4 / 25
第4話 オアシスを作ろう
しおりを挟むそれから一ヶ月後。
クラリスはサイードとその護衛の睡蓮騎士団とともに、人々が住まわない不毛な荒れ地へとやってきていた。やや離れた場所には山々が連なっている。
「クラリス。本当にできるのか?」
そう訊ねるサイードの目は、少々疑わしげだ。まあ、聖女の能力を見たことのない者からしたら、今やろうとしていることをあっさり信じられるわけがない。
クラリスは淡々と答えた。
「やってみなければ分かりませんが……おそらく、できると思います」
タナルの荒れ地は、かつてのシムディアと似ている。大聖女時代にやっていたことと変わらない。きっと、上手くいくだろう。
クラリスは一人、その場に立った。風に髪をなびかせながら魔力を出力して、気候を操る天魔法を発動する。すると、晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込め始め、やがて激しい豪雨が山々に降り注いだ。あくまで範囲は山々だけで、クラリスたちがいる場所は晴れたままだ。
おお、という声が幾重にも睡蓮騎士団の騎士たちの間から上がった。「これが聖女の力なのか」、「魔法とはすごい」、などと称賛の声が次々に聞こえてくる。
けれど、クラリスは特に何も思わなかった。賛辞の言葉なんて大聖女時代に聞き飽きている。
(結局、大聖女の能力を使ってるじゃん、私……)
もうこりごりだと思っていたのに。だが、まあ仕方ない。いちいち作物を緑魔法で実らせるよりかは、国土を開拓して国自体を潤わせ、この国の作物不足を解消した方が結果的に手間がかからないはず、だ。
さて、クラリスが今、何をしているのか。
『――オアシスを作る?』
『はい。まずは水場を確保することが先決です』
『しかし……試したことがあるが、雨水を貯めても蒸発してしまうぞ』
『勘違いなされているようですね。オアシスというのは、ただ雨水が貯まったものではありません。雨水が地下水脈から湧き出たものです』
周辺にある山に降った雨や雪が地下水となって流れ込み、そこに地下変動が起こると突然水脈が地表に出てくることがある。それによって湧き出た水がオアシスを形成する。
そこでクラリスが行うのは、近くの山々に天魔法で雨を降らせて雨水を地下水脈に染み込ませ、そこへ地魔法で地下変動を起こして地下水脈を地表に出させる、というものだ。
『とりあえず、一ヶ月ほど雨を降らせてからやってみます』
というわけでこれから一ヶ月間、周辺の山々に豪雨を降らせる。といっても、二十四時間ずっと降らせられるというわけではない。
クラリスとて睡眠をとらねばならないので、天魔法を使うのは起きている時間帯だけだ。それも、魔法の発動中はその場から動けないので、立ちっぱなしという状態である。さすがに体が疲れて、途中からはラクダに座って天魔法を使うようにした。
作戦を開始して十日ほど過ぎた頃だろうか。天魔法を発動中のクラリスの下へ、サイードがやってきた。その顔はなんだか気遣わしげだ。
「おい、大丈夫なのか」
「計画は順調ですよ」
「そっちの意味ではなく。……毎日、毎日、あんな大がかりな魔法を使い続けて。その負担はないのかと訊いている」
意外な思いでクラリスはサイードを見下ろした。体の心配をしてくれるとは、優しいところもあるじゃないか。
「この程度の魔法なら問題ありません。きちんと休んでいますし、食事もとっていますし。お気遣いありがとうございます」
「……そうか。なら、いいんだが」
大丈夫だと聞いて、サイードは安堵しているように見える。なんだろう。引き受けた聖女を到着早々死なせてしまっては、マズイとでも思っているのだろうか。
(まあ……大国シムディアの聖女を娶ったのに、すぐに死なせたら戦争の引き金になるかもしれない、と懸念するのは当然か……)
国同士の付き合いというのは難しいものだ。大聖女時代はただ国内で能力を振るっていればよかったので、外交に関してはクラリスにはよく分からない。
「それにしても」
サイードはクラリスが乗っているラクダの横に立ち、天魔法によって豪雨が降る山々を見つめた。
「君が使える能力には、天候を操るものもあったのか? この能力なら、シムディアでも活かせるだろうに」
「……あー、まあ、事情がありまして」
「?」
「機会があれば、お話しますよ。まあ、私に任せて下さい」
言い切るクラリスにサイードはふっと笑った。
「頼もしい限りだな。だが、無理はするな。疲れたら休憩をとってくれ」
「はい」
立ち去っていくサイードの背中を見つめながら、クラリスはふと思う。
(そういえば……大聖女の能力を使うことを心配されたのって初めてかも)
すごい、奇跡だ、なんて称賛の声は飽きるほど聞かされていたけれども。魔法を使うクラリス自身のことを心配されたことはない。みな、大聖女だからいくらでも魔法が使えるものだと思っていたのだろうと思う。レイナがバカ真面目に期待に応え続けて、弱音を吐かなかったことも一因かもしれない。
誰かレイナの体にかかる負担を気にかけてくれる人がいたら。
レイナ自身もまた、無理なものは無理だと意思表示ができていたら。
そうしたら、若くして過労死なんて結末は迎えなかったかもしれない。そう考えると、クラリスの体の心配をしてくれたサイードの存在は、ありがたいものかもしれなかった。
俺様キャラっぽいと思っていたサイードの認識を少し改めつつ、周辺の山々に豪雨を降らせること一ヶ月。そろそろ地魔法を使ってみようか、とクラリスは天魔法を使うのをやめた。すると、山々の上に立ち込めていた暗雲が徐々に消えていき、雨が止む。
これにもまた、騎士たちは驚いた様子だった。豪雨が偶然ではない、とはっきりと分かったからだろうか。
「では、地下変動を起こします」
地魔法を発動し、大地に干渉する。地下水脈よ、上がってこい、と願いながら、地下変動を起こし続けていた時だった。
噴水のように、地表から水が勢いよく湧き出てきた。
おおっ、と野太い歓声が騎士たちの間に上がる。サイードも目を丸くして、「本当に水が湧き出てきた……」とぽつりとこぼした。
(計画の第一段階、完了)
水が湧き出てはしゃぐ騎士たちとは違い、クラリスは冷静な目で湧き出た水を眺めた。今は大量に水が噴き出しているが、時間が経てば落ち着くだろう。
「クラリス」
隣からサイードの声が聞こえて振り向く。クラリスと目線の変わらぬサイードは、その不愛想な表情を僅かに柔らかくした。
「ありがとう。よく頑張ってくれた」
「いえ。私はできることをしただけです」
我ながら可愛げのない返答だと思う。けれど、きゃぴきゃぴとはしゃぐというのは、クラリスの性格ではない。
この一ヶ月でその辺りの性格は把握しているのか、サイードは特に何も言わなかった。はしゃぐ騎士たちの下へと去っていく。
そのまだ小柄な背中を、クラリスは見送った。
(……頑張ってくれた、か)
それもまた、大聖女時代に言われたことのない言葉だった。魔法を使えるのが当然だから、大聖女だから世に尽くすのは当たり前、周囲はそんな認識だったのだろう。
けれど、サイードは違う。きちんとクラリスの頑張りを認めてくれる。こんなチート魔法を使うことが頑張ったと果たして言えるのかは分からないが、それでも労ってもらえるのは嬉しいことだ。
(案外、いい国王になるかもねえ、サイード殿下は)
現タナル国王の身に何かない限りは、即位するのはまだまだ先の話ではあるが。
そんなことを考えながら、喜びを爆発させている騎士たちを見やる。水が湧き出て喜ぶ人々というのが、大聖女時代で何度も見た光景と重なって胸の辺りがざわつく。
この感情はなんだろうか。レイナのような生き方はしない。のんびりと、三食昼寝付きの生活ができればそれでいい。そう思っていたはずなのだけれども。
考えても、よく分からなかった。
31
お気に入りに追加
1,129
あなたにおすすめの小説
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
偽りの家族を辞めます!私は本当に愛する人と生きて行く!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のオリヴィアは平凡な令嬢だった。
社交界の華及ばれる姉と、国内でも随一の魔力を持つ妹を持つ。
対するオリヴィアは魔力は低く、容姿も平々凡々だった。
それでも家族を心から愛する優しい少女だったが、家族は常に姉を最優先にして、蔑ろにされ続けていた。
けれど、長女であり、第一王子殿下の婚約者である姉が特別視されるのは当然だと思っていた。
…ある大事件が起きるまで。
姉がある日突然婚約者に婚約破棄を告げられてしまったことにより、姉のマリアナを守るようになり、婚約者までもマリアナを優先するようになる。
両親や婚約者は傷心の姉の為ならば当然だと言う様に、蔑ろにするも耐え続けるが最中。
姉の婚約者を奪った噂の悪女と出会ってしまう。
しかしその少女は噂のような悪女ではなく…
***
タイトルを変更しました。
指摘を下さった皆さん、ありがとうございます。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる