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第四十話 夏休み、再び王都へ10

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「じゃあな、ナドル。気を付けて帰れよ」
「冬休みにまた会おうね」

 日が明けてすぐ――ナドルが馬車で王都を発つ日がきた。俺とミラーシュ、そしてばあやがタウンハウスの前まで見送りに出ているところだ。

「はい。セラ兄上とミラ兄上もお元気で。ばあやもどうかお健やかにいて下さいね」
「ふふ、ありがとうございます。ナドル坊ちゃんもお体ご自愛下さいませ」

 別れの挨拶もそこそこに、ナドルは馬車に乗り込む。馬のいななきとともに馬車が動き出して、俺たち三人に見送られながらナドルは王都を去っていった。
 あ、ハリス副騎士団長が居合わせていないのは、身内の俺たちに遠慮してのことみたいだ。タウンハウスの中では、お互いに挨拶を済ませていた。

「ナドル、帰っちゃったね。寂しいなぁ」
「またすぐに会えるって。俺たちも準備ができたら、寮に戻るぞ」

 貴族学校の敷地までは、ハリス副騎士団長が送り届けてくれる。その役目が終わったら、ハリス副騎士団長も通常の仕事に戻るみたいだ。
 というわけで、俺たちはタウンハウスの中に戻って、おのおのの部屋に忘れ物がないかを確認して退去する準備。まぁ、忘れ物をしても取りに戻ってこられる距離ではあるけども。
 忘れ物の確認を終えて荷物を抱えた俺が部屋を出ると、ちょうどミラーシュも廊下に出てきていた。ミラーシュも荷物を抱えているわけなんだけど……あれ?

「ミラーシュ……オルヴァに買ってもらったキーホルダー、その鞄に付けたのか」

 それも、他にもジャラジャラとキーホルダーがあるところに。
 一番上に付けているのはミラーシュなりにこれは特別だという証なのか、あるいは単に一番新しいキーホルダーだから一番上にあるのか。いずれにせよ、なんだろう。俺の価値観だと、その他大勢と扱いが変わらないように見えてしまう。

「え、うん。だって、学生鞄には付けられないでしょ」
「そうだけど……あれだけ喜んでいたのに、他のキーホルダーと一緒かよ」
「キーホルダーなんだから、付けないと意味ないじゃん。それにもちろん、オルヴァさんからもらったキーホルダーは特別だよ?」

 俺は考え込んだ。うーん……ミラーシュが嘘をついているとは思わないから、実際オルヴァに買ってもらったキーホルダーは特別なんだろうと思う。でも、それなら他のキーホルダーと一緒くたにすべきじゃないんじゃ。
 それとも、俺の価値観がおかしいのか?

「……他のキーホルダーって自分で買ったやつ?」
「ううん。友達とお揃いで買ったもの」

 マジか。友達とお揃いのキーホルダーの中に、好きな相手からもらったキーホルダーまで混ぜて付けているのか。
 価値観の違いといったらそれまでだけど……なーんか、嫌な予感がするんだよな。これを見たオルヴァはどう思うんだろうって。オルヴァもミラーシュみたいな陽キャなら気にしないかもしれないけど……あいつ、どう考えても陽キャではないよなぁ。

「特別なものなら、特別に扱っていた方がいいんじゃないのか?」
「ちゃんと丁寧に扱ってるよ。もうっ、急に口うるさくなって。いいから、早く行こっ」

 俺の助言には聞く耳を持たず、ミラーシュはさっさと階段を下りていってしまう。
 口うるさいってミラーシュには言われたくないんだけど……まぁ、心配のしすぎかな。オルヴァならいちいち気にしないかも。
 俺も後を追いかけて一階に下りた。ばあやにしばしの別れを告げ、ハリス副騎士団長に護衛されながら、貴族学校の寮へ向かう。広い敷地の前で、今度はハリス副騎士団長とお別れだ。

「これまでありがとうございました、ハリス副騎士団長」
「いえいえ。楽しい時間を過ごせましたよ」

 お礼を伝える俺の隣で、ミラーシュもにこりと言う。

「これからもお仕事頑張って下さいね」
「はい。セラフィル様もミラーシュ様もよい学校生活を。では」

 立ち去っていくハリス副騎士団長を見送って、俺とミラーシュも寮に入る。すると、他の生徒たちもそれぞれの実家から戻ってきていて、ラウンジは歓談の場と化して混み合っていた。
 俺もミラーシュも友人の姿を見つけたので挨拶をしつつ、寮であてがわれた二人部屋に足を向ける。――と。

「あ! フリス君、久しぶり」

 本当に久しぶりに見るフリス君だ。ミラーシュは振られたという話にも関わらず、笑顔で声をかけている。気を遣ったわけじゃなくて、もう眼中にないってことだろう。多分。

「二学期もよろしくね」
「あー、うん」

 フリス君はフリス君で生返事。こっちもミラーシュに興味がなさげだ。そそくさとミラーシュの横を通り過ぎようとしたけど、それよりも先にミラーシュがその場を離れた。
 というのも。

「オルヴァさん!」

 オルヴァも寮に戻ってきたからだ。もはや、語尾にハートマークが見える。
 しかし、よく気付いたな。俺からしたら、生徒たちの中に完全に埋もれていたけど。これが恋愛パワーのなせるわざか。
 いち早く駆けつけたミラーシュに、オルヴァは淡々と挨拶をする。

「おはようございます。二学期もよろしくお願いします」
「うん! 一緒に楽しもうね」

 ミラーシュ……オルヴァは、国王陛下の命令で潜入しているだけなんだから。そう言われても困るだろ。
 実際、オルヴァは是とも否とも言わない。ただ、「では、失礼します」とだけ返して先へ進もうとした。――が、ふと眼鏡の奥にある瞳が、ミラーシュの鞄に付けているキーホルダーたちを捉えた。

「それ……」
「あ、オルヴァさんからもらったキーホルダー、大切に付けてるよ。買ってくれてありがとう」
「………随分とたくさんありますね、他にも」
「うん。他のキーホルダーは友達のみんなとお揃いのものなんだ」

 押し黙るオルヴァに、俺は内心ぎくり。あれ、やっぱり気にしたのか?
 はらはらしながら二人の会話を見守っていると、だけどオルヴァは「そうですか」とあっさりと相槌を打つだけだった。どうも思っていなさそうな表情で、スタスタと歩き出す。
 俺はほっと胸を撫で下ろした。ふう、修羅場になるかと思った。でも、そうだよな。渋々と買ってやったキーホルダーなんだろうし、気にするわけがなかったか。よかった。
 と、思っていたら。

「待って、オルヴァさん!」

 俺たちの横を通り過ぎたオルヴァの服の袖を、ミラーシュが掴んで引き止めた。その表情はなんだか不安そうなものだ。

「どうして怒ってるの?」

 ……え?
 俺はぽかんとしてオルヴァを見やる。表情はいつも通りだけど……え、怒っているのか?

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