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第二十二話 きたる、悪役令息10

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 水道場から戻ってきたオルヴァに聞いてみたところ、ズバリ教室のゴミ箱のゴミを捨てに焼却炉に行ったとのことだった。黒いススはその時に付着したものだそうな。

「その時さ、他に誰とも会わなかったか?」
「いえ……朝一番でしたから。焼却炉近辺では誰とも会っていません」
「そう、か」

 俺は当てが外れてがっかり。もしかしたら、上履きを持ち去った実行犯が棄てるところを目撃したんじゃないかと思ったんだけど。そう都合よくはいかないか。

「誰か探し人ですか?」
「あー……えっと、いや。ちょっとこっちの話。気にしないでくれ」

 俺は曖昧に笑って誤魔化す。嫌がらせを受けていることを伝えにくいというのも少なからずあるんだけど、何より下手に話が広がったら手口が巧妙になるという危惧からだ。ずさんな嫌がらせで対処しやすいうちに、どうにか解決したいのが正直なところ。
 よってオルヴァにさえ話さず、俺は席で本を開いて会話をやめた。と、思ったら。

「ところで、セラフィル様。実は水道場からの戻り道で、セラフィル様に手紙をお預かりしました」

 ん? 手紙?
 驚いて顔を上げると、目の前に封筒が差し出された。

「……誰から?」
「違うクラスの子なので名前は覚えていませんが、綺麗な顔立ちの子でしたね」

 違うクラスで、綺麗な顔立ち……思い浮かぶのは、シェスナだ。
 封筒を受け取って、俺はそっと中を確認してみる。すると、そこには達筆な字である一文が書かれてあった。これがシェスナの字か?

『昼休み、体育館倉庫まできていただけませんか』

 体育館倉庫、だと? 人に聞かれたくない話題なのは確かだな。
 なんだろう。嫌がらせしてもケロッとしている俺に業を煮やしたのか? もう直接、対峙するしかない、みたいな。
 ……でも。
 俺は手紙を封筒の中に戻した。しばし考え込んでいたら、ほどなくしてミラーシュが「兄上ー、国語の教科書忘れたから、貸して」と能天気にやってきた。
 おっ、ミラーシュ。いいところに。
 俺はご要望通り国語の教科書を持って席を立つ。戸口の前にいるミラーシュの下へ行き、廊下に連れ出した。『あること』をぼそりと耳元に呟く。
 ミラーシュは目を丸くしていたけど、俺が理由もなくそんなことを頼むわけがないことはよく分かってくれているんだろう。こくりと頷いた。




 それから半日が過ぎ――とうとう昼休憩の時間。
 俺はタクトスと待ち合わせしている食堂へは行かず、おそらくシェスナからだろう呼び出しに応じて、体育館倉庫に足を踏み入れた。
 体育館倉庫内にも窓はあるけど、木材やポールで日光を遮られているから薄暗い。って、二度目だからそれは重々承知だけど。

「おい。きてやったぞ」

 体育館倉庫内で声を張り上げたけど、反応はなし。シェスナはまだきていないみたいだ。
 傍にちょうど跳び箱があったので、俺はそこに腰かけて待った。
 どれくらいそこで待ったんだろう。やがて開けっ放しの扉から人影がするりと中に入ってきて、後ろ手に扉をゆっくりと閉める。
 同時に――ガチャッと外から鍵が閉まる音も聞こえた。

「お待たせしました」

 俺の前までゆったりと歩いてきた人影を、俺は冷静に見据える。跳び箱から下り、真っ正面から対峙した。

「そうか。俺に嫌がらせをしていた実行犯は、お前だったのか。――オルヴァ」

 名を呼ぶと、眼鏡の奥の瞳が可笑しそうに笑う。
 ――そう。現れたのはシェスナではなく、オルヴァだった。相手がオルヴァであることは驚いたものの、シェスナがここに顔を出さないのは想定の範囲内。さっき、外から鍵を閉めたのがシェスナなんだろうと思う。

「意外ですね。どうして、ここにくるのが実行犯だと?」
「指示役……シェスナだと思うけど。シェスナみたいな腹黒男が、真っ向から俺と対峙するわけがない。呼び出しがあった時点で、俺を嵌める画策なのは推測できていた」

 そして体育館倉庫に呼び出し、俺を嵌める画策といったら――あいつの狙いは王太子婿の地位で、俺が邪魔者ということを考えたら、ある程度は察しがつく。

「ここで俺を実行犯のお前に襲わせる。シェスナはそれを俺が浮気しているとタクトス殿下に伝える。実際に体育館倉庫に二人きりでいたのは事実になるから、タクトス殿下が怒って俺たちの関係が壊れる。シェスナはそれを狙っているんだろ」

 仮に俺を信じて浮気だと思わなくても、実際に襲われたら俺は傷物だ。王太子の婚約者にふさわしくないという事態に発展し、婚約が解消される可能性も高い。
 オルヴァは目を丸くしたのち、片頬を歪めた。

「ふっ、あはは。鋭いご慧眼ですね」
「……お前はなんでシェスナの指示に従っているんだ。何か弱みでも握られたのか」
「それを知ったところで、あなたにはどうにでもできないことでしょう。事情を分かっているのなら早いです。――ここで、僕に押し倒されてもらいましょうか」

 オルヴァが俺の腕を掴もうと手を伸ばした――瞬間。薄暗い中、オルヴァの背後から黒い影が飛び出してきた。

「兄上に手を出すな!」

 ミラーシュだ。ポールを剣のように構えたミラーシュが、オルヴァの肩口をめがけてポールを振り下ろす。
 背後からの完全なる不意打ち。……だった、はずなのに。

「甘い」

 ミラーシュの方を見もせず、オルヴァはポールを捻った手で受け止めてしまった。どころか、どこにそんな握力があるのか、ポールを握りつぶしてしまうほど。
 ミラーシュはぎょっとしている。俺も呆気に取られた。
 オルヴァといったら、俺ほどでないにせよ非力で運動も得意じゃなかったはず。でも、今目の前にいるオルヴァは、まるで別人のような動きと握力だ。
 ともかく――作戦が失敗した。
 愕然とする俺に、オルヴァはズレた眼鏡を指先で押し戻す。

「第三者もここに身を潜めていたのは、入った瞬間から分かっていました。兄弟仲がよろしいのは喜ばしいことですが、人選ミスです。どうせ、不意打ちを食らわせるのなら、もっと剣術に覚えのある手練れを呼ぶべきでした」
「お、まえ……」

 ――一体、何者だ?
 まるで、『オルヴァ』の皮を被った別人のように見えた。

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