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第四十五話 急展開1

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 窓の外では、しんしんと雪が降り積もっている。
 俺が貴族学校に入学してからあっという間に九ヶ月ほど過ぎ、とうとう冬がやってきた。――そう、くだんのBL小説通りにいったら、現国王陛下が亡くなる冬が。

「兄上、そろそろ行こうよ。オルヴァさんたちが待ってるよ」
「ん、ああ」

 学生鞄を肩に提げ、ミラーシュとともに寮の自室を出る。ひんやりと空気が冷たい廊下を進んでラウンジに向かうと、そこにはミラーシュの言う通り、タクトスとオルヴァがいた。どちらも、冬仕様の学生服姿だ。

「おはよう、セラフィル」
「おはようございます、タクトス殿下」

 柔らかい笑みを浮かべるタクトスの顔を見て、ちくりと胸が痛むものがある。
 これから父王を亡くすかもしれないタクトスだ。前世にしろ、今世にしろ、まだ親を亡くした経験のない俺にはそのつらさを完全には理解できないけど、きっとすごく落ち込むんだろうことは想像に難くない。
 その上、表向きは悲しんでいる姿を見せることなく、毅然として父王の後を継がなきゃならないんだから、王太子っていうのは、大変という一言だけで済ませられないほどの重圧がある立場だよな……。
 もし、その時がきたら……俺に何ができるんだろう。

「オルヴァさん、おはよう。プレゼントしたマフラー、暖かい?」
「おはようございます。ええ、首元の寒さが和らぎます」
「えへへ、よかった」

 一方のミラーシュは、相変わらずオルヴァ相手にハートマークをまき散らしている。
 ミラーシュがプレゼントしたマフラーっていうのは、手編みのマフラーだ。端っこに小さなハートマークが編み込まれているんだけど、オルヴァはやれやれと言いつつも身に着けているよう。こいつはミラーシュに限り、なんだかんだ甘い。
 俺もタクトスにマフラーを編もうと思った。でも、手先が器用なミラーシュと違って全然綺麗に編めなくて。ボロ雑巾のようになってしまったので断念。タクトスなら身に着けてくれるかもしれないけど、王太子にあのマフラーもどきを身に着けさせるのは気が引けて。
 というわけで、タクトスが「首元が寒いな」と意味ありげに俺を見るけど、ごめん。手編みのマフラーを期待しているんだろうけど、プレゼントできないよ。
 申し訳ないので、代わりに市販品のマフラーを贈ろうかなぁと考えているところだ。
 四人揃ったところで、ぞろぞろと寮を出た。向かう先はもちろん、貴族学校だ。俺とタクトスが手を繋げば、ミラーシュもオルヴァの腕に抱きつく。
 傍から見たら、リア充のダブル登校って感じかも。でもそれも、周りの生徒たちにはもう見慣れた光景らしい。俺はやっぱりいつまで経っても気恥ずかしいんだけど。
 ――と、寮を出てすぐのことだった。

「殿下、朝早くから申し訳ございません。今、お時間よろしいでしょうか」

 外で待っていたのは、見覚えのある王立騎士……あ、ハリス副騎士団長だ。久しぶりだな。
 朗らかな表情をしているイメージの人だったけど、今は表情が硬い。いかにも、何かあったんだと伝わってくる様子だ。
 それをタクトスも感じ取ったんだろう。タクトスも表情を引き締めた。

「おはよう、ハリス副騎士団長。構わない。用件を言え」
「殿下だけにお伝えしたいため、人払いをお願いしたいのですが」

 俺には、ピンとくるものがあった。もしかして……国王陛下がお亡くなりになったか、もしくはそれに近い危篤状態にあるんじゃないか?

「タクトス殿下、それでは俺たちは先に登校しています」

 声をかけると、タクトスは申し訳なさそうな顔で俺から手を離した。

「気を遣わせてすまない。また後で会おう」

 居合わせて聞きたい気持ちはあったけど、タクトスだけに伝えたいっていうんだから仕方ないことだ。俺はミラーシュたちとともに先にその場をあとにした。
 そのあと、貴族学校でタクトスが登校してくるのを待ったけど――やっぱり、タクトスはやってこなかった。多分、あのままリニジア城へ行ったんだろうと思う。
 結局、その日の授業を受けに戻ってくることはなく。次にタクトスと顔を合わせたのは放課後、寮のラウンジだった。ミラーシュとオルヴァと一緒に、冬の期末試験に向けて自主学習をしていた時のことだ。

「セラフィル。二人も。朝はすまなかったな」

 律儀に謝罪をするタクトスの表情は、いつも通りに元気とは言い難い。どことなく、憔悴したような顔をしている。

「それは大丈夫ですよ、タクトス殿下。それであの……何かあったんですか」

 ここで質問して答えが返ってくるかは分からなかったものの、つい訊ねてしまった。
 俺の隣の席に腰を下ろしたタクトスは、しばし沈黙したのち……小さな声で答えた。周りに他の生徒がいないことを確認してから。

「父上がお亡くなりなったんだ」

 驚いて「え!」と大きな声を出すミラーシュの口元を、オルヴァが素早く手で押さえる。そしてそのままミラーシュを連れてその場を立ち去っていった。オルヴァとしても気になる話だろうけど、それ以上に空気を読んでくれたみたいだ。
 それにしても、国王陛下が……そうか、やっぱり。くだんのBL小説の通りに進んでしまったんだな。ということは、タクトスはこれから国王に即位しなければならないということだ。

「……ご病気ですか?」
「いや。以前、父上に歩行障害が残ったと話しただろう。それで凍った路面で転倒し、頭を打ちつけた衝撃で逝去なされてしまったらしい」

 賢王と名高かった国王陛下だけど、その末路は存外あっけないものだな。
 俺はおずおずと、隣のタクトスの握り拳にそっと手を重ねた。それにはタクトスは驚いた様子で、俺を見やる。
 なんといったらいいのか分からない。だからせめて、タクトスの心に寄り添いたいことを行動で示したかったんだ。
 そんな俺の意を汲み取ったのか、タクトスは力無く微笑んだ。

「セラフィル……ありがとう。正直まだ頭の整理がついていなくて」
「ご無理もないことです。その、ご愁傷様ですとしか俺も言えません。すみません……」

 気の利いたことを言えない自分が歯がゆい。今の俺には、ただタクトスの傍にいることしかできないよ。

「いいんだ。セラフィルが俺を気遣ってくれている気持ちは伝わっているから。ただ……そうだな。ちょっと、甘えさせてもらっていいだろうか」

 そう言うと、タクトスは俺の肩に寄りかかってきた。こんな風にタクトスから甘えられるのは初めてだ。やっぱり、相当ショックだったんだろうな。
 俺としても、国王陛下とは面識があるし、悲しい。大切な人の親だからこそ、なおさら。
 俺たちはしばらくそのままでいた。

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