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第二十九話 夏休み、実家に帰省2
しおりを挟む荷解きを終え、広間に向かおうと自室を出ると、ミラーシュとナドルが廊下で待っていてくれた。三人でぞろぞろと廊下を進み、階段を下りようとした時のことだ。
「ん? お前、きていたのか」
階段の手すりを磨く『とある人物』を見つけ、俺は声をかける。相手はビクッと体を震わせ、そろりと俺たち三人を振り返った。
その顔を見た瞬間、ミラーシュがぎょっとした顔で指差す。
「ああっ! シェスナじゃん! なんでうちに!?」
――そう。『とある人物』とはシェスナのこと。ポンコツ元悪役令息だ。
「兄上、どういうこと!?」
「働き口を斡旋したって言っていただろ」
「それは聞いていたけど、まさか働き口ってうちのことなの!?」
「他にどこを斡旋しろって言うんだよ」
シェスナが貴族学校を去る際、俺がしたためて渡した書状。それはシェスナの身元を保証するからうちで雇ってもらえないかっていう両親への手紙だったんだ。
ミラーシュはにわかには信じられないといった顔で、ギャーギャー喚く。
「兄上は人がよすぎます! こいつは兄上を泣かせた奴なのに!」
「俺を泣かせたのは、実質的にオルヴァだろ」
陥れようと画策したのは確かにシェスナとはいえ、実行する運びとなったのはオルヴァの意向だ。俺からしたら、シェスナはただ不用品を処分してくれたポンコツでしかない。
そんな俺たちのやりとりを聞いたナドルが、「セラ兄上、泣かされたんですか!?」と仰天した様子で口を挟んだ。
「どういうことですか! 貴族学校で何があったんです!」
やけに食いつくナドルだ。あまりの勢いに俺は押されてしまって、どう誤魔化して宥めようかと考えている間に、代わりにミラーシュが暴露してしまった。
「こいつは、兄上に嫌がらせや、兄上を陥れようと画策して貴族学校を退学した奴だよ。タクトス殿下が配下の人に指示を出して証拠を掴んだからなんだけど……ええと、その配下の人がオルヴァさんっていう騎士で、ちょっと兄上の人となりを確認したいからって怖い思いをさせたものだから、兄上が泣いちゃったの」
「ちょ…っ……ミラーシュ! 勝手に話したらダメだろ!」
ナドルは面白半分で言い触らすような子じゃないし、そもそもまだ貴族学校の生徒じゃないからオルヴァの正体がバレることはないと思うけど、でも身内だからってバラすなよ。
ナドルは怪訝な表情だ。
「怖い思いをさせたって……騎士がどうして兄上を試すような真似を」
「将来、兄上の護衛き……もがっ」
俺は慌ててミラーシュの口元を手で塞ぐ。まったく、ベラベラとお喋りして。
「いい加減にしろ、ミラーシュ」
ぽかっと頭を軽く叩くと、ミラーシュは「だってー」と言い訳をしながらも、ようやく口を引き結んだ。ナドルはまだ事情を詳しく聞きたそうだったものの、これ以上は情報を引き出せないと察したのか、食い下がることはなく。
バツの悪そうなシェスナには「きりきり働けよ」と言い置いて、俺たち三人は今度こそ階段を下りて広間へ向かう。すると、そこには両親がいて、家族五人分のアイスティーもテーブルの上に並んでいた。俺たち三人は黒革のソファーに並び座る。
久しぶりの家族団欒。話題はもっぱら貴族学校のこと。「学校生活には慣れた?」と問う父さんに、「うん、楽しいよ」とはつらつと答えるのはミラーシュだ。
「それでね、僕、好きな人ができたんだ」
「おお! それはよかったな。相手はどんな子だ?」
食いつくのは父上。ミラーシュの幸せを願っているのもあると思うけど、もしかしたら縁を結ぶかもしれない家柄について侯爵として気になるんだろう。
「レビド地方伯爵令息のフリス君。すっごく素敵な人なんだ!」
「ほう、レビド地方伯爵のところの……セラフィル、お前は会ったことがあるのか」
父上に話を振られて、俺は頷いた。
「あるよ」
「お前から見てどんな子だ」
「うーん……クール系イケメン?」
そう答えるほかない。愛想が悪くて第一印象は最悪だったなんて、ミラーシュの前では言えないよ。あくまで俺の価値観とはいえ。
「ふむ、そうか。跡取りだろうから、婿に行くことになるな。まぁ、うちにはナドルがいるから、婿にいっても全く問題はない。安心して恋愛を楽しむといい、ミラーシュ」
「うん!」
……最初からミラーシュは、この家の跡目について気にしている様子はなかったけどな。
よくよく考えたら、長男の俺がタクトスと婚約しているのに、自分が家を継がなきゃいけないっていう葛藤を抱えている様子が微塵もなかった子だ。ナドルがいるとはいえ、実子の自分が……とはならないのが、俺には不思議かも。
ミラーシュも、くだんのBL小説のキャラとは結構ズレて育った感じ。多分、くだんのBL小説内では、未来の王婿だからと両親に厳しく躾けられていたんだろう。それがこの世界線ではのびのびと育てられて、家を継ごうが継ぐまいがどっちでもいいよっていう父上のスタンスもあって、自由奔放に育ったということなのかもしれない。
グイーデルト殿下に見向きもしないのも、その辺りが関係しているのかもなぁ。ミラーシュが幸せにさえなってくれたらそれでいいけど、結婚相手の先行きが見えないのがお兄ちゃんとしてちょっと心配。フリス君は今のところミラーシュに気がないみたいだし。
ミラーシュも、一体誰と結ばれるんだろう。
気にはなるけど、考えても仕方のないことでもある。俺は思考を打ち切って、隣にいるナドルに顔を向けた。
「ナドルは、家を継ぐことに問題はないのか?」
当たり前のようにナドルに継いでもらおうとしている両親だけど、ナドルにだって将来の夢や希望があるはずだ。本来なら俺が家を継ぐはずだったわけだから、その役目を押し付ける羽目になりそうで申し訳ない。
引け目を感じる俺だけど、ナドルは即答した。
「僕にとっては大変光栄なことです。よき領主になれるよう尽力します」
「でも、実は騎士になりたいとか……」
「いえ。僕に剣術の才能はさしてありませんし、正直戦うのは苦手ですから。他になりたい職業も思いつきません。ですから、ぜひ育てていただいている恩返しができたらと」
にこやかに言うナドルが、嘘をついているようには見えない。オメガなら跡目を継がなくても貴族夫人として婿の引く手があまただけど、ベータのナドルは家督を継げた方がいいと言えばいいのか。確かに平和主義者のナドルは騎士には向いてなさそう。
しかし、くだんのBL小説とは大分シナリオが変わってしまった。特にグイーデルト殿下には、どんなに謝っても謝り足りないというか……どうか、早くいい人が現れますように。
って、俺も人のことばかり考えていないで、タクトスの伴侶にふさわしい男になれるように頑張らないと。これからは、『目指せ、王太子婿ルート』だ。
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