15 / 25
第15話 勝負の行方
しおりを挟むあっという間に一週間は過ぎた。
クラリスが作った石鹸と、ファティマの作った石鹸。二つの使い心地を試した村人たちが投票する日が訪れ、結果は――。
「ど、どうして……!?」
ファティマは愕然とした顔で投票結果を見下ろした。地面に石鹸の品名を書き、そこへ気に入った石鹸の方に石を置いて投票するという形式をとったのだが、なんと投票石はすべて『ヒデナイトの石鹸』、つまりクラリスが作った石鹸に集まっていたからだ。
「同じ固形石鹸じゃない! それに私が作った石鹸の方が芳香剤をたっぷり使っていていい匂いがするのに、どうしてあんたの方に全部投票がいくの!?」
金切り声を上げるファティマに、クラリスはネタバラシをすることにした。
「同じ、ではありませんよ」
「何を言っているのよ。どう見ても同じ固形石鹸……」
「いえ、私が作ったのは『薬用石鹸』です」
「……やくよう?」
聞き慣れない言葉なのだろう。首を傾げるファティマに、クラリスは「肌荒れを治す作用のある石鹸という意味ですよ」と大雑把に説明した。
クラリスが固形石鹸を作る時に入れたハーブ。それはソコトラアロエという、タナルにも自生するアロエだ。抗炎作用、抗菌作用、血行促進、美肌効果など様々な効果があり、その効能を利用して薬用石鹸を作ったのだ。
顔に使ってもよし、体に使ってもよし。タナルの乾燥した気候では肌荒れしやすいことから、主に女性からそれなりに需要が見込めるのではないかと思う。
エラムは感心したように「さすがですね、クラリス様」と称賛した。
「では、勝者はクラリス様とします。異存はありませんね、ファティマ様」
「……はい」
「それでは、実家へお帰り下さい。サイード殿下のこともお諦めになるように」
優しく諭すようにエラムが言うと、ファティマは「うう…っ……」と涙をこぼしながらその場に崩れ落ちた。傍仕えの女性二人が、「ファティマ様っ」と慌ててファティマに駆け寄る。
わんわんと泣くファティマに、クラリスもエラムも眉尻を下げた。よほど、サイードの花嫁になりたかったらしい。ほんの少し同情する気持ちが湧いてきた、と思ったら。
「わ、私の色香で既成事実を作って、結婚を迫る算段が…っ……」
――逞しいな、このお嬢様。
同じ女として発想は理解できるが、サイードが聞いたらドン引きしそうだ。この場にサイードが居合わせていないことが幸いと言えよう。
クラリスはファティマの前まで近付いて、すっと手を差し出した。
「せっかくのお召し物が汚れてしまいますよ」
「うるさいっ」
ぱあん、と手を払いのけられる。ファティマは地面に蹲ったままだ。そんなファティマの前に、クラリスはしゃがみ込んだ。
「どうして、そんなにサイード殿下のことがお好きなんですか?」
「……あんたに話す筋合いはないわ」
「それならそれで構いませんけど。でも、話していただけたら、側妃として娶ってはどうかとサイード殿下へお話してみますが」
「え?」
ファティマは涙に濡れた瞳で、クラリスを見上げた。泣き顔といったら本来はそう美しいものではないだろうが、ファティマの顔は泣き顔でもなお可愛らしい。成人したらきっと、さぞ美しいお嬢様に成長するのだろうな、と思わせられる。
「ほ、本当に?」
「実際に娶るかどうかを決めるのはサイード殿下ですが」
「それでもいいわ! なんだ、あんた、話が分かる上にいい人だったのね!」
コロッと手の平返しだ。けれど、無邪気に笑う顔が不快感を抱かせない。まあ、教皇とは違って、大した仕打ちをされていないこともあるだろうが。
ファティマは目元の涙を拭い、クラリスの手を取って立ち上がった。
「お話するわ! だから、是非とも殿下に進言してちょうだい!」
「分かりました。それでどうしてそんなにサイード殿下のことを?」
「それはね――」
ファティマは長々と語った。幼い頃に実家へサイードが訪問してきた時に一目惚れしたこと、一緒に遊んでいたら転んで膝を擦りむいたところをサイードが手巾で応急処置してくれたのでますます惚れたこと、などなど。
「殿下は理想の王子様なの! だから、なんとしてでも結婚したいのよ!」
「……理想の王子様、ですか」
うーん、と思う。確かに猫かぶりモードのサイードは、王子様っぽいだろうか。素のサイードは基本的に仏頂面で、口調も俺様キャラっぽいけれど。
ともかく、ファティマは恋する乙女全開で、結婚したいのもだからだろう。ファティマもまた、王妃という地位が目当てというわけではなさそうだ。
「では、今夜サイード殿下にお話してみます。もし、側妃として娶ることになったら、サイード殿下から連絡がいくでしょう」
「分かった! このまま家に帰って連絡を待つわ!」
「……再度言いますが、娶ると決まったわけではありませんからね?」
「分かっているわよ。ダメなら諦める。じゃあ、よろしくね!」
上機嫌で笑いながら、ファティマは傍仕えの女性たちを引き連れてその場を立ち去っていった。本人が言っていた通り、実家に帰るのだろう。
「……あの、クラリス様」
それまで黙っていたエラムが、遠慮がちに口を開いた。
「サイード殿下に側妃を娶らないかと進言するというのは……ファティマ様を帰らせるための方便ですよね?」
「え? 本気で進言するつもりですけど?」
「ええっ!?」
目を見開くエラムは、「どうしてですか!」と珍しく語気を強める。側妃を娶る気はないとサイードが言っていたのに、何故だと思っていることだろう。
クラリスは曖昧に笑った。
「えーっと、まあ……ダメ元で勧めてみようかな、と」
「ダメ元って……」
「まあ、いいじゃないですか。国王になったら子を残さなければならないお立場になるんですから、妃の数が多いに越したことはないでしょう」
「それはその通りかもしれませんが……サイード殿下が聞いたら、さぞがっかりするでしょうね」
なんとも形容し難い顔をして言うエラムに、クラリスは目を瞬かせた。
「がっかり? どうしてですか」
「本人からお気持ちをお聞き下さい。はあ、最近いい雰囲気なのではと思っていたのに、気のせいでしたか。サイード殿下もご苦労されますねえ」
「?」
他に側妃を娶ったらどうだと進言することが、そんなにも悪いことなのだろうか。分からない。
(男の人はハーレムを好むって、レイナの記憶にはあるけどなあ)
まあ、レイナがそういった知識を得たのは男性向けライトノベルからなので、偏見なのかもしれないが。
ともかく、勝負が終わったので、クラリスはエラムとともに家へと戻った。仕事中だったサイードに勝利した旨を伝えると、
「本当か! よくやった、クラリス!」
と、ぱっと顔を輝かせた。よほど、ファティマに勝たれては迷惑だったらしい。
そう思うと……性格が悪いかもしれないが、ちょっと嬉しく思う自分がいる。相手がクラリスだったらいい、というのがなんだか特別に思われているようで。
『あんたは殿下のことが好きなの?』
ファティマに投げかけられた問いかけ。
多分、そうだ。クラリスはサイードのことが『好き』なのだろう、と思う。
それでも、ファティマのことも娶ったらどうだと進言するのは――自分に自信がないからだ。
サイードよりも三つも年上で怠け者だったクラリスと、若く可愛い、そしてこれから美しく成長するだろうファティマ。普通、どちらを選ぶかなんて分かり切っていることだ。
今は大国シムディアから聖女を嬰らねばという義務感からクラリスを選んでいても、将来的には絶対にファティマがいいと思う日がくる。
だから、ファティマのことも娶って構わないと言うのだ。自分が傷付かないように、心に予防線を張って。
――本当にそうなったら、心の奥では嫌だと思っていても。
24
お気に入りに追加
1,129
あなたにおすすめの小説
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

偽りの家族を辞めます!私は本当に愛する人と生きて行く!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のオリヴィアは平凡な令嬢だった。
社交界の華及ばれる姉と、国内でも随一の魔力を持つ妹を持つ。
対するオリヴィアは魔力は低く、容姿も平々凡々だった。
それでも家族を心から愛する優しい少女だったが、家族は常に姉を最優先にして、蔑ろにされ続けていた。
けれど、長女であり、第一王子殿下の婚約者である姉が特別視されるのは当然だと思っていた。
…ある大事件が起きるまで。
姉がある日突然婚約者に婚約破棄を告げられてしまったことにより、姉のマリアナを守るようになり、婚約者までもマリアナを優先するようになる。
両親や婚約者は傷心の姉の為ならば当然だと言う様に、蔑ろにするも耐え続けるが最中。
姉の婚約者を奪った噂の悪女と出会ってしまう。
しかしその少女は噂のような悪女ではなく…
***
タイトルを変更しました。
指摘を下さった皆さん、ありがとうございます。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる