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第二十六話 いつか、その日がきたら1
しおりを挟むそしてシェスナの悪事が明るみになった、わけだけども。校内ではしばらく謹慎処分を受ける程度だろうと思いきや、なんと――。
「退学!?」
「はい。ゼブル公爵が絶縁の申し渡しをしたようでして。貴族の身ではなくなったので、もうここには通えませんでしょう。学校をやめて平民に戻るしかありません」
学校に登校してすぐ、話してくれたのはオルヴァだ。実は二十二歳というオルヴァなんだけど、大学生が高校生に紛れ込んでいるのだと考えると、なかなか絶妙な馴染み具合だよな。
しかし、絶縁か……。自分の息子とそんなあっさり縁を切るのかよ。
「ゼブル公爵、息子が悪事を働いたことがそんなに許せなかったのか? 更生の機会も与えないなんてひどくないか」
「ひどいのは確かですが、理由はおそらく違いますよ。――もう用済みになったから切り捨てたんでしょう」
俺は息を呑んだ。用済み。それってもしかして、そもそも家に迎え入れたのはタクトスの伴侶にさせることを狙っていただけで、それが叶わなくなったから縁を切った。そういうこと?
自分の息子なのに……なんだよ、それ。手駒としか思っていなかったのか。
「……シェスナはもう寮を出たのか?」
「そろそろここを去る頃だと思いますが。それがどうかし……セラフィル様?」
突然、ペンで書状をしたため始めた俺を、オルヴァは怪訝な目で見ている。だけど、俺は構わずに書状をしたためたのち、急いで教室を出た。
廊下を突っ切って校内を出て、寮の方へ向かう。すると、ちょうど荷物を抱えたシェスナが敷地から立ち去ろうとしているところだった。
「おい! ちょっと待てよ!」
弾む息を整えながら呼び止めると、シェスナは訝しげに振り向いた。が、相手が俺だと気付くと、舌打ちしてすぐ顔を逸らす。
「……なんですか。嘲笑いにでもきたんですか」
「俺をお前みたいな底意地悪い男扱いするな。これ、やるよ」
俺が突き出したのは、さっきしたためた書状。でも、まるで受け取る気配がないから、俺は地面に置き直した。
「行く当てがなかったら、ここへ行け」
一方的に言い放って、さっさと来た道を引き返す。シェスナの顏は見ない。
するとほどなくして、通行路にオルヴァが立っていて面食らった。って、俺の護衛を頼まれているんだから当然か。
「情けですか。随分とお人がよろしいようで」
「そんなんじゃない。近くで野垂れ死なれたら後味が悪いだけだ」
これからどうするか決めるのは、あいつ自身だけど。
――じゃあな、ポンコツ悪役令息。
寮の方から再び学校に戻ると、校門の前にタクトスが立っていた。俺が学校を飛び出したところをたまたま教室から目にして、ここで待っていてくれたみたいだ。
「セラフィル。もしや、シェスナのところへ行っていたのか」
「はい。その、働き先の斡旋を……」
呆れられるかなぁと思ったけど、タクトスの表情は優しいままだ。「そうか」とだけ相槌を打って、あとは何も言わなかった。
いつものように俺の手を引いて、歩き出す。
「……あの、タクトス殿下」
「ん?」
「俺、タクトス殿下の伴侶にふさわしい男になれるよう頑張ります。だから……ええと」
言え。言うんだ。いつまでも受け身のままでいたらダメだ。
そう思うのに、口から出るのは「あの」「その」という意味のない言葉だけ。ううっ、素直に気持ちを伝えるって難しい。
言いよどんでいる俺を、だけどタクトスは温かい目で見守っている。言葉の続きを、辛抱強く待ってくれた。
その間にも玄関口が迫ってきている。校内に入ってしまったらもう言えなくなってしまいそうだ。俺はどうにか気合を入れて、声を振り絞った。
「け、結婚したいです……学校を卒業したら」
い、言えた! 言ったぞ!
この場から消えてしまいたいくらい恥ずかしいけど、ようやく言えた!
「俺も。早くセラフィルと結婚したい」
握られた手に、ぎゅっと力が入る。俺の顔を覗き込むようにして、タクトスは笑った。
「それで子どもをたくさん授かろうね」
そっと迫ってきた秀麗な顔が、俺の唇に触れるだけのキスをした。完全な不意打ち。背後にいるオルヴァには見えなかっただろうけど、他の生徒にはばっちり見られたと思う。
色んな意味で顔を真っ赤にする俺を見て、タクトスは楽しそうだ。
「初めての日が待ち遠しいな」
「なっ――」
は、初めての日って、文脈から考えてそういう意味だよな?
何を妄想しているんだよ! このエロ王太子っ!
■□■
開けっ放しの窓から、冷たい夜風が吹き抜ける。
文机で日記帳を読み返していた俺は、顔を上げた。誰かが宮殿に帰ってきた物音が聞こえたからだ。この時間帯だから、きっとタクトスだ。
席を立って自室から出ようとしたら、ちょうど廊下を歩くタクトスの姿が見えた。タクトスも俺の顏に気付くと、ぱっと顔を明るくして小走りでやってくる。
「セラフィル。ただいま」
「おかえり。今日も遅くまでお疲れ様」
今の俺はもう、タクトスに敬語も敬称も使わない。後宮ではため口で呼び捨てだ。あ、もちろんおおやけの場では別だけども。
タクトスを自室に招き入れて、ふかふかの寝台に二人隣り合って座る。そして俺は今日一日をどう過ごしていたかを話した。
「ほう、昔の日記帳を読み返していたのか。子どもの頃のことは懐かしいね」
「うん。俺たちが初めて会ったのは、十三歳だったんだよな。それから婚約して、十六歳になる年からは貴族学校に入学して。それで……は、初めてキスした」
今でも覚えている。ファーストキスは特に。まだタクトスへの想いに自覚がなかったはずだけど、嫌じゃなかったってことはその頃にはもう好きだったんだろうな。
「体育館倉庫に閉じ込められたこともあったね。あの時の俺は、理性と必死に戦っていたよ。――でも、今は」
「わっ」
寝台に優しく押し倒された。ふかふかの枕が俺の頭を包み込む。
真上にあるタクトスの表情は、悪戯っぽい笑みだ。
「押し倒し放題だ。大人になるって素晴らしいね」
「……エロ国王」
「セラフィルが可愛いからだよ。それにセラフィルにだけだし」
覆いかぶさってきたタクトスの秀麗な顔が近付いてきて、俺の唇を奪う。昔はただ触れるだけのキスだったのに……今は舌を絡め合う大人のキスになってしまった。
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