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第三十六話 夏休み、再び王都へ6

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 ――そして翌日。
 王立騎士団の演習場へと足を運んだ俺たち。騎士なんて山のようにいるのに、ミラーシュはフェンス越しからオルヴァの姿を目ざとく捉えたみたいだ。

「カッコイイ……」

 またもや目がハートマーク。俺にはどこにいるのか分からないぞ。
 数十分ほど観戦していると、お昼休みに入るのか騎士たちは解散し始めた。ミラーシュはすかさず大声でオルヴァの名前を呼ぶ。片手をぶんぶんと振りながら。

「オルヴァさーん!」

 ミラーシュのよく通る高い声は、演習場に大きく響いた。
 俺がオルヴァの姿を捉えたのは近くまでやってきてからだけど、その表情は怪訝そうだ。そりゃあそうだよな。まさか、ミラーシュに惚れられたなんて夢にも思ってはいまい。

「ミラーシュ様……なんでしょう」

 フェンス越しに、ミラーシュは木の籠を掲げて見せた。

「これ、昨日のお礼。昼食の差し入れだよ」
「礼には及ばないと申したはずですが……それに量が多くありませんか」
「一緒に食べようと思って」
「……一緒に、ですか」

 表情自体が薄いから分かりにくいけど、面倒臭いって思っていそう。そういえば、オルヴァが貴族学校で誰かと一緒に楽しく昼食を食べるところなんて見たことがない。クラスで浮かないようになのか、広く浅く付き合っていたけど、基本的に群れていなかったな。
 ミラーシュ……一匹狼が好きなのか? フリス君ほど冷たくはないとはいえ、素のオルヴァも素っ気ないタイプだ。クール系イケメンの次は、ドライ系フツメン……うーん、どんどん表向きのスペックが落ちていっている感が。
 俺からも声をかけた。

「そういえばオルヴァ、眼鏡は?」
「あれは学生っぽく見せるための伊達眼鏡です。私の視力に問題はありません」

 なるほど、そうだったのか。
 まぁそれはどうでもいいとして。こいつは、ミラーシュの誘いを受けるんだろうか。
 気になって事の行く末を見守っていると。

「あちらにベンチがありますから、そこで待っていて下さい。帰りの荷物を持ってきますので、後から行きます」

 おっ、渋々といった感じだけど、一応は応じたぞ。やっぱり、根っからの悪い奴ではないのかもしれない。
 ミラーシュはぱっと顔を輝かせて、「うん!」と頷いた。上機嫌で指し示されたところへ向かうと、オルヴァの言う通りベンチがあったので、ミラーシュはそこに座る。
 ベンチは他にもいくつかあったため、俺とナドルも別のベンチに座った。ハリス副騎士団長は、俺たちの脇に直立で待機だ。
 ……って、あいつ、このまますっぽかすなんてことないだろうな。帰りの荷物を持ってくるなんて体のいい言い訳かも。
 なんてちょっと失礼なことを考えてしまったけど、それは杞憂だった。ほどなくして、本当に荷物を肩に提げたオルヴァがやってきたんだ。

「お待たせしました」

 荷物を脇に置き、ミラーシュの隣に腰を下ろす。
 ミラーシュは早速、木の籠を開けて卵サンドイッチを手渡した。練習の甲斐あって、綺麗な三角形の卵サンドイッチだ。

「はい。僕が作ったんだよ」
「ミラーシュ様が作ったんですか? メイドではなく」

 それには意外だったのか、僅かに目を丸くするオルヴァだ。卵サンドイッチを受け取って、一口かじりつく。

「どう?」
「侯爵令息が手作りしたものとしては上出来なのでは」
「おいしいってこと?」
「……そうですね」

 嬉しそうに笑うミラーシュの顔が、すっごく可愛い。兄バカと言われても、可愛いものは可愛い。そして幸せそうだ。
 ミラーシュを泣かせたら許せないという思いと、いやでもオルヴァとくっつかれても嫌だなぁという思いが俺の中でせめぎ合う。この恋を応援したらいいのかどうか分からない。
 フリス君の時は跡取りの貴族令息だし……と、なんとか納得させていたけど、相手が騎士となったら仮に結ばれたとしても、そのあとの生活が心配で。
 うー……俺はどうしたらいいんだ。

「可愛らしい弟君ですね」

 微笑ましそうに言うのは、ハリス副騎士団長だ。
 そうなんです。可愛い弟なんです。でもだからこそ、相手がオルヴァというのがなんとなく嫌なんです。……とは、言えないな。
 俺は「ありがとうございます」と曖昧に笑い、ひとまず、ばあやに作ってもらったお弁当を食べることにした。聞き耳を立てるのはあまりよくないと思って、ナドルやハリス副騎士団長との会話に集中しながら。

「ごちそうさまでした」

 やがて、オルヴァの食べ終えた挨拶が耳に入る。顔を上げて見やると、オルヴァは席を立っていた。地面に置いていた荷物を肩に提げている。

「お気遣いありがとうございました。では、夏休み明けに学校でまた」

 ミラーシュの気持ちに気付いているのか、いないのか。さりげなく、次に会うのは貴族学校で、と牽制するようなことを言う。それまで会う気はないと。
 颯爽と立ち去ろうとするオルヴァを、

「待って下さい」

 呼び止めたのは、なんといつの間にか席を立っていたナドルだ。その目は温厚なナドルにしては珍しく険しく、射抜くような視線をオルヴァに向けている。
 ん? ナドル? どうしたんだ。ミラーシュへの態度が気に食わなかったのか?
 などという、俺の頓珍漢な考えではなく。

「僕と勝負して下さい。僕が勝ったら、――セラ兄上を泣かせたことを、セラ兄上に誠心誠意を込めて謝罪し、護衛騎士団長の件も辞退してもらえませんか」

 俺は息を呑んだ。ナドルの目を見ると、本気で言っているのが分かる。
 賢いナドルだ。実家でミラーシュがこぼした情報と、昨日の俺とオルヴァのやりとりの情報を統合して、だいたいの事情を察してしまったということらしい。迂闊だった。

「昨日、ミラ兄上のことを助けていただいたことには感謝していますが、あなたの立場ならあの場でミラ兄上を助けに行くのはおかしいです。あなたにセラ兄上のことは任せられません」

 ぐうの音も出ない正論だな。もっとも俺は、分かっていて利用したわけだけど……ナドルから見たら、許しがたく信じられない行動なんだろう。

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