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第3話 王太子婿2

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『俺はあなたを変わらず愛しています』

 急にイスリッドが入室してきたと思ったら、そんなことをのたまうものだから、俺は感情を表に出さないようにするので精一杯だった。
 唯一、絞り出せた言葉は、「……勝手にしろ」。それなのに、イスリッドは嬉しそうに笑っていた。

『はい。勝手にします』

 そう応え、荷解きがあるとのことで、一旦俺の自室を出て行った。
 俺は文机に座ったまま、ぺらぺらと冊子のページをめくる。父上からもらっていた、他の王太子婿候補者リストになる。この中にヒーローがいるんじゃないかなーって。
 ぼーっと冊子を眺め見ながら、考えるのはやっぱりイスリッドのこと。
 ちなみに昨夜、転倒したという話はキャラを変えるのに都合がよかったからで、本当に頭を打ちつけたわけじゃない。ただ、宮女が顔を出すのを見計らって床にうつ伏せになり、気を失っているふりをしただけだ。
 理由はもちろん、イスリッドに対する態度を変えるためだけど、元々の『ノシュア・ユベリア』と前世の記憶を取り戻した俺との人格にちょっと乖離があったから、というのもある。
 なんにせよ……あんな冷たい言動をされてもまだ、愛しているなんて言えるのかよ。いつかこれまでの『ノシュア・ユベリア』に戻るとでも思っているのか?
 残念ながらそれはないぞ。記憶や意識はもう統合されてしまっているから。これからは、俺は今の俺のままで生きることになる。まぁ……冷たく近寄り難いオーラは、わざと作って放っているわけだけども。
 素直で愛らしい『ノシュア・ユベリア』は、もういないんだ。だから、変わらず愛していますなんて言われても、俺としては困り果てるしかない。嬉しくないといったら嘘になるとはいえ、かといって嬉しくて舞い上がるような心境でもなく。
 ただ……うん。困る。それだけ。
 頼むから、俺への愛情なんて見限ってくれよ。そうじゃなきゃ、これからの計画であんたが苦しむことになるんだ。俺だって、誰かを傷つけるのは本意じゃないけどさ……。
 でも、イスリッドを守りたい。イスリッドを死なせたくない。
 胸にあるのはその一心だけ。前世の記憶からくる罪悪感と悔恨、そして『ノシュア・ユベリア』の記憶からくる恋心がないまぜになった感情なんだろうと思う。
 ――恋心。
 そうか、と俺は思い至る。だから胸がほんの少し苦しいんだな。ごく普通に新婚生活を送ることができるのなら、どんなに幸せなことか。
 それでも、俺は心を鬼にして計画を完遂してみせる。




 その日の夜は、イスリッドを歓迎するためのご馳走が振る舞われた。父上や父さんも蒼輝宮に顔を出し、四人で一緒に食事をとった。
 イスリッドたち三人は和やかに話を弾ませているけど、俺は一人黙々と料理を食べた。そんな俺の冷たい雰囲気に気付いた両親は、窘めるよりも気遣わしげだ。

「ノシュア……もう一度、医者に診てもらった方がいいんじゃないのか」

 父上から診察を進められるも、俺はばっさりと断る。

「命に別条はないって宮廷医が言っていたでしょう。必要ありません」
「でも、別人のようだよ。これまでの記憶はあるんだよね?」

 不安げに確認するのは、父さんだ。俺は切り分けたステーキを口に運びながら、「ちゃんとありますよ」と返す。実際、両親のことなどをきちんと覚えているわけだから、嘘ではないと理解したようだったけど、両親の不安そうな表情は変わらない。
 まぁ、自分たちの息子の雰囲気や性格が急にガラリと変わっちゃったら、無理もないか。

「……すまんね、イスリッド君。私たちがいながら、このようなことになってしまって」
「いえ。お気になさらずに。ご無事ならそれで十分です。それに」

 穏やかに応えたイスリッドが、俺を見てはにかむ。

「食事の食べ方や食べる順番が、これまでと一緒です。別人になられたわけじゃありませんよ」

 俺はうっかり口元からステーキを落としそうになってしまった。――え!? そんなところまで見ていたのかよ!?
 観察眼が鋭いといったら聞こえはいいけど、ちょっと怖い。どれだけ、俺のことをまじまじと観察していたんだ。俺は動物園の珍獣じゃないんだぞ。
 若干、震え上がる俺に対し、なぜか両親は感心した様子。

「おお、さすがだね。イスリッド君は。そうか、それは気付かなかったな」
「どうか、息子のことをよろしくお願いします」
「こちらこそふつつか者で恐縮ですが……ですが、お二人のように仲睦まじい夫夫になれるよう努力します」

 にこにこと受け答えをするイスリッドは、そつがない。温厚で朗らかな性格の一方、冷静で理知的な部分も持ち合わせているようで、そこが父上からの評価が高いポイントらしい。
 イスリッドの優しくて包容力のあるところに、『ノシュア・ユベリア』も惹かれていたんだっけ、確か。まぁ、嫌いになる奴の方が珍しいよな。
 俺はすっかり蚊帳の外で三人だけが歓談で盛り上がり、最後のデザートを食べ終えた頃にようやく解散した。俺とイスリッドは、玄関まで両親を見送る。

「ではな、ノシュア、イスリッド君。仲良く暮らすのだぞ」

 俺は是とも否とも答えず、「お気を付けて」とだけ返しておいた。
 外はもうすっかり真っ暗だ。夜空に輝くのは、月明りと星の光だけ。だけど、現代で住んでいたところに比べたら、夜空の光景は格段に美しく見える。空気が澄んでいるからかな。

「ノシュア殿下」

 隣に立つイスリッドを、俺は無言で見上げる。さすがに無視はできない。とはいえ、愛想の欠片もない俺の表情だけど、イスリッドは気にした様子はなく微笑んだ。

「せっかくですから、散歩に行きませんか。もちろん、後宮の敷地内を」
「……なんでそんなことを」
「俺はここにきたばかりで全然知りませんから。案内していただけたら嬉しいです」

 言われてみると、知らない土地に引っ越してきたようなものなのか。土地勘がないから案内してほしいっていうのは、至極当然の要求だな。道が分からないと困ることもあるだろうし。
 だったら、昼間の方がいいんじゃないかと思わないでもないけど、本人が今から散策したいって言っているんだから、承諾すべきだろう。

「……分かった。夜だから、近場を案内する」
「ありがとうございます。ノシュア殿下」

 ほくほくと嬉しそうに笑い、イスリッドはさりげなく俺の手を握る。
 俺はぎょっとした。な、なんで手を繋いでくるんだよ。俺はもうあんたの知る『ノシュア・ユベリア』じゃないのに。

「き、気安く触るな」
「申し訳ありません。ですが、はぐれないかが不安ですので」

 振り払おうにも腕力の差があるし、何より理路整然と説明されたら手を離しにくい。確かにこの暗闇の中、はぐれて迷子になられたら困る。
 俺は、そっと諦観のため息をついた。

「……もういい。分かった。じゃあ、行こう」

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