氷の薔薇と日向の微笑み

深凪雪花

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第12話 舞踏会2

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「舞踏会の後の話ってなんでしょうね」

 椅子に座りながらセオドアを見ると、セオドアは難しい顔で考え込んでいた。

「……さて、どうだろうな」
「?」
「まぁ、それは舞踏会が終われば分かる。そろそろ、着替えよう」
「あ、はい」

 エリスは急いで紅茶を飲んでから、セオドアとともに正装に着替えた。どちらも白いシャツに黒いジャケットという燕尾服姿だ。姿見を見て身なりを整え、いつでも会場に行けるようにしておく。

「なんだか、緊張するなぁ。舞踏会ってどういう雰囲気なんですか」

 貴族が集まってダンスを踊るというのは分かるが、それは和気あいあいとした雰囲気なのだろうか。見知らぬ顔ばかりの中に溶け込めるのか、やはり不安だ。

「どういう雰囲気、だと言われてもな。まぁ、賑やかなのは確かだ。あとはここでの舞踏会はドリンクや軽食がビュッフェ式で、例年通りなら会場の端に置かれている。……そんなに緊張しなくてもいい。俺がずっと傍についているから」
「はい……ありがとうございます」

 そうだ。セオドアが傍にいてくれるのだ。これほど勇気づけられることはない。エリスは伯爵夫人として堂々としていればいいのだ。
 少しだけ緊張が和らいだところで、エリスとセオドアは舞踏会の会場へ向かった。三階から一階へ下り、豪華絢爛なシャンデリアが吊るされた大広間に着く。
 すると、そこにはすでに大勢の貴族たちが集まっていた。といっても、いるのは男性が大半だ。貴族令息令嬢らしき参加者も当然いるが、種宿の子というのは男児が多いため、貴族令嬢の割合は圧倒的に少ない。
 セオドアが入場したことに気付いた貴族たちは、

「氷の薔薇だ」

 と、口々に囁いていた。けれど、遠巻きにするだけで話しかけてはこない。同時に隣に立つエリスに対する好奇の視線も感じる。人をじろじろ見るな、と言いたい。
 それにしても、『氷の薔薇』とはセオドアの社交界での異名だろうか。確かに愛想のない表情は、氷のように冷たく見えると初めて見た時に感じたが……あまりいい意味での異名ではなさそうだと思った、ところで。

(ん?)

 色鮮やかなドレス姿の貴族令嬢たちが、熱い目線をセオドアに送っていることに気付く。エリスは内心苦笑した。どうやら、女性陣からの印象は悪くないようだ。そりゃこれだけ美形ならなぁ、と思う。

(第二夫人の座を狙ってそうだな……)

 貴族令嬢というのは正妻の座にこそつけないものの、貴族の第二夫人として嫁ぐのは珍しくない。舞踏会は社交するだけでなく、その手のアピールをする場、という側面もある。
 けれど残念ながら、子供を作る気のないセオドアは、第二夫人なんて娶る気はないだろう。そうでなくても、ノークス邸は財政難の状態であるし。
 実際、セオドアが彼女たちに声をかけることはなかった。どころか、興味がないのか目線を送ることすらない。その反応にエリスは安堵した。自覚がなかったが、美しく着飾った貴族令嬢たちに心変わりしないか、不安だったらしい。

(……いやまぁ、心変わりっていっても、好きだとか言われたことないけど……)

 エリスと一緒にいたいと思っているとか、エリス以上の人はいないとか、間接的なことは言ってくれたが、好きだとか、愛しているだとか、直接的な言葉は言われたことがない。もっともそれはエリスも同様だが……そういったことを言われてみたいなぁ、なんて思う。
 いつか、言ってくれるだろうか。

「セオドア様、エリス様。こちら、乾杯用のドリンクをどうぞ」
「ありがとうございます」

 給仕のメイドが回ってきて、ドリンクを手渡された。受け取ると、メイドはすぐに次の招待客の下へと向かう。メイドたちも忙しそうだ。
 しばらくその場で待機していると、やがてアンカーソン公爵が姿を現した。

「皆様」

 その前置きで、雑談に興じていた招待客たちが話をやめた。静まり返った大広間で、みながアンカーソン公爵のいる場所へ顔を向けている。

「本日は私が主催する舞踏会へご参加下さり、ありがとうございます。長々しいご挨拶は不要ですな。今夜は思う存分、踊って飲んで楽しんでいただければと思います。では、乾杯!」

 アンカーソン公爵が持っていたドリンクを掲げあげると、招待客たちもドリンクを持ち上げてから一口飲んだ。中には一気に飲み干す人もいる。
 エリスは一口だけ飲み、セオドアは……飲んだふりをしただけで、一口も飲まなかった。毒が仕込まれている可能性を考えたからだろう。
 静まり返っていた大広間は、再び賑わっている。ほどなくして、音楽が流れだすと、大広間の中央に招待客たちが集まって、ペアを組んで踊り始めた。

「エリス。俺たちも行こう」

 さりげなく手を引っ張られて、エリスは頬を赤らめる。セオドアと手を繋ぐなんて初めてのことだ。心臓がばくばくと脈打ち、セオドアに聞こえはしないかとはらはらする。
 大広間の中央へ向かう途中で、給仕のメイドにグラスを渡した。そして、大広間の中央に辿り着いたエリスとセオドアは向かい合い、手を絡めてゆっくりと踊り出した。

(うわ、近い……)

 セオドアとこれまでこんなに体を密着させたことがない。手を繋いでいるというだけでもどきどきするのに、こんなに至近距離では心臓が爆発してしまう。
 エリスはセオドアの足を踏まぬよう、慎重にステップを踏んだ。ふとセオドアの顔を見上げると、その視線に気付いたセオドアが優しく微笑む。
 まるで二人っきりの世界にいるかのようだった。不思議と音楽さえ聞こえず、聞こえてくるのは胸の鼓動だけだ。これが夢心地というのだろうか。
 永遠に続きそうな時間は、けれどあっという間に終わってしまった。エリスはセオドアに手を引かれて、大広間の中央から離れた。貴族たちが道を空けてくれる。その目にあるのは歓迎の色だ。一曲踊るだけでその場の雰囲気が変わる。社交とはこういうものなのか。
 少し休んでから、何曲かセオドアと踊った。エリスにもセオドアにも他にダンスの誘い――純粋な社交――があったので、それにも応じながら舞踏会を楽しんだ。

「舞踏会ってこんなにも楽しいものだったんですね」

 舞踏会を終えた後。エリスはセオドアとともに客室に戻り、正装から普段着に着替えて、寝台に腰かけながら無邪気に笑った。セオドアもエリスの隣に座ったが、沈黙したままだ。いつもなら「楽しんでくれたのならよかった」とでも相槌を打ってくれるだろうに。

「セオドアさん? どうかしたんですか?」
「……いや」
「もしかして、お疲れなんですか? じゃあ、早く休んで……って、アンカーソン公爵がいらっしゃるんでしたっけ。それまで、ちょっとだけ横になります?」

 気遣って声をかけたが、セオドアは物言いたげな目でエリスを見た。

「エリスはいつも通りだな」
「え? そりゃあ、まぁ……」

 あれだけ踊ったものの、楽しい気分が体の疲れを吹っ飛ばしている。眠ったら爆睡するかもしれないが、今は高揚感があって寝る気にはなれない。
 セオドアはまた沈黙した後。

「……他の若い男と踊って楽しかったか?」

 ぽつりとそうこぼした。
 他の若い男。貴族令息のことを言っているのだろう。確かに何人かと踊ったが、もちろん純粋な社交だ。それ以上でもそれ以下でもない。
 会場ではそんなそぶりを見せていなかったが、実は怒っているのかと思って、エリスは慌てふためいた。

「しゃ、社交ですよ! 相手だってそんなつもりは…っ……」
「そんなの分からない」
「俺、既婚者なんですから。本気で狙うわけがないじゃないですか。……どうしたんですか。俺が結婚しているのはセオドアさんですよ?」
「………」

 セオドアは無言で立ち上がり、窓辺へ移動した。こちらに背を向ける形のセオドアを、エリスも慌てて追いかける。けれど、それ以上なにを言ってあげたらいいのか分からず、途方に暮れていると、やがてセオドアから口を開いた。

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