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第13話 舞踏会3
しおりを挟む「……すまない。くだらない嫉妬だ。自分でも戸惑っている」
「え……」
「心変わりされたらどうしよう、とか思ってしまって……不安だった。俺は自分が思っていた以上に心の狭い男だったらしい」
「……そんなことありませんよ」
エリスは背後からセオドアに近付き、その逞しい背中をそっと抱き締めた。
「俺だって、セオドアさんに熱い目線を送る美しい貴族令嬢たちに心変わりしないか、不安に思っていましたから。お互い様です」
「俺はエリス以外の男にも女性にも興味はない」
「俺だってそうです。セオドアさんが一番ですよ」
ようやくセオドアが振り向いて、エリスの顔を見てくれた。向き合うように立ち、じっと見つめ合う。吸い寄せられるように口付けを交わそうとした、その時だった。
コンコンと扉を叩く音が響いて、二人ははっとして体を離した。おそらく、アンカーソン公爵がきたのだろう。セオドアが「どうぞ」と応えると、扉が開いてやはりアンカーソン公爵が顔を出した。
「ゆっくりしていたところ、失礼する」
「いえ。こちらへ、おかけ下さい」
椅子へ座るように促すセオドアだったが、アンカーソン公爵は「いや、結構」と言って座らない。窓辺にいるエリスとセオドアの前に立つ。
「ノークス伯爵。お主に話がある。お主の出生についてだ」
セオドアはぴくりと眉を動かした。エリスも驚いて、つい口を挟んでしまった。
「ご、ご存知なんですか? セオドアさんの実の両親について」
「ん? 実の両親を知っているかということは……まさか、お主らは知っておるのか? セオドアが私の兄……先代国王の隠し子だということを」
「「はい」」
声を揃えて答えるエリスとセオドアに、アンカーソン公爵は驚いた様子だったが、すぐに察したようだった。「そうか、先代のノークス伯爵夫夫から聞いたか」と一人納得した。
「知っているのならば、話は早い。セオドア、――新たな国王となってくれぬか」
思わぬ言葉……というわけではないかもしれない。エリスだって、セオドアが国王になってくれたらいいのに、なんて考えた日がある。
それでもいざそれが現実味を帯びてくると、驚きを隠せなかった。
(セオドアさんが新たな国王に……?)
それはつまり、現王政権を倒すということか。言葉で言うのは簡単だが、現国王だって黙って王位を譲ったりはしないだろう。ということは、内乱になるということだ。
アンカーソン公爵は落ち着いた口調ながら、怒気のこもった声音で話を続けた。
「現王政権は腐っている。税金を湯水のように使い、国庫に穴が空きかけて重税を重ねている挙げ句、今度は近隣諸国へ侵攻しようとしているのだ。このままでは、先代国王が築いた平和な時代から、先々代国王のような戦争時代へ逆戻りだ。これ以上の暴挙を許すわけにはいかぬ」
戦争をしようとしている。それは初めて知る情報で、これまた驚きを隠せない。エリスが戸惑ってセオドアを見上げると、セオドアは冷静に言った。
「アンカーソン公爵が新たな国王となればよいのではないですか」
「私は老い先が短い。それにハルシスタでは、第一王子が王位を継ぐのが伝統。かつて第二王子だった私が王位を奪うよりも、本来であれば先代国王の第一王子だったお主が国王となる方が民衆も納得するだろう」
「しかし、私は女性の腹から、それもメイドから生まれた、王族の恥ですよ。だから、私の存在を秘匿しようとしたのでしょう。そうでなくても、隠し子がいたなんてそんな都合のいい話を誰もが信じるとは思えませんが」
「私がお主の後見となる。女性の腹から生まれたというのも、腐った現王政権を倒したヒーローという冠の前では霞む。だが……そうだな、確かにその点では国王に相応しい高貴な種宿の婿を娶ってもらう必要はある」
アンカーソン公爵はちらりとエリスを見た。その目は少し申し訳なさそうな色が見える。
そのことからも、高貴な種宿の婿という表現からも、エリスのことを言っているのではないとすぐに分かった。
エリスは目線を床に落とす。
(そりゃそうだよな……)
没落貴族の、それも女性の腹から生まれたエリスが、王婿に相応しいわけがない。自分の家族を誇らしくは思っているが、それとこれとは話が別だ。
「第二夫人という形なら、エリス殿でも……」
「冗談じゃない」
セオドアは吐き捨て、半ば睨みつけるようにアンカーソン公爵を見た。
「私の伴侶はエリスだけです。他の男を娶るつもりはありません。いえ、それ以前に私が新たな国王になるなどありえません」
「現王政権を倒す旗頭となれるのはお主だけだ。お主とて、重税に苦しむ領民を放ってはおけまい。さらに戦争なんて始まってしまったら……この国は終わりだ」
「………」
「しばらく考える時間を与える。答えが出たら私に書簡を送ってくれ。色よい返事を待っているよ」
そう言い残して。アンカーソン公爵は客室を出て行った。静かに扉が閉まり、再び部屋にエリスとセオドアの二人っきりとなる。
重い沈黙が下りた。セオドアはまたエリスに背を向ける形で窓辺に立ち、外の景色を見下ろしている。といっても、すっかり夜も更けているので、ろくに見えはしないだろうけれど。
「……どうするおつもりですか、セオドアさん」
まだ考えはまとまっていないだろうと思いつつ、聞かずにはいられなかった。答えが知りたいというよりは、今何を思っているのかを聞きたかった。
「考える時間を与えるといっても、何ヶ月も先延ばしにするわけには……」
「勝手なものだ」
「え?」
「王族の恥として秘匿し、ノークス伯爵家へ投げ出しておきながら……今度は王族として新たな国王になってほしいなど。実に身勝手だと思わないか」
窓の外へ目線を向けたまま、苛立った声音で言うセオドアにエリスは言葉に詰まった。
「それは……でも」
「挙げ句、他に男を娶れだと。そんな身勝手な要求を受け入れる筋合いはないだろう。仮に俺が国王になったとして、実権を握るのはどうせアンカーソン公爵だ。だったら、最初からアンカーソン公爵が国王となればいい。なれないわけじゃないはずだ」
確かにアンカーソン公爵とて、王位につけないわけではないだろう。もし、セオドアがこの話を断ったら、アンカーソン公爵が自ら反旗を翻すだろうことは想像に難くない。そうなるとセオドアがやらずとも、現王政権はおそらく倒れる。……けれど。
「それでいいんですか」
静かに、エリスは問いかけた。
「本当にそれでいいんですか。他人任せにして、これから胸を張って生きられるんですか」
「……エリスは俺に国王になれというのか」
「そういうわけじゃありません。ただ、セオドアさんが後悔しないかを心配しています」
自分にできることがあるのにやらない。ああ、あの時自分でやっておけばよかった、と後になって後悔の念に苛まれても遅いのだ。
「俺の父がよく言っていました。自分の人生は自分の手で切り開け。自分で自分の人生に責任を持て、と。他人任せにすると、上手くいかなくなった時に他人のせいにしてしまうから。だからもし他人任せにする時は、なにがあっても相手のせいにしない覚悟を持て、とも」
自分で自分の行動の責任を持つ。それが大人というものであり、幸せに生きるコツだと父は教えてくれた。そしてそれは他人任せにするという行動でも、同じこと。
「他の男性を娶るのが嫌だからとか、身勝手で腹が立つからとか、一時の感情で決めるべきことじゃないと思います。もっと、広い視野でじっくりと考えてみてはどうでしょうか。まだ時間はあるんですから」
「………」
「今日はもう寝ましょう。明日は早いですし」
「……そうだな」
セオドアとともに寝台に横になった、ところで。仰向けに寝るエリスに背中を向けているセオドアが、小さく呟いた。
「エリスは平気なのか」
「なにがです」
「仮に俺が国王となったとして、他に高貴な婿とやらを娶って子供を作って……エリスはどうも思わないのか」
「………」
分かり切ったことを聞かないで下さい、と言いたかった。どうも思わないわけがないじゃないか。嫌に決まっているだろう、と。
けれど、決してそれを口にしてはならない。本音を言ってしまったら、きっとセオドアが出す答えを左右してしまうから。
「……国王となったのなら、高貴な婿を娶って跡継ぎを作るのは当然のことだと思います」
「では、そうなっても俺の傍にいてくれるのか」
エリスはふっと笑った。セオドアには見えていないだろうと思ったが、努めてにこやかな表情で即座に返した。
「もちろん。セオドアさんのお傍にいられるのなら、どんな立場でも構いません」
「そう、か……」
セオドアはそれきり押し黙り。エリスもまた、目を閉じた。
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