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第二十三話 きたる、悪役令息11
しおりを挟む『はぁ!? 僕たち二人で、嫌がらせの犯人たちをやっつける!?』
――話は遡ること、二時間ほど前。
寮の自室にて、俺がことの経緯を話しているのは、相部屋のミラーシュだ。
どうして授業中のはずの俺たちが寮にいるのかというと、一限目の授業のあとに仮病の腹痛を使ったミラーシュを、心配した俺が寮まで送り届けるという方法を使ったから。
校内で下手にミラーシュと作戦会議をしたら、作戦内容がシェスナたちに筒抜けになるかもしれないと危惧したんだ。
『そう。ミラーシュは昼休み前から体育館倉庫に忍び込んで、隠れていてくれないか。昼休みになったらすぐ俺もそっちに行く。もし、体育館倉庫にきたのがシェスナだったらそのまま待機、手先の奴だったらそいつをポールか何かで思いっきり叩いて気絶させてほしい』
『気絶させてどうするの?』
『タクトス殿下がいらっしゃるのを待って、あとは先生たちに突き出す。俺を襲おうとしてきた奴なんですって。王太子の婚約者に手を出そうとした輩がいるなんておおごとになるだろうし、処罰も重いものになる可能性が高い。そうなると、我が身可愛さにシェスナからの指示だったって白状してくれるかもしれない』
理路整然と伝える俺を、ミラーシュは不安げな目で見た。
『作戦は分かったけど……タクトス殿下には相談しないの?』
『俺が無事だって最初から分かっていたら、態度に出てしまってシェスナに勘付かれるかもしれないだろ。っていうか、やめろって止められそうだし。だから、伝えない』
『そう……。兄上がそれでいいならいいけど……』
何か物言いたげな様子だったけど、結局ミラーシュは了承してくれた。俺の指示通りに先に体育館倉庫にこっそり忍び込み、身を潜めていた。それで俺の予想通り、シェスナの手先――オルヴァがきたから、奇襲をかけたんだ。
それが……失敗した。
「兄上! 窓から逃げて下さい!」
新しいポールを構えたミラーシュが向こう側から叫ぶ。
「僕が時間を稼ぐから!」
「ミ、ミラーシュ……」
今のオルヴァ相手に、ミラーシュが勝てるとは到底思えない。それに窓から逃げろと言ったって、木材やらポールが立てかけてあるからまず寄せないといけないし、そもそも窓の位置が高くて踏み台がなければ脱出は不可能だ。
それらの時間稼ぎをミラーシュ一人でできるはずがないだろ。
オルヴァに容赦なく襲いかかるミラーシュを横目に、俺は急いでたくさんのボールが入ったカゴに手をかける。ボールを取り出し、オルヴァめがけて次々とぶん投げた。が、ミラーシュの攻撃を捌きながら、俺のボールまで避けやがる。どんな身体能力しているんだ!
……って、あ。
俺が投げたボールをかわしたと思ったら、そのボールが背後にいたミラーシュの顔面を直撃してしまった。ミラーシュが、目を回してその場にぶっ倒れる。
俺は内心絶叫するしかない。うわぁああああ、味方を攻撃してしまった! どころか、戦線離脱させちゃったよ! 下手に俺までポールを使うと、ミラーシュと衝突しちゃうと思ってボール攻撃を選んだのに、これじゃあ意味なかったじゃん!
「く、くるな……!」
もう手当たり次第にボールを投げつける俺。でももちろん、それがオルヴァに当たることはなく――とうとう壁際に追い詰められた。
オルヴァはゆっくりと俺に歩み寄ってくる。同時に、不思議なことを聞いてきた。
「セラフィル様。なぜこのような事態になられたか、お分かりですか」
「な、なぜって……」
俺がタクトスと婚約しているから……だろ? だから、王太子婿の地位を狙っているシェスナに目をつけられたんだ。っていうか、これ以上近付くな!
ううっ、俺、このままヤられるのか!? モブ兄らしく、モブに!
『初めてはセラフィルがいいんだ!』
ふとタクトスの顔が思い浮かぶ。俺はもう半べそだ。
俺だって……初めてはタクトスがいいよ! いいや、初めてだけじゃなくて、相手はずっとタクトスがいい!
ええい、こうなったら肉弾戦だ! グーパンでぶっ飛ばしてやる!
振り上げた拳、だけど。
「あなたはいささか、未来の王婿というご自覚が足りないようですね。危険な場所へ身を投じるのは、騎士の領分というものです」
あれ? オルヴァの奴、足を止めて近付いてこないぞ。
っていうか、さっきから一人でずっと喋って……何を言いたいんだ?
俺に未来の王婿の自覚が足りないって……そんなことを言われても。こっちはずっと婚約破棄されるつもりでいたんだ。タクトスへの想いを自覚したのもつい最近だし、そんな遠い未来のことなんて考えていなかったんだよ。
心の中で言い訳しつつも、思考は進む。
未来の王婿の自覚。危険な場所へ身を投じるのは騎士の領分。
俺はそこではっとした。もしかして……誘いに乗っかったふりとはいえ、誘いに応じてミラーシュと二人で解決しようとした俺の判断自体が間違っていたってこと?
『タクトス殿下には相談しないの?』
そうだ。タクトスに相談していたら……もっといい手を打ってくれたかもしれない。もし、同じように俺の作戦を決行していたとしても、タクトスの人脈があればオルヴァが言っていた通り、もっと剣術に強いひとを確保できていたかもしれない。
俺が一番に頼るべきだったのはミラーシュじゃなくて、タクトスだったんだ。
そう思い至った時――体育館倉庫の扉が音を立てて開いた。戸口に立っていたのは、かつての氷の彫像を思い起こさせる表情のタクトスだ。
そして、その隣にはやはりシェスナが立っていた。こっちは訝しげな顔をしている。それもそうだろう。こいつの計画では、俺がオルヴァに押し倒されていなきゃおかしいはずだから。
でも、実際の体育館倉庫の状況は、床に目を回して倒れているミラーシュ、壁際に追いやられている俺、その俺と一定の距離を置いて立っているオルヴァ、という構図。
「これはどういうことだ」
タクトスが、低い声で言う。
「俺はセラフィルを優しく保護しながら待機しておけと命令したはずだ。それなのに、なぜセラフィルは泣きたそうな顔をしている。説明しろ、――オルヴァ」
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