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第二十八話 夏休み、実家に帰省1

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「ではね。気を付けて帰るんだよ、二人とも」

 荷物を抱えた俺とミラーシュにタクトスが穏やかに笑む。
 ――シェスナの一件から早一ヶ月ほど過ぎた。
 期末試験を無事に終え、貴族学校は二ヶ月間の夏休みに入る。それでこれから、俺とミラーシュはガドー侯爵邸に帰省するんだ。

「あとから俺も顔を出すが。ご両親によろしく伝えておいてくれ」
「はい。タクトス殿下も我が家にお越しになる際は、お気を付け下さい」

 寮の前に、迎えの馬車がゆっくりとやってきて停車した。ミラーシュは「失礼します、タクトス殿下」と挨拶をしてから先に馬車に乗り込み、俺もその後ろに続こうとして。

「セラフィル」

 腕を引かれたと思ったら、背後から抱き締められた。
 俺は顔を真っ赤にして困惑だ。えっ、ちょっ、なに!? 他に生徒もいるんだけど!?

「タ、タクトス殿下……?」
「しばらく会えなくなるから、それを耐えるためのハグだよ。セラフィルエネルギーを備蓄しておく」

 セラフィルエネルギーって……なんだ、それ。要するに、俺と会えなくなるのは寂しいってこと? ううっ……その気持ちは素直に嬉しいけど、こんなに大勢の生徒の前でやめてくれよ。恥ずかしいだろ。
 かといって突き飛ばすわけにもいかず、されるままでいるしかない俺。たっぷりと抱擁されてから、ようやく解放された。実際には数分くらいの時間だったと思うけど、体感時間はもっとすごく長かった。やれやれだ。

「で、では、失礼しますね」

 ぎこちない足取りで、俺も馬車に乗り込む。馬のいななきとともにゆっくりと動き出した馬車の中から、俺とミラーシュを見送るタクトスに手を振る。
 少しずつタクトスの姿が小さくなっていき、やがて完全に見えなくなった。俺たちは馬車の中で一息をつく。

「ラブラブだねえ、兄上とタクトス殿下」

 悪戯っぽく笑うミラーシュに、俺は「うっ」となった。

「そ、そうか?」
「あんなにイチャイチャしておいて、何言っているの。タクトス殿下からすっごく愛されているよね、兄上は」

 タクトスから愛されている。あれだけ愛情表現がまめでストレートだと、確かに愛されている実感はあるし、不安になることもないけど……でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「そ、そういうミラーシュは、フリス君とどうなんだよ」

 ここのところ、期末試験があったせいか、あまり猛アタック報告を聞いていない。一緒に昼食は食べているようだったけど、何か進展はあったのかな。

「僕は……ええと、二学期からまた頑張る」

 ということは、両想いにはまだなっていないのか。ミラーシュみたいな超絶可愛い子から猛アプローチされても落ちないなんて、信じられないな。フリス君って案外、硬派なのか? それとも、ただ単にクール系イケメンらしく恋愛に興味ないだけ?
 クラスが違うから分からないけど、長期戦になりそうな雰囲気だ。
 そんな他愛のないことを話しながら馬車に揺られること、十日ほど。馬車はようやくガドー侯爵邸に到着した。久しぶりの我が家だ。俺もミラーシュもいそいそと馬車から降りた。
 敷地に入って、ガドー侯爵邸までの道のりを歩いていたら――。

「うおっ!?」

 背中にものすごい勢いで何かが衝突してきた。俺は前のめりによろめいたけど、どうにかその場に踏ん張る。振り向くと、そこにいたのは。

「ハル!」
「ワォン!」

 ゴールデンレトリバーのハルが、嬉しそうな顔をしてお座りしていた。俺に体当たりをしてきたのは、ハルだったみたいだ。相変わらず、やんちゃな子だな。
 ミラーシュが地面にしゃがみ込んで、ハルの頭と顎をわしゃわしゃと撫で回す。ミラーシュもハルも嬉々とした様子で、見ていてほっこり。
 あ、ちなみにハルは別に放し飼いにしているわけじゃないんだ。ちゃんとリードはついているんだけど、持ち手のメイドを置き去りにしてきたらしく、少し離れた場所からメイドが慌てて追いかけてきている姿を確認した。ははっ、暴走犬なのも変わらない。
 ハルへの挨拶もそこそこに、俺とミラーシュはガドー侯爵邸に入った。玄関でずらりと並んだメイドたちが「おかえりなさいませ」と出迎えてくれて、さらに奥に進むと、嬉しそうな顔をした家族が待っていた。

「二人とも、おかえり」
「疲れたでしょう。今日はゆっくり休んで」

 父上と、父さん。俺とミラーシュは「「ただいま戻りました」」と挨拶。

「おかえりなさい。セラ兄上、ミラ兄上」

 そう声をかけてくれたのは、義弟のナドルだ。もう十四歳になったナドルは、絶賛成長期中なんだけど……あれ、俺たちともう身長が変わらないぞ。声も低くなったな。昔は内気で遠慮がちだったナドルも、優しさはそのままに逞しく成長しているよう。

「ただいま、ナドル。また、背が伸びた?」

 俺が声をかけると、ナドルが答えるより先にミラーシュが口を挟む。

「本当だ。僕たちと目線が一緒だ」
「成長期ですから」

 それにしたって、速度が速い。この分だとかなり長身になりそう。剣術の稽古を頑張っているのか、二の腕の筋肉もしっかりついているし、脱いだら細マッチョなのかもしれない。
 昔はナドルも天使のように可愛かったけど、これからどんどん男らしくなっていくんだろうな。それでナドルにも春がやってくるんだ。ナドルが選ぶ相手はどんな子なんだろう。
 ミラーシュもナドルも、これからきっとどんどん兄離れしていく。寂しいけど、健やかに成長しているのは喜ばしいことだ。俺も少しずつ弟離れしないとなぁ。
 などと考えながら、ひとまず俺とミラーシュは自室に戻って荷解きだ。王都には片道十日ほどだから、ガドー侯爵邸には逆算して一ヶ月間くらい滞在する予定。
 そしてその期間中にタクトスも我が家に顔を出してくれる。俺の婚約者として両親に挨拶したいっていうのと、あとは俺の誕生日を会ってお祝いしたいからって。
 そのタクトスも夏休み中に誕生日を迎えるから、俺も何かプレゼントを用意しておかないといけない。何をプレゼントしたらいいかな。
 とにかく、久しぶりの長期休暇だ。目一杯、楽しむぞ!

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