。その表情は微笑みこそ浮かべているが、真面目なものだ。
「ところで、ノシュア。イスリッド君も。来月、私の誕生日というのは覚えているかな」
ああ、やっぱりその話か、と俺は納得した。
父上は夏生まれなんだ。それでこの国では国王の出生をお祝いする国王生誕祭があり、父上はその話をしにきたんだと思われた。
「もちろん、覚えていますよ。今年も、国王生誕祭を開かれるんですね」
「ああ。それでな、今回の生誕祭には、隣国のナリノス国王もご出席してくださるんだ」
――ナリノス国王。
俺はぎくりとした。え、マジか。イスリッドの実の父親じゃん。
「そ、れは珍しいお話ですね。いつも国内だけの王侯貴族で済ませられるのに」
「外交の帰りに我が国にたまたま立ち寄る予定らしく、ならばせっかくだから生誕祭にも顔を出していこうというお考えらしい。なんにせよ、喜ばしいことだ」
それはそうだけど、イスリッドのことを考えると、素直に喜びづらい。
でもそういえば、くだんのBL小説でも同じように国王生誕祭にナリノス国王が参加していたっけ。イスリッドとも顔を合わせるけど、でも特に自分の息子だと気付いたって描写はなかった。な、なら、大丈夫か。
「今日はその話を俺たちにするために?」
「ああ。当日、いきなりナリノス国王がいらっしゃったら驚くだろうと思ってな。心の準備が必要だろう。それにナリノス国王に失礼のないよう、しっかりと振る舞ってほしい」
「「はい」」
俺とイスリッドの声が重なる。夫夫仲よく声を揃えたことに、父上はまた可笑しそうに笑った。「随分と仲がいいことだ」とどことなく嬉しそうに。
俺のことを可愛がって育ててくれた父上だ。俺が好きなひとと結婚し、仲良く暮らしているということが幸せそうに見えるからだろう。
親が願うのは我が子の幸せ、とはよくいったものだ。
「話は以上だ。当日の衣装などもきちんと用意するように。無駄に着飾る必要はないが、それでもみすぼらしい格好では王族の威厳に関わる。それは重々承知しているだろうが」
「大丈夫ですよ。心得ていますから」
「それならばよい。話は以上だ。何かあれば、父上たちの下へ顔を出しなさい。では、私は父さんが待つ宮殿に帰るよ」
ソファーから立ち上がって広間から去る父上を、俺たちは玄関まで見送った。父上は政務を終えたあとなんだろう、外は薄暗い。
薄暗いといっても夏だから日が長いだけで、時間的にはもう夜の六時半を回っている。俺たちはちょうど夕食を食べ終えたあとだった。
「ナリノス国王陛下がいらっしゃるなんて、なんだか緊張しますね」
廊下を歩きながら、イスリッドは言う。
まぁ、確かにそうだ。隣国ナリノスといったら、この国よりも大国だし。それにイスリッドは国内の貴族との社交には慣れていても、他国の王族との社交には慣れていないはず。
「そう緊張しなくても、大丈夫だ。俺の記憶の限り、ナリノス国王陛下は温厚な方だから。あんたはいつも通りに振る舞えば、問題ない」
「そう、ですか。ありがとうございます。やはり、ノシュア殿下はお優しいですね」
あ。うっかり安心させるような言葉をかけてしまっていた。何をやっているんだ、俺。いやでも、不安そうな相手を落ち着かせようとするのは人間の性みたいなものだろ。
とはいえ、冷酷男のキャラを貫くべく、俺はつんとそっぽ向く。
「緊張するあまり、ナリノス国王陛下に粗相をしたら、この国の不利益になるからだ。別にあんたのためじゃない」
「分かっています。それでも、俺はノシュア殿下の優しさに何度も助けられていますから。お礼を言わせて下さい」
「……勝手にしろ」
ポジティブにもほどがある。
俺は……あんたが思うような優しい男なんかじゃないのに。なんだか、居心地の悪さを感じる。あんまり俺を美化しないでくれ。
「ま、とにかく。お互いに衣装を仕立てる必要があるな」
王都の街の仕立て屋を呼び寄せ、採寸をしてもらって縫製してもらわないと。いや待て、今から手紙で連絡を取って呼び寄せるのは、些か時間がかかるかもしれない。
となると。
「……明日、一緒に王都の街へ下りるか?」
「え、仕立て屋のところへ直接伺うんですか」
「その方が時間に余裕が生まれる。急かして失敗されても困るだろう。そうなったら、その仕立て屋の首も飛びかねないし」
護衛騎士たちを連れて行けば、少し外界に出るくらい問題ない。俺はオメガだけど、仮に俺が身ごもったら間違いなく王族の血を引く子どもになるし、イスリッドはアルファだから孕ませることはあっても孕む心配はない。
「なるほど。その通りですね。では、一緒に行きましょうか」
「ああ。……って、なんで嬉しそうなんだ」
俺が訝しむと、イスリッドは嬉々として笑む。
「だって、結婚して初めてのデートじゃないですか」
「……し、仕立て屋に行くだけだ」
断じてデートなどではない。
そう頭では反論するけども。俺の心も喜びと楽しみで弾む。そうか、デートか。
すでに性行為をする仲なのにデートで喜ぶというのもおかしい気がするけど、考えてみるとデートらしきことをしたことがないので単純に嬉しい。護衛騎士団付きとなってしまうけど、それでもデートはデートだ。
――何を着て行こうかな。
早くも、明日のデートに着ていく衣装をどうするかを、うきうきしながら悩む。
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