上 下
8 / 16

第8話 国王生誕祭に向けて2

しおりを挟む


 ――イスリッドとの性行為の日々は置いておいて。
 青葉茂る初夏、蒼輝宮へ久しぶりに父上が顔を出した。息子夫夫とは適度な距離感を、ということでこれまで全然やってこなかったのに。
 でもその理由を、俺は察しがついた。父上を広間のソファーに案内し、俺とイスリッドも向かい側のソファーに腰かける。テーブルには、宮女が淹れてくれたアイスティーが置かれた。

「ご無沙汰していますね、父上。父上も父さんも、あれからお変わりなく?」

 俺の方から話しかけると、父上は目尻を和ませた。

「ああ、久しぶりだな。私も父さんも元気にやっているよ。そういうお前たちはどうだ」
「俺たちも変わりありません」
「そうか。それならばよい」

 まだ子どもを授かっていない件には触れなかった。まだ三ヶ月だし、親といえど、迂闊にデリケートな話題には触れないという分別だろう。今はその良識がありがたい。

「イスリッド君も、後宮での暮らしには慣れたか?」
「はい。みな優しい方々ばかりですから。それに」

 イスリッドが隣に座る俺を一旦見てから、再び父上に視線を戻す。

「こうしてノシュア殿下のお傍にいられることが、俺にはとても幸せです」

 俺は飲んでいたアイスティーを噴き出してしまうところだった。ちょっと、おい。父上の前でまでアホなことをのたまうな。恥ずかしいだろ。
 盛大なノロケに父上は目を点にしていたが、すぐに可笑しそうに笑った。

「はっはっは、そうか。それはノシュアの父として喜ばしい限りだ。これからも、息子のことをよろしく頼むよ」

 年を重ねた大人らしく無難な言葉を返し、そしてまた俺の顔を見やる。その表情は微笑みこそ浮かべているが、真面目なものだ。

「ところで、ノシュア。イスリッド君も。来月、私の誕生日というのは覚えているかな」

 ああ、やっぱりその話か、と俺は納得した。
 父上は夏生まれなんだ。それでこの国では国王の出生をお祝いする国王生誕祭があり、父上はその話をしにきたんだと思われた。

「もちろん、覚えていますよ。今年も、国王生誕祭を開かれるんですね」
「ああ。それでな、今回の生誕祭には、隣国のナリノス国王もご出席してくださるんだ」

 ――ナリノス国王。
 俺はぎくりとした。え、マジか。イスリッドの実の父親じゃん。

「そ、れは珍しいお話ですね。いつも国内だけの王侯貴族で済ませられるのに」
「外交の帰りに我が国にたまたま立ち寄る予定らしく、ならばせっかくだから生誕祭にも顔を出していこうというお考えらしい。なんにせよ、喜ばしいことだ」

 それはそうだけど、イスリッドのことを考えると、素直に喜びづらい。
 でもそういえば、くだんのBL小説でも同じように国王生誕祭にナリノス国王が参加していたっけ。イスリッドとも顔を合わせるけど、でも特に自分の息子だと気付いたって描写はなかった。な、なら、大丈夫か。

「今日はその話を俺たちにするために?」
「ああ。当日、いきなりナリノス国王がいらっしゃったら驚くだろうと思ってな。心の準備が必要だろう。それにナリノス国王に失礼のないよう、しっかりと振る舞ってほしい」
「「はい」」

 俺とイスリッドの声が重なる。夫夫仲よく声を揃えたことに、父上はまた可笑しそうに笑った。「随分と仲がいいことだ」とどことなく嬉しそうに。
 俺のことを可愛がって育ててくれた父上だ。俺が好きなひとと結婚し、仲良く暮らしているということが幸せそうに見えるからだろう。
 親が願うのは我が子の幸せ、とはよくいったものだ。

「話は以上だ。当日の衣装などもきちんと用意するように。無駄に着飾る必要はないが、それでもみすぼらしい格好では王族の威厳に関わる。それは重々承知しているだろうが」
「大丈夫ですよ。心得ていますから」
「それならばよい。話は以上だ。何かあれば、父上たちの下へ顔を出しなさい。では、私は父さんが待つ宮殿に帰るよ」

 ソファーから立ち上がって広間から去る父上を、俺たちは玄関まで見送った。父上は政務を終えたあとなんだろう、外は薄暗い。
 薄暗いといっても夏だから日が長いだけで、時間的にはもう夜の六時半を回っている。俺たちはちょうど夕食を食べ終えたあとだった。

「ナリノス国王陛下がいらっしゃるなんて、なんだか緊張しますね」

 廊下を歩きながら、イスリッドは言う。
 まぁ、確かにそうだ。隣国ナリノスといったら、この国よりも大国だし。それにイスリッドは国内の貴族との社交には慣れていても、他国の王族との社交には慣れていないはず。

「そう緊張しなくても、大丈夫だ。俺の記憶の限り、ナリノス国王陛下は温厚な方だから。あんたはいつも通りに振る舞えば、問題ない」
「そう、ですか。ありがとうございます。やはり、ノシュア殿下はお優しいですね」

 あ。うっかり安心させるような言葉をかけてしまっていた。何をやっているんだ、俺。いやでも、不安そうな相手を落ち着かせようとするのは人間の性みたいなものだろ。
 とはいえ、冷酷男のキャラを貫くべく、俺はつんとそっぽ向く。

「緊張するあまり、ナリノス国王陛下に粗相をしたら、この国の不利益になるからだ。別にあんたのためじゃない」
「分かっています。それでも、俺はノシュア殿下の優しさに何度も助けられていますから。お礼を言わせて下さい」
「……勝手にしろ」

 ポジティブにもほどがある。
 俺は……あんたが思うような優しい男なんかじゃないのに。なんだか、居心地の悪さを感じる。あんまり俺を美化しないでくれ。

「ま、とにかく。お互いに衣装を仕立てる必要があるな」

 王都の街の仕立て屋を呼び寄せ、採寸をしてもらって縫製してもらわないと。いや待て、今から手紙で連絡を取って呼び寄せるのは、些か時間がかかるかもしれない。
 となると。

「……明日、一緒に王都の街へ下りるか?」
「え、仕立て屋のところへ直接伺うんですか」
「その方が時間に余裕が生まれる。急かして失敗されても困るだろう。そうなったら、その仕立て屋の首も飛びかねないし」

 護衛騎士たちを連れて行けば、少し外界に出るくらい問題ない。俺はオメガだけど、仮に俺が身ごもったら間違いなく王族の血を引く子どもになるし、イスリッドはアルファだから孕ませることはあっても孕む心配はない。

「なるほど。その通りですね。では、一緒に行きましょうか」
「ああ。……って、なんで嬉しそうなんだ」

 俺が訝しむと、イスリッドは嬉々として笑む。

「だって、結婚して初めてのデートじゃないですか」
「……し、仕立て屋に行くだけだ」

 断じてデートなどではない。
 そう頭では反論するけども。俺の心も喜びと楽しみで弾む。そうか、デートか。
 すでに性行為をする仲なのにデートで喜ぶというのもおかしい気がするけど、考えてみるとデートらしきことをしたことがないので単純に嬉しい。護衛騎士団付きとなってしまうけど、それでもデートはデートだ。
 ――何を着て行こうかな。
 早くも、明日のデートに着ていく衣装をどうするかを、うきうきしながら悩む。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません

りまり
BL
 公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。  自由とは名ばかりの放置子だ。  兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。  色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。  それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。  隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

処理中です...