3 / 16
第3話 王太子婿2
しおりを挟む『俺はあなたを変わらず愛しています』
急にイスリッドが入室してきたと思ったら、そんなことをのたまうものだから、俺は感情を表に出さないようにするので精一杯だった。
唯一、絞り出せた言葉は、「……勝手にしろ」。それなのに、イスリッドは嬉しそうに笑っていた。
『はい。勝手にします』
そう応え、荷解きがあるとのことで、一旦俺の自室を出て行った。
俺は文机に座ったまま、ぺらぺらと冊子のページをめくる。父上からもらっていた、他の王太子婿候補者リストになる。この中にヒーローがいるんじゃないかなーって。
ぼーっと冊子を眺め見ながら、考えるのはやっぱりイスリッドのこと。
ちなみに昨夜、転倒したという話はキャラを変えるのに都合がよかったからで、本当に頭を打ちつけたわけじゃない。ただ、宮女が顔を出すのを見計らって床にうつ伏せになり、気を失っているふりをしただけだ。
理由はもちろん、イスリッドに対する態度を変えるためだけど、元々の『ノシュア・ユベリア』と前世の記憶を取り戻した俺との人格にちょっと乖離があったから、というのもある。
なんにせよ……あんな冷たい言動をされてもまだ、愛しているなんて言えるのかよ。いつかこれまでの『ノシュア・ユベリア』に戻るとでも思っているのか?
残念ながらそれはないぞ。記憶や意識はもう統合されてしまっているから。これからは、俺は今の俺のままで生きることになる。まぁ……冷たく近寄り難いオーラは、わざと作って放っているわけだけども。
素直で愛らしい『ノシュア・ユベリア』は、もういないんだ。だから、変わらず愛していますなんて言われても、俺としては困り果てるしかない。嬉しくないといったら嘘になるとはいえ、かといって嬉しくて舞い上がるような心境でもなく。
ただ……うん。困る。それだけ。
頼むから、俺への愛情なんて見限ってくれよ。そうじゃなきゃ、これからの計画であんたが苦しむことになるんだ。俺だって、誰かを傷つけるのは本意じゃないけどさ……。
でも、イスリッドを守りたい。イスリッドを死なせたくない。
胸にあるのはその一心だけ。前世の記憶からくる罪悪感と悔恨、そして『ノシュア・ユベリア』の記憶からくる恋心がないまぜになった感情なんだろうと思う。
――恋心。
そうか、と俺は思い至る。だから胸がほんの少し苦しいんだな。ごく普通に新婚生活を送ることができるのなら、どんなに幸せなことか。
それでも、俺は心を鬼にして計画を完遂してみせる。
その日の夜は、イスリッドを歓迎するためのご馳走が振る舞われた。父上や父さんも蒼輝宮に顔を出し、四人で一緒に食事をとった。
イスリッドたち三人は和やかに話を弾ませているけど、俺は一人黙々と料理を食べた。そんな俺の冷たい雰囲気に気付いた両親は、窘めるよりも気遣わしげだ。
「ノシュア……もう一度、医者に診てもらった方がいいんじゃないのか」
父上から診察を進められるも、俺はばっさりと断る。
「命に別条はないって宮廷医が言っていたでしょう。必要ありません」
「でも、別人のようだよ。これまでの記憶はあるんだよね?」
不安げに確認するのは、父さんだ。俺は切り分けたステーキを口に運びながら、「ちゃんとありますよ」と返す。実際、両親のことなどをきちんと覚えているわけだから、嘘ではないと理解したようだったけど、両親の不安そうな表情は変わらない。
まぁ、自分たちの息子の雰囲気や性格が急にガラリと変わっちゃったら、無理もないか。
「……すまんね、イスリッド君。私たちがいながら、このようなことになってしまって」
「いえ。お気になさらずに。ご無事ならそれで十分です。それに」
穏やかに応えたイスリッドが、俺を見てはにかむ。
「食事の食べ方や食べる順番が、これまでと一緒です。別人になられたわけじゃありませんよ」
俺はうっかり口元からステーキを落としそうになってしまった。――え!? そんなところまで見ていたのかよ!?
観察眼が鋭いといったら聞こえはいいけど、ちょっと怖い。どれだけ、俺のことをまじまじと観察していたんだ。俺は動物園の珍獣じゃないんだぞ。
若干、震え上がる俺に対し、なぜか両親は感心した様子。
「おお、さすがだね。イスリッド君は。そうか、それは気付かなかったな」
「どうか、息子のことをよろしくお願いします」
「こちらこそふつつか者で恐縮ですが……ですが、お二人のように仲睦まじい夫夫になれるよう努力します」
にこにこと受け答えをするイスリッドは、そつがない。温厚で朗らかな性格の一方、冷静で理知的な部分も持ち合わせているようで、そこが父上からの評価が高いポイントらしい。
イスリッドの優しくて包容力のあるところに、『ノシュア・ユベリア』も惹かれていたんだっけ、確か。まぁ、嫌いになる奴の方が珍しいよな。
俺はすっかり蚊帳の外で三人だけが歓談で盛り上がり、最後のデザートを食べ終えた頃にようやく解散した。俺とイスリッドは、玄関まで両親を見送る。
「ではな、ノシュア、イスリッド君。仲良く暮らすのだぞ」
俺は是とも否とも答えず、「お気を付けて」とだけ返しておいた。
外はもうすっかり真っ暗だ。夜空に輝くのは、月明りと星の光だけ。だけど、現代で住んでいたところに比べたら、夜空の光景は格段に美しく見える。空気が澄んでいるからかな。
「ノシュア殿下」
隣に立つイスリッドを、俺は無言で見上げる。さすがに無視はできない。とはいえ、愛想の欠片もない俺の表情だけど、イスリッドは気にした様子はなく微笑んだ。
「せっかくですから、散歩に行きませんか。もちろん、後宮の敷地内を」
「……なんでそんなことを」
「俺はここにきたばかりで全然知りませんから。案内していただけたら嬉しいです」
言われてみると、知らない土地に引っ越してきたようなものなのか。土地勘がないから案内してほしいっていうのは、至極当然の要求だな。道が分からないと困ることもあるだろうし。
だったら、昼間の方がいいんじゃないかと思わないでもないけど、本人が今から散策したいって言っているんだから、承諾すべきだろう。
「……分かった。夜だから、近場を案内する」
「ありがとうございます。ノシュア殿下」
ほくほくと嬉しそうに笑い、イスリッドはさりげなく俺の手を握る。
俺はぎょっとした。な、なんで手を繋いでくるんだよ。俺はもうあんたの知る『ノシュア・ユベリア』じゃないのに。
「き、気安く触るな」
「申し訳ありません。ですが、はぐれないかが不安ですので」
振り払おうにも腕力の差があるし、何より理路整然と説明されたら手を離しにくい。確かにこの暗闇の中、はぐれて迷子になられたら困る。
俺は、そっと諦観のため息をついた。
「……もういい。分かった。じゃあ、行こう」
270
お気に入りに追加
391
あなたにおすすめの小説
【完結】利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。
亜沙美多郎
BL
高校に入学して直ぐのバース性検査で『突然変異オメガ』と診断された時田伊央。
密かに想いを寄せている幼馴染の天海叶翔は特殊性アルファで、もう一緒には過ごせないと距離をとる。
そんな折、伊央に声をかけて来たのがクラスメイトの森島海星だった。海星も突然変異でバース性が変わったのだという。
アルファになった海星から「契約番にならないか」と話を持ちかけられ、叶翔とこれからも友達として側にいられるようにと、伊央は海星と番になることを決めた。
しかし避けられていると気付いた叶翔が伊央を図書室へ呼び出した。そこで伊央はヒートを起こしてしまい叶翔に襲われる。
駆けつけた海星に助けられ、その場は収まったが、獣化した叶翔は後遺症と闘う羽目になってしまった。
叶翔と会えない日々を過ごしているうちに、伊央に発情期が訪れる。約束通り、海星と番になった伊央のオメガの香りは叶翔には届かなくなった……はずだったのに……。
あるひ突然、叶翔が「伊央からオメガの匂いがする」を言い出して事態は急変する。
⭐︎オメガバースの独自設定があります。
偽りの僕を愛したのは
ぽんた
BL
自分にはもったいないと思えるほどの人と恋人のレイ。
彼はこの国の騎士団長、しかも侯爵家の三男で。
対して自分は親がいない平民。そしてある事情があって彼に隠し事をしていた。
それがバレたら彼のそばには居られなくなってしまう。
隠し事をする自分が卑しくて憎くて仕方ないけれど、彼を愛したからそれを突き通さなければ。
騎士団長✕訳あり平民
世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)
甘田
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。
ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。
オメガな王子は孕みたい。
紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。
ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。
王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。
繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
既成事実さえあれば大丈夫
ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる