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第四十九話 求婚2

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 王都に到着して早々に、俺はリニジア城へ向かった。
 タクトスに手紙なんて何も送っていない。だからアポなしのわけで、さらにもうタクトスの婚約者という立場でもないからリニジア城に通してもらえるか不安だったんだけど……幸運にも、リニジア城門前の警護をしているのがハリス副騎士団長だった。

「これは、セラフィル様。お久しぶりですね」

 破顔するハリス副騎士団長に、俺も微笑み返す。

「そうですね。お元気そうで何よりです」

 この様子だと、俺とタクトスの婚約破棄について聞いていないのか? いやそれとも、逆に気を遣って普段通りに接してくれているのか。
 分からないけど、顔見知りが警備員なのはありがたい。

「あの、タクトス殿下にお会いしたいんですけど……通してもらえますか」
「もちろん、とお答えしたいところですが。申し訳ありません。殿下から、もしセラフィル様がいらっしゃっても通さないよう仰せつかっておりまして」
「そう、ですか……」

 タクトス、俺と会いたくないのか。いや、違うかも。合わせる顔がないと思っているんだろう、きっと。
 肩を落とす俺の耳元に、ハリス副騎士団長がそっと囁いた。

「オルヴァをお探し下さい」
「え?」
「オルヴァならおそらく、セラフィル様のお望みを叶えてくれますよ」

 ウインクを飛ばすハリス副騎士団長。その仕草は、俺のことを応援しているように思う。王立騎士として自分はタクトスの命令に背けないけど、オルヴァならってことか。
 そうだ、オルヴァを頼ろう。

「ありがとうございます、ハリス副騎士団長」

 助言をくれたことにお礼を伝え、俺は道を引き返す。次いで向かう先は、王立騎士団の演習場だ。オルヴァの姿を探すけど……うーん、この人混みの中からオルヴァを見つけるのは至難の業だな。できれば、こっそりと呼び出したいんだけど。
 どうしようかな。

「兄上、オルヴァさんならこっちだよ」

 聞き慣れた声に振り向いた俺は、びっくり。だって、ミラーシュがいたんだ。

「ミ、ミラーシュ? なんでここに」
「ナドルから話を聞いて追いかけてきたんだよ。なぜか僕の方が先回りしちゃったけど」

 そんなことがありえるのか。いや実際に先回りされているんだから、ありえるんだろう。ミラーシュが御者を焚き付けてよほど急いで移動してきたんだろうな。
 ともかく、ミラーシュがオルヴァの姿を見つけたように、どうやらオルヴァもミラーシュの姿ならすぐに気付いたみたいだ。フェンス越しに、こっちまでやってきた。

「ミラーシュ、セラフィル様。どうされました」
「あのね、オルヴァさん。兄上をタクトス殿下のところまで連れて行ってほしいんだ」

 俺が頼むよりも先に、ミラーシュが俺の言葉を代弁した。
 オルヴァは目を丸くしたものの、意味深げに「血筋ですか……」と苦笑いで呟く。多分、押しが強いのが血筋の兄弟だって言いたいんだろう。陥落したお前に言われたくはないが、言葉の説得力はあるな。

「殿下から、セラフィル様を近付けないでほしいと命が下っているのですが」
「僕とタクトス殿下、どっちが大事なの?」
「もちろん、あなたです」

 うわっ、即答しちゃったよ! だからお前は、本当に騎士なのか?
 でも、今は……だからこそ、頼りになる心強い味方だ。

「分かりました。今、そちらに行きますから、私の後についてきて下さい」

 そう言ってこっちにきたオルヴァの後ろを、俺はついていく。リニジア城の裏手に回り込んで、一見すると何もない外壁にオルヴァは手を押し当てた。
 ぐっ、と力を込める。すると、壁と一体化していた隠し扉のようなものが半転した。ここから、リニジア城内へ忍び込めるらしい。脱出用の隠し通路といったところなのか。
 先に中に入ったオルヴァに続いて、俺も開いた隠し扉と外壁の間に身を滑り込ませる。俺も中に入ったことを確認したオルヴァがすかさず隠し扉を元に戻したので、日差しがなくなって一気に暗くなった。うわっ、何も見えん。

「失礼」

 体が宙に浮く。何が起こったのかと思ったら、どうやらオルヴァに米俵よろしく担がれたみたいだ。ここから先は、自分が運ぶってことらしかった。

「おい、せめて背負うとか……」
「それをするのはミラーシュだけです」
「……あ、そう」

 そういえば二人の恋愛は、オルヴァがミラーシュを助け、おんぶして帰ってきたところから始まったんだっけ。他の野郎は担いでやるので十分ってことか。

「走ります。しっかり掴まっていて下さいね」

 言うが早いか、オルヴァが駆け出した。快適な担がれ心地とは言い難く、振り落とされないようにしがみつくので精一杯だ。目が暗闇に慣れなくて真っ暗な中を、だけどオルヴァはどこにも衝突することなく走り続けた。
 どれだけの時間、走っていたんだろう。時計が見えないから分からないけど、タクトスにこれから会えるっていう緊張感からかな。いやに長く感じた。

「着きました」

 目の前の扉を、オルヴァの手が押し開く。一気に光が差し込んできて、俺は咄嗟に腕を目元にかざした。
 少しして目が光に慣れたところで、目を開くと……そこは、誰かの部屋のようだった。俺たちが飛び出てきた場所はクローゼットの中から、みたいだ。
 一体、ここは誰の部屋……って、答えは明白だ。『国王』の自室だろう。つまり、今はタクトスの部屋だ。
 実際、辺りを見回すと、休憩中だったのか――テーブルの席にタクトスの姿があった。昼食を食べていたところのようだ。
 でも、俺たちの姿に気付くと、タクトスは大きく目を見開いて椅子から立ち上がった。

「セラフィル……」

 茫然と俺を見つめるタクトスだったけど、やがてはっとした顔でオルヴァを睨みつけた。

「オルヴァ。俺に近付けるなと命令していたはずだろう」
「申し訳ありませんが、愛する人からの頼み事は断れません」

 もはや、屁理屈をこねさえしない。堂々と言ってのける。
 タクトスは苦虫を噛み潰したような顔で、「ミラーシュか……」とそっと息をついた。相手がオルヴァな上、こうも悪びれずに主張されると怒る気力も湧かないらしい。

「……もういい。お前は下がれ」
「はい。廊下で待機しておりますので、何かありましたらお声がけ下さい」

 オルヴァは俺のことを絨毯の上に下ろし、あっさりとタクトスの自室を出て行った。状況が状況だけにちょっと心細く思ってしまったけど、二人で話したいというのは俺も同じだ。
 俺は震えそうになる足で、必死にその場に立った。

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