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第三十四話 夏休み、再び王都へ4

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 って、それはどうでもよくて。

「オルヴァ……なんでここに」
「一般区で休息をとっていたら、あなた方のお姿を見かけたもので。状況はおおむね理解できました。タウンハウスまでお送りします」

 地面に落ちたメモを拾い上げながら言うオルヴァに、俺は「は!?」とつい大声が出た。タウンハウスまで俺たちを送るって……ミラーシュは? 助けに行かないのかよ!?
 俺の不満の声を察したのか、オルヴァは淡々と続ける。

「ミラーシュ様の件は、そのあとにすぐ騎士団へ伝えますので。ガドー侯爵令息の誘拐事件ともなれば、すぐに動いてくれるでしょう」
「ちょっと待てよ! お前なら今、ミラーシュを追いかけられるだろ!?」
「セラフィル様を安全な場所へ送り届ける方が先です」

 そういえば、こいつも俺の護衛を担当しているんだった。
 なら、ナドルを行かせるか? でもよくよく考えたら、敵の本拠地に何人仲間がいるかも分からない。ナドル一人で行かせるのは不安だし、何よりもナドルまで危険な目に遭わせたくない。オルヴァなら構わないってわけでもないけど、正規の騎士だから信頼できるというか。
 どうする。どうすればいい。オルヴァを動かせる手札といったら――。
 俺はぼそりと呟いた。

「……握りつぶすぞ。お前の出世話」

 オルヴァが怪訝な顔で俺を見やる。

「どういう意味でしょう」
「やっぱりタクトス殿下に伝える。護衛騎士団長の座を再考してもらうよう、陛下にお願いしてくれって。俺を泣かせた話を聞いたら、陛下も考えを改めるかもしれない」
「………」
「それが嫌だったら、今すぐミラーシュを助けてこい。助けてきてくれたら、俺の護衛騎士団長にお前を選ぶって約束してやる」

 一般的な騎士ならこんな取引には応じないだろうけど、相手はオルヴァだ。出世話に貪欲なようだし、応じるはず。
 実際、オルヴァはしばし沈黙したのち、身を翻した。

「言質はとりましたからね。……必ず、ミラーシュ様をタウンハウスまで送り届けます」

 そう言って、ミラーシュが消えた方角へ駆けていく。
 よし。あいつの腕っぷしを信じて、俺たちはタウンハウスへ戻ろう。




 そのあと、俺たち二人は何事もなくタウンハウスに戻った。出迎えてくれたばあやと三人で広間に集まり、ミラーシュの帰還を待つ。
 ミラーシュ……大丈夫かな。泣いていないかな。俺も剣技が強かったら、直接助けに行ってやれたのに。無力な自分が歯がゆい。
 時計の針が動く音が室内にいやに大きく響く。三十分、一時間、と時間だけが過ぎていく。
 テーブルの上で指を組み、目を閉じている俺の耳に、やがて玄関の呼び鈴の音が届いた。はっとして顔を上げる。急いで玄関口へと走った。
 扉を開けると、そこにはミラーシュを背負ったオルヴァが立っており、「約束通り、送り届けにきましたよ」と淡々とした口調で言った。

「中までお運びしますので、入ってもよろしいでしょうか」
「も、もちろんだ。奥の広間まで運んでくれ」

 横を通り過ぎていくオルヴァの背中にいるミラーシュを見やる。よほど怖かったのか、ぼーっとした顔をしている。背負われているのも、足腰が立たないからだろう。
 でも、とにかく無事に帰ってきてよかった。

「ミラ兄上!」
「ご無事でようございました、ミラーシュ坊ちゃん」

 俺の後ろに続いてきたナドルとばあやも、心からほっとした顔。
 広間のソファーに、オルヴァはミラーシュを下ろした。ちょこんとソファーに座るミラーシュの表情は、やっぱりぼーっとしている。だ、大丈夫か?

「では、私はこれで」

 あっさりと立ち去ろうとするオルヴァの背中に、俺はお礼の言葉を投げかけた。

「ミラーシュを助けてくれてありがとう、オルヴァ」
「約束を守っていただけるのなら、礼には及びません」

 素っ気なく応え、オルヴァは颯爽とタウンハウスを後にした。
 俺はミラーシュの目の前に片膝をついて、ミラーシュの両肩をぐっと掴む。整った顔を下から覗き込みながら、揺さぶる。

「ミラーシュ、しっかりしろ。もう大丈夫だから」
「…………た」

 ん? なんだ?
 ぼーっとしていたミラーシュの瞳が、キラキラと輝きを取り戻していく。

「真実の愛を見つけた」

 ……なんか、前世で聞いたことのあるフレーズだな。
 っていうか、急にどうしたんだ。怖い思いをしたから、呆けていたんじゃないのか?
 戸惑う俺たちに対し、ミラーシュはソファーから勢いよく立ち上がった。祈るような手のポーズをとり、天井を見上げながら声を大きくした。

「僕、オルヴァさんのお婿さんになる!」

 おそらく、その場の三人ともが呆気に取られたと思う。
 オルヴァの婿になる? え、要するにオルヴァに恋したってこと? ――はぁああああ!?

「お、落ち着けよ。はは、何をバカなこと言ってるんだ。ミラーシュはフリス君のことが好きだったはずだろ」
「それはもう終わった恋。僕、夏休み前に振られているから」

 さらりとした暴露に俺は息を呑む。

「え……そ、そうだったのか? いやでも、諦めているそぶりなんてなかったじゃん」
「まだまだ頑張ろうと思っていたけど、しつこい男は嫌われるって言うし。僕はもう新しい恋に生きる!」

 宣言するミラーシュに、なおも食い下がった。

「あ、新しい恋に生きるのはいいけど、オルヴァはやめておいた方が……」

 根っからの悪い奴ではないだろうけど、どう考えても問題ありの騎士だぞ。
 それに騎士といったら、男爵位を授けられているけど一代限りのもので領地もない。かろうじて貴族の末端という位置づけでしかなく、その生活は平民に近い。
 蝶よ花よと育てられたミラーシュにその現実を受け入れられるのか? どう考えても、苦労するのが目に見えているんだけど……。
 心からの助言なのに、ミラーシュは聞く耳を持たず。
 俺は内心頭を抱えた。どうしよう。地方伯爵令息の次は、騎士に恋してしまった。元々は隣国の王太子とくっつくはずだったのに。
 俺は……ミラーシュに関して、また選択を間違えてしまったんだろうか。

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