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第三十一話 夏休み、再び王都へ1

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 ――というわけで。
 また十日ほどかけ、俺たちは王都に到着。ひとまず、ガドー侯爵家所有のタウンハウスに行くと、事前に父上から手紙で話を聞いていた年嵩のメイドが出迎えてくれた。まだ五十路過ぎだけど、この世界の平均寿命は六十歳くらいだから、俺たちは『ばあや』と呼んでいる。
 ミラーシュがいち早く駆け寄って、ばあやに抱きついた。

「ばあや、久しぶり!」
「ふふ、お待ちしていました。みなさまにお会いできてうれしゅうございます」

 恭しく応えるばあやは、長くガドー侯爵家に仕えてくれているメイドだ。昔はガドー侯爵邸でメイド長としてバリバリ辣腕を振るっていたけど、数年前からこのタウンハウスの維持管理を父上から任されている。父上なりにこれまでの労をねぎらってのことだろうと思う。

「俺たちも会えて嬉しいよ。ばあやも元気にしていたか?」
「はい。この通り、ピンピンしておりますとも」

 口元に深いシワを作って、快活に笑むばあや。ばあやにいつまでも抱きついているミラーシュを俺はそっと引き離しながら、笑い返した。

「父上から聞いていると思うけど、しばらくお世話になるから。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 積もる話はあるけど、まずは二階にあるそれぞれの部屋に入って荷解き。荷解きを終えたあとは一階の食堂でばあやが作ってくれた夕食をいただきながら、四人で歓談。ばあやも一緒に食べても全然構わないんだけど、本人が「立場はわきまえませんと」と固辞。
 立場、か。前世では基本的に誰とでも気軽に接していたから、一線を引かれるというのが寂しい感覚はある。今世の人格が、それは仕方のないことだと言うけども。
 王侯貴族と平民の間には、大きく隔たりがある世界だよなぁ。

「まあ、ミラーシュ坊ちゃんに初恋の方が?」
「うん! 子どもを産んだら、ばあやにも顔を見せるから待っててね」

 ……おいおい。まだ両想いにもなっていないのに、交際や結婚をすっ飛ばしてもう子どもを授かる妄想をしているのか。お花畑脳というのか、なんというのか。
 ナドルも苦笑気味だ。

「ミラ兄上……まずは、お付き合いすることを目指さないと」
「わ、分かってるよ。でも、明るい未来を想像することも大切でしょ。ね、兄上」

 同意を求められても、返答に困る。ポジティブなのはいいけど……なんだろう。恋に恋している感が否めない。初恋で舞い上がっているのかな。うーん。

「……ミラーシュ。フリス君のどこが好きなんだ?」

 すっごい今さらだけど、そういえば具体的に聞いたことがなかった。
 ミラーシュは面食らった顔だ。

「え? えっと、カッコイイし、群れない感じが大人っぽくて素敵だなって」
「カッコイイって顔が?」
「うん」

 まさかの面食い。確かにイケメンだったけども。
 呆気に取られる俺とナドルに対し、ばあやは優しく諭すように言った。

「顔の好みは人それぞれあるかもしれませんね。ですが、群れないことが大人だとは限りませんよ、ミラーシュ坊ちゃん。単なる横柄で幼稚な子どもの場合もあります」

 おお、よくぞ言ってくれた、ばあや。
 フリス君が前者なのか後者なのかは分からないけど、恋に盲目すぎても危険だ。相手が本当に自分を大切にしてくれる相手かどうかを、しっかりと見極めないと。

「フリス君はいい人だもん」
「ふふ、それならばよろしいのですが。ミラーシュ坊ちゃんのお子のご尊顔を、ばあやも早く見たいものです」

 そんなやりとりがありつつ、夕食の時間を終えて。入浴したあとは、三人とも長い旅疲れがあったんだろう。それぞれの部屋で早めに就寝した。
 そして翌日――。

「セラフィル! きてくれてありがとう」

 リニジア城へ行くと、タクトスが迎え入れてくれた。事前に手紙で伝えてあったからだ。
 会うなり、タクトスは俺をハグ。ミラーシュとナドルはリニジア城前に待機させているからこの場にいないとはいえ、騎士や文官が行き交う城内だ。ひ、人目があって恥ずかしい……!

「お、お久しぶりです。タクトス殿下はお元気そうで」
「ああ。俺は変わりないよ。セラフィルも元気にしていたか?」

 ようやくハグから解放されて、俺はほっとした。まだ心臓がバクバクいっているけど。

「はい。俺も元気にしていました」
「それならよかった。しばらく会えなくて寂しかったら、顔を見られて嬉しい。……と、今日は父の見舞いにきてくれたんだよね。本当にありがとう。父はこっちだ」

 タクトスは俺の手を引こうとした、けど。俺の両手はお見舞いの花束で塞がっているから、手を繋ぐことができず。ちょっぴり残念そうな顔をしていた。
 俺は……ほっとしたのが半分、残念なのが半分といったところ。手を繋いでもらえるのは嬉しいけど、人前でイチャイチャできるほど恋愛偏差値は高くないから……。

「陛下のお体の具合はどうですか」
「大丈夫、命に別条はないよ。今日も政務をこなしておられるし」

 ふむ。政務をこなせているのなら、症状は重くなかったのかな……? いやでも、『命に別条はない』って引っかかる言い回しのような気もする。咄嗟に嘘をつけなかっただけで、なんだかまるで他には症状があるみたいに聞こえるというか。
 気になりつつ、タクトスのあとについていくと、国王陛下の執務室へ案内された。

「父上、俺です。セラフィルを連れて参りました」

 タクトスが扉をノックしてそう伝えると、「おお、入れ」と柔らかい声が中から響く。許可を得てタクトスが扉を開けると、そこには寝台に横たわっている国王陛下の姿が見えた。
 え……寝台に横になったまま、政務をしているのか? 実はまだ療養していた方がいい状態なんじゃ。

「失礼します」
「し、失礼します」

 タクトスの後ろに続いて、俺も入室。あまりキョロキョロするのは不躾だけど、飾り気のない質素な部屋だな。かろうじて、窓際に置かれた花瓶に飾られたお花があるくらい。

「セラフィル・ガドーです。熱中症でお倒れになられたとのことで、家族でみな驚きました。お加減はいかがでしょうか」

 声をかけると、国王陛下は優しく笑んだ。

「横になったままで失礼。足労をかけた。きてくれてありがとう。セ……ええと」
「セラフィルです。父上」

 どうやら俺の名前をド忘れたしたらしい国王陛下に、タクトスがそっと耳元に囁く。それを聞いた国王陛下は、「そうだ、そうだ。セラフィル君だったな」と破顔した。

「本当にありがとう。私のことなら心配無用。もう大丈夫だ」
「それでしたらよろしゅうございました。ですが、ご無理は禁物です。お大事になさって下さい。それから、こちらよろしければどうぞ」

 俺は花束をそっと差し出す。国王陛下は嬉しそうに花束を受け取ってくれた。
 あんまり長居をしては気を遣うだろうし、政務の邪魔をするわけにもいかない。俺は花束を渡してすぐ、タクトスと執務室を退出した。

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