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第三十二話 夏休み、再び王都へ2

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 と、思ったら。すかさず、俺の手を握るタクトス。隙あらば、イチャつこうとしてくるよなぁ。その気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり公衆の面前では控えてもらいたいよ。

「あ、あの、タクトス殿下。ここで手を繋ぐのは、はず……」
「父にはね、歩行障害が残ってしまったんだ」

 長い廊下を歩きながら、ぽつりとこぼすタクトスに俺はぽかんするほかない。言おうとしていたことも忘れて、タクトスの横顔を見つめた。

「……熱中症の後遺症、ですか」
「ああ。それにどうも認知機能にも影響が残ったように俺は思う」

 そういえば、俺が名乗ってすぐあとでも俺の名前を忘れていたな。あれってド忘れじゃなくて、脳に障害が残った影響かもしれないってことか?

「本人は国王業を続けるつもりのようだけど……なんだか心配でね。無理をして体調が悪化しなければいいんだが」
「………」

 俺は何も言えなかった。何も言えない。
 実はここまでくる道中で、思い出したことがある。以前、タクトスに「来年は同じクラスがいいね」なんて言われて、でもその時の俺はどうせ婚約破棄されるんだから無関係の話だと聞き流したけど、――タクトスは来春には国王に即位するはずなんだ。くだんのBL小説通りに進んだら、今冬に現国王陛下が崩御して。
 現国王陛下の死因までは分からないけど、熱中症の後遺症が関係している可能性は否定できない。もっと早くに思い出していたら、未来を変えられたかもしれないのに。
 ごめん、タクトス。
 心の中で詫びる俺に対し、タクトスははっとした顔をした。

「すまない。こんな重苦しい話を打ち明けて。せっかく、セラフィルと一緒にいるのに」
「いえ。タクトス殿下もご無理なさらないで下さい。お身内を心配するのは当然の感情です。俺には本音をおっしゃっていいんですよ。気の利いたことは言えませんが、俺は……タクトス殿下の婚約者なんですから」

 そうだ。こういう時こそ、相手に寄り添って支えないと。それくらいのことしか俺にはできない。

「セラフィル……ありがとう」

 タクトスは優しげに微笑み、また俺をぎゅっと抱き締める。あ、いや、だからこんなところでスキンシップは遠慮したいんだけど。
 しばしハグをして、解放されたらまた手を繋いで。リニジア城内の出入り口のところまで送り届けてもらった。

「しばらくはタウンハウスに滞在するんだったか。護衛は連れてきた?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。確かミラーシュや義弟のナドル君も一緒という話だったね。二人にもよろしく伝えておいてくれ」

 短い時間だったけど、今日は逢瀬にきたわけじゃないから、ここでお別れ。俺は外に出て長い階段を下りていき、下で待っているミラーシュとナドルの下へ戻った。

「お待たせ、二人とも」

 声をかけると、俺を振り返った二人とも気遣わしげな表情だ。

「国王陛下のご様子は大丈夫だった?」
「ああ。もう政務をこなしているっていう話だった。それとタクトス殿下が、二人によろしく伝えておいてくれって」

 後遺症のことを俺に口から迂闊に話すわけにはいかない。歩行障害に関しては、いずれ噂が耳に届くかもしれないけど。
 政務をこなしているって聞いたら、体調になんの問題もないと二人は解釈したみたいだ。二人ともほっとした顔で、「よかった」と呟いた。

「タクトス殿下はお元気そうだったの?」
「変わりなかったよ」
「ふうん。きっと、城内を手を繋いで仲良く闊歩したんだろうね」
「!?」

 な、なんで分かったんだ!
 図星を指された俺の焦る表情を見て、ミラーシュは「だって、分かりやすいんだもん」と聞いてもいないのに回答。うっ……た、確かにタクトスの愛情表現はまめでストレートな分、分かりやすいかも。見ている側からはより一層。

「……そんなにお仲がよろしいんですか。セラ兄上たちは」
「うん。体育祭なんて、みんなの前で兄上からタクトス殿下にキスしたからね」

 大いに誤解を招きそうなミラーシュの暴露に、俺は慌てふためいた。

「ほ、ほっぺにだよ! それにあれは褒賞であって……!」
「それ以外でも隙あらばイチャイチャしてるじゃん、兄上たち。第二夫人の座すら難しそうだなぁってオメガの子たちはみんな諦めてるよ」
「そ、そうなのか……?」

 タクトスに第二夫人ができても嫌だけど、でも諦めるくらいイチャイチャしているところを目撃されているっていうのは、ちょっと嫌だ……。っていうか、恥ずかしすぎる。
 二学期が始まったら、どんな顔をして登校すればいいんだろう。

「あーあ、兄上たちはラブラブで羨ましいなぁ。ね、ナドル」
「……そう、ですね」

 ん? なんだか、ナドルの表情が曇っている。どうしたんだろう。
 声をかけようとしたけど、その前にミラーシュが「心配しなくても、ナドルならいい子が見つかるよ」とナドルの背中を軽く叩いた。あ、なるほど。謙虚なナドルだ。自分にも将来いい相手が見つかるかどうか不安だったんだな。

「ミラーシュの言う通りだ。ナドルなら大丈夫だって」

 俺も安心させるように言ったけど、ナドルは曖昧に笑うだけだった。

「それよりも、セラ兄上。タクトス殿下とは、次にいつお会いになられるんですか」
「明後日。遅くなったけど、誕生日プレゼントを交換する予定だよ」

 誕生日プレゼント、と聞いて食いつくのはミラーシュだ。

「何をプレゼントするの?」
「卵サンドイッチを作って渡そうかなって思ってる」

 俺の卵サンドイッチを気に入ってくれているタクトスだから、喜んでくれるだろう。
 そう思ったんだけど、ミラーシュは美しい目を大きく見開いた。

「ええ!? 誕生日プレゼントなのに!?」
「そうだけど、何かおかしいのか?」
「おかしいよ! 卵サンドイッチなんて食べちゃったら無くなっちゃうじゃん! お財布とかお揃いのキーホルダーとか、手元に残る物の方が絶対いいよ!」
「手元に残る物って、相手の好みがあるだろ。食べ物の方が無難だと思うけど」

 おかしいとまで言われるのは心外すぎる。
 一番いいのは現金だけど、それだとさすがに品がない上にムードぶち壊しだから。商品券が存在するんなら、それでもよかったけどないからな。
 と、俺の考えを説明すると、ミラーシュは信じられないといった顔。ナドルはそこまで露骨じゃないけど、でも微妙そうな表情だ。あれ、俺の考えって変なのか?

「そんなの絶対にダメ! 何かちゃんと手元に残るプレゼントを買おう!」

 握り拳を作って主張するミラーシュに、俺は眉根を寄せる。

「なんでミラーシュに口を挟まれなきゃならないんだよ」
「じゃあ聞くけど、兄上はタクトス殿下からお財布とかもらったとして、趣味じゃないから迷惑だとか嫌だとか思うの?」
「それは……別に思わないけど」
「タクトス殿下だってそれは一緒だよ! 恋人なんだから変な遠慮しないで、贈りたい物を贈ればいいんだよ!」

 ミラーシュの諭すような力説に、ナドルも頷く。

「そうですね。セラ兄上から何かもらって嬉しくないわけがありません。卵サンドイッチはおまけにして渡したらどうでしょうか」

 うーん……ナドルもミラーシュと同意見なのか。まぁ、確かに卵サンドイッチだけだと物足りないかなぁとは思っていたんだけど。
 二人に根負けしたこともあって、俺は素直に意見を聞き入れることにした。

「……分かったよ。商店街で何か買うよ」

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