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第四十三話 いつか、その日がきたら2
しおりを挟むって、そういえばオルヴァはどこに行ったんだろう。
気付いたら玄関口までやってきていた俺たちだけど、俺たちの横を数人の生徒たちが走り過ぎていく。
「決闘なんて、面白いな」
「あの二人、何があったんだろう」
「さあ? でも、どっちが勝つか見物だよな」
そんなやりとりをしながら、生徒たちが向かっていくのは体育館だ。
俺とミラーシュはきょとんとして、顔を見合わせた。……決闘? 誰と誰がするんだ。貴族学校は民度が高いというか、生徒同士で露骨には争わない穏やかな雰囲気なのに珍しい。
「ちょっと、見に行ってみるか?」
「うん」
俺たちも野次馬と化して、体育館へ向かう。すると、他にも大勢の生徒たちが集まってきていて、その中心にいるのは……あれ? オルヴァとフリスじゃん。この二人がここでこれから決闘するのか?
二人とも木剣を手に持っていて、互いに険のある表情で対峙している。えーっと……もしかして、ミラーシュのさっきの件で決闘する流れになった感じ、なのか?
あの時、俺の傍からオルヴァが離れたのは、フリスに決闘を申し込みにいっていたからなのかもしれない。俺がフリスの奴に怒りを覚えたように、オルヴァもまた許しがたく思ったのかもしれなかった。
「……僕が勝ったら、ミラーシュ様にもう近付かないでもらえますか」
口を開いたオルヴァに対し、フリスは鼻で笑う。
「俺に勝てると思っているのかよ。じゃあ、俺が勝ったら――」
「ご心配なく。そんなことは万に一つもありえません」
ズレた眼鏡を指で押し上げながら、オルヴァが淡々と返す。フリスは頬肉を引きつかせた。
「……へえ。すごい自信だな。大して強くないくせに」
フリス。残念ながらそれは、貴族学校で作ったキャラだぞ。オルヴァは正規の騎士だ。どう考えても、お前に勝ち目なんてない。
だけどそんな裏事情を知らないフリスは、自分が負けるとは微塵も思っていない様子。二人は真っ向から睨み合い、しばらく沈黙が下りた。
立会人を頼まれたんだろう生徒が、宙に上げた腕を振り下ろす。
「――始めッ!」
開始の合図とともに、ガキィン! と木剣が折れるような音が響く。瞬時に動いたオルヴァがフリスの構えていた木剣を叩き折ったんだ。さらにはその破片がフリスの顔面に直撃。フリスは小さく呻き声を上げながら、その場に目を回して倒れた。
瞬殺、とはまさにこういうことをいうんだろう。
「……これは珍しいものを見た」
背後から聞き慣れた声が聞こえて、俺は後ろを振り向く。するとそこにいたのは案の定、タクトスだった。いつの間にそこにいたんだよ、タクトス。
「珍しい、とおっしゃいますと?」
「オルヴァの剣は、一切感情が見えないことから無の剣と呼ばれているんだが。さっきの一撃には、激しい怒りを感じた。あくまで俺個人の感想だけどね」
俺は目を丸くした。……激しい怒り、か。やっぱり、オルヴァもフリスの奴がミラーシュを泣かせたことを許せなかったんだろうな。よくぞ、フリスの奴を成敗してくれたよ。
「よかったな、ミラーシュ」
隣にいるミラーシュに声をかけると、ミラーシュは「うん」と小さく頷く。そして人混みを掻き分けて、たたたっとオルヴァの傍に駆け寄っていった。
「オルヴァさん!」
「……ミラーシュ様」
大勢の野次馬生徒が囲む中、向かい合う二人。みなが固唾を飲んで二人の会話を見守る。それは俺たちも例外じゃない。
「あの、ありが――」
「ミラーシュ様。私の仕事は薄給ですよ」
唐突に言うオルヴァに、ミラーシュは小首を傾げた。
「それがどうかしたの?」
「今のような暮らしをさせてあげることはできない、ということです」
「別に構わないけど?」
「……それも私は、元は平民出身の孤児です。貴族としての血なんて一滴も流れていない。跡取りとして今の家に引き取られたものの、すぐに本物の世継ぎが産まれまして、家督を継ぐ予定もありません」
「だから?」
「ですから、私はあなたにふさわしい相手では到底ないんです。どうか、他の方をお選び下さい。他にもっとあなたを幸せにできる男がいます」
あ、あれ? なんだか、雲行きが怪しいぞ。一旦、告白を保留にしていたくせに、お前、まさかミラーシュを振るつもりなんじゃ……。
一瞬だけ沈黙が流れたけど、
「――そんなの関係ない」
ミラーシュが、凛とした声で断言した。
「僕が好きなのはオルヴァさんだもん。ふさわしいとか、ふさわしくないとか、そんなのどうでもいいよ。僕はずーっとオルヴァさんと一緒にいたい。傍にいられるだけで幸せだから、だからオルヴァさんのお婿さんになるの!」
「気持ちだけでどうこうなる問題ではありません」
「気持ちを抜きにした恋愛ってなに? オルヴァさんが言っているのは全部、建前じゃん。僕は……オルヴァさんの本当の気持ちが知りたいよ」
オルヴァの空いている方の手をぎゅっと両手で握るミラーシュ。オルヴァの腕力なら振り払うこともできるだろうけど、しなかった。
「私は……あなたにはずっと笑っていてほしいです」
ようやくオルヴァが口を開いた。
「以前、おっしゃってくださいましたね。私の価値はお金では計れないと。そう言ってくれたのは、あなたが初めてで……嬉しかった、です。だからこそ、あなたには誰よりも幸せになってもらいたい」
それは思ってもみないオルヴァの言葉だった。オルヴァ……お前、そんな風にミラーシュのことを想っていてくれていたのか。
傷付けたくなくて告白を一旦保留にしたものの、やっぱりミラーシュの貴重な時間を自分に割かせてしまうのはよくないと思い直して、今この場で振ろうとしているのかもしれない。
「それなら、二人で幸せになろうよ」
ミラーシュは慈愛に満ちた微笑みを、オルヴァに向けた。
「僕、早く大人になるから。ちょっと待たせちゃうけど、十八歳になったら結婚しよう?」
「それはでも……」
「こんなに大好きにさせた責任、ちゃんと取って」
「……責任、ですか」
それはオルヴァの中の責任感を刺激する言葉だったのか。あるいは、ミラーシュの滅茶苦茶な主張に根負けしたのか。オルヴァはとうとう白旗を上げた。
「参りました。……どうぞご勝手にして下さい」
他にもっと言い方があるだろうと思ったけど、まぁオルヴァらしいといったらオルヴァらしいのか。甘い睦言を囁く姿の方が逆に想像がつかない。
ミラーシュは嬉しそうに「うん!」とオルヴァに抱きついて、野次馬生徒たちからは祝福の拍手が起こった。よくよく考えたら、こんな大勢の前で何をやっていたんだよ、お前ら。
でも……よかったな、ミラーシュ。
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