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第五十話 求婚3
しおりを挟む「タ、タクトス殿下。あの……突然押しかけてしまい、申し訳ありません」
「……押しかけたという次元ではない気もするが」
それは確かに。隠し通路から部屋に侵入するなんて、不敬どころのレベルの話じゃない。
分かっているけど、でも会いたかった。会いたかったんだよ。
「まぁいい。元気そうで何よりだ」
そう相槌を打ちはするけど、表情はずっと昔に見た氷の彫像のようだ。これまでのような優しい微笑みじゃない。そのことに心が挫けそうになるけど、怯んでたまるもんか。
「タクトス殿下もお元気そうで何よりです。それでその、お話したいことがあるんです」
「なんだ」
「先日の、婚約破棄の件についてです」
「………」
やっぱりそのことかと言わんばかりに、タクトスの表情に陰りが落ちる。だけど、申し訳なく思っているだろう気持ちをひた隠して、淡々と言う。
「破談金なら、もちろん渡す。ガドー侯爵と話し合うつもりでいたが、セラフィルの言い値で払おう。いくらほしい」
俺は、頬がカッと熱くなったのが分かった。
「そんなものは、いりません!」
相手がタクトスじゃなきゃ、平手打ちしているところだ。
俺はお金のためにここまできたわけじゃない。だいたい、破談金なんていらない、必要ないよ。これまでタクトスと一緒に過ごした時間は、お金になんて換算できない。
俺は目に涙を滲ませながら、握り拳を震わせた。
「あの時……なんで、俺の言葉を拒否したんですか」
タクトスは眉根を寄せる。
「セラフィルの言葉、というと?」
「すべてに片をつけたら、俺と結婚すればいいと言おうとした俺の言葉を、タクトス殿下は遮って拒否しました。それは都合のいい話だからと。自分に俺と結婚する資格なんてないって」
「それがそのまま答えだ」
「嘘だ。だって全部、建前でしかない。そう思うに至ったタクトス殿下の本心を、俺は聞きたい。……俺への気持ちは、もうなくなってしまったんですか」
俺への想いがもうないのなら、身を引く。引くしかない。でも、そうでないのなら、俺はタクトスを諦めたくない。
「……それは」
「俺はタクトス殿下が好きです。タクトス殿下と結婚して、ずっとお傍にいたいんです。それが俺の求める幸せです」
「セラフィル……だが」
「都合がよくたっていいじゃないですか。もちろん、父に万が一のことがあれば、ガドー侯爵家を継いでタクトス殿下をお支えする覚悟は決めています。――そうなったら、養子をとって養子に家督を継いでもらい、俺は独り身を貫くという覚悟も」
それには、目を大きく見張るタクトス。伏せていた目が、俺の目を見つめる。そこにあるのは、信じられないといった色だ。
「どうして……そこまで」
「先ほど申し上げたように、俺が一番好きなのはタクトス殿下だからです。結婚相手は他の誰でもいいわけじゃありません。タクトス殿下だからこそ、俺は結婚したいんです。タクトス殿下と一緒に幸せになりたい」
いざという時は、独り身を貫くという発想は王都までくる道中で気付き、決めた。二番目の男扱いしていい相手なんて決して誰もいないと思うから。
それにタクトスならきっと、ゼブル公爵の野望を砕くことができる。俺はそう信じている。
「ですから、どうか。タクトス殿下の本心を教えていただけませんか」
タクトスは、きつく唇を噛みしめた。再び目を伏せる。その表情は、まるで俺にここまで言わせた己を恥じているような、自分を責めているような様子だった。
「……すまない。俺だって、セラフィルと結婚したいと思っている。だが、自信がなくなってしまったんだ」
「何に対する自信ですか」
「セラフィルのことを幸せにするという自信だ。以前にも話した通り、俺は国のためにセラフィルとの婚約を切り捨てた。そのことを自体は間違っていたとも思わないし、後悔もしていない。だが、思ったんだ。俺はきっとこの先も『国王』として、いざとなったら非情な決断をすることになる。そんな男と結ばれても、セラフィルは幸せになれないだろうと」
苦しげに心情を吐露するタクトスを、俺はじっと見つめる。そして一歩、また一歩と、ゆっくりとタクトスに近付いていく。
「……『国王』が国を最優先に考えるのは、当然のことです。恋愛にうつつを抜かして、国政をないがしろにする愚王になられた方が困ります」
王婿の地位。タクトスの苦悩を聞いて、俺も改めて考えさせられる。
国王とその伴侶は――きっと、ただ相手のことだけを想っていれば許されるような一般的な夫婦や夫夫とは違う。互いに国のためを考え、立ち振る舞わねばならない。
それは俺が、俺たちが、思っていた以上に重いものだったんだ。そのことにタクトスは気付いたから、俺のためを想って身を引こうとした。
――俺のことが本当に好きで大切な存在だから、こそ。
「タクトス殿下の苦悩に気付いてあげられず、すみませんでした。でも、俺はタクトス殿下のお心が俺にあると分かってさえいたら、それだけで十分です。俺の幸せも、国のことも、何もかも一人で背負い込もうとしないで下さい。抱えきれない重荷は、俺も一緒に持ちます」
互いに支え合う。それがパートナーってものだろ。
タクトスの目の前まで進んだ俺は、そっとタクトスを抱き締めた。思えば、俺からハグをするのは初めてだ。今まで随分とタクトスの好意に甘えていたんだと痛感させられる。
「タクトス殿下がよき『国王』となるように、俺もよい『王婿』を目指します。だから、もしすべてが終わったら。その時は、俺と結婚してもらえませんか」
「セラフィル……」
棒立ちしていたタクトスが、おずおずと俺の背中を抱き返す。伝わってくる温もりが、心地よくてほっとする。
「本当に、こんな俺でもいいのか」
「タクトス殿下がいいんです」
これから先、手探りで進むしかないけど。でも、タクトスと一緒ならどんな困難も乗り越えられる。俺はそう思う。
「……ありがとう、セラフィル」
俺たちはしばし見つめ合ってから、そっと触れるだけのキスを交わした。
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