22 / 54
第二十二話 きたる、悪役令息10
しおりを挟む水道場から戻ってきたオルヴァに聞いてみたところ、ズバリ教室のゴミ箱のゴミを捨てに焼却炉に行ったとのことだった。黒いススはその時に付着したものだそうな。
「その時さ、他に誰とも会わなかったか?」
「いえ……朝一番でしたから。焼却炉近辺では誰とも会っていません」
「そう、か」
俺は当てが外れてがっかり。もしかしたら、上履きを持ち去った実行犯が棄てるところを目撃したんじゃないかと思ったんだけど。そう都合よくはいかないか。
「誰か探し人ですか?」
「あー……えっと、いや。ちょっとこっちの話。気にしないでくれ」
俺は曖昧に笑って誤魔化す。嫌がらせを受けていることを伝えにくいというのも少なからずあるんだけど、何より下手に話が広がったら手口が巧妙になるという危惧からだ。ずさんな嫌がらせで対処しやすいうちに、どうにか解決したいのが正直なところ。
よってオルヴァにさえ話さず、俺は席で本を開いて会話をやめた。と、思ったら。
「ところで、セラフィル様。実は水道場からの戻り道で、セラフィル様に手紙をお預かりしました」
ん? 手紙?
驚いて顔を上げると、目の前に封筒が差し出された。
「……誰から?」
「違うクラスの子なので名前は覚えていませんが、綺麗な顔立ちの子でしたね」
違うクラスで、綺麗な顔立ち……思い浮かぶのは、シェスナだ。
封筒を受け取って、俺はそっと中を確認してみる。すると、そこには達筆な字である一文が書かれてあった。これがシェスナの字か?
『昼休み、体育館倉庫まできていただけませんか』
体育館倉庫、だと? 人に聞かれたくない話題なのは確かだな。
なんだろう。嫌がらせしてもケロッとしている俺に業を煮やしたのか? もう直接、対峙するしかない、みたいな。
……でも。
俺は手紙を封筒の中に戻した。しばし考え込んでいたら、ほどなくしてミラーシュが「兄上ー、国語の教科書忘れたから、貸して」と能天気にやってきた。
おっ、ミラーシュ。いいところに。
俺はご要望通り国語の教科書を持って席を立つ。戸口の前にいるミラーシュの下へ行き、廊下に連れ出した。『あること』をぼそりと耳元に呟く。
ミラーシュは目を丸くしていたけど、俺が理由もなくそんなことを頼むわけがないことはよく分かってくれているんだろう。こくりと頷いた。
それから半日が過ぎ――とうとう昼休憩の時間。
俺はタクトスと待ち合わせしている食堂へは行かず、おそらくシェスナからだろう呼び出しに応じて、体育館倉庫に足を踏み入れた。
体育館倉庫内にも窓はあるけど、木材やポールで日光を遮られているから薄暗い。って、二度目だからそれは重々承知だけど。
「おい。きてやったぞ」
体育館倉庫内で声を張り上げたけど、反応はなし。シェスナはまだきていないみたいだ。
傍にちょうど跳び箱があったので、俺はそこに腰かけて待った。
どれくらいそこで待ったんだろう。やがて開けっ放しの扉から人影がするりと中に入ってきて、後ろ手に扉をゆっくりと閉める。
同時に――ガチャッと外から鍵が閉まる音も聞こえた。
「お待たせしました」
俺の前までゆったりと歩いてきた人影を、俺は冷静に見据える。跳び箱から下り、真っ正面から対峙した。
「そうか。俺に嫌がらせをしていた実行犯は、お前だったのか。――オルヴァ」
名を呼ぶと、眼鏡の奥の瞳が可笑しそうに笑う。
――そう。現れたのはシェスナではなく、オルヴァだった。相手がオルヴァであることは驚いたものの、シェスナがここに顔を出さないのは想定の範囲内。さっき、外から鍵を閉めたのがシェスナなんだろうと思う。
「意外ですね。どうして、ここにくるのが実行犯だと?」
「指示役……シェスナだと思うけど。シェスナみたいな腹黒男が、真っ向から俺と対峙するわけがない。呼び出しがあった時点で、俺を嵌める画策なのは推測できていた」
そして体育館倉庫に呼び出し、俺を嵌める画策といったら――あいつの狙いは王太子婿の地位で、俺が邪魔者ということを考えたら、ある程度は察しがつく。
「ここで俺を実行犯のお前に襲わせる。シェスナはそれを俺が浮気しているとタクトス殿下に伝える。実際に体育館倉庫に二人きりでいたのは事実になるから、タクトス殿下が怒って俺たちの関係が壊れる。シェスナはそれを狙っているんだろ」
仮に俺を信じて浮気だと思わなくても、実際に襲われたら俺は傷物だ。王太子の婚約者にふさわしくないという事態に発展し、婚約が解消される可能性も高い。
オルヴァは目を丸くしたのち、片頬を歪めた。
「ふっ、あはは。鋭いご慧眼ですね」
「……お前はなんでシェスナの指示に従っているんだ。何か弱みでも握られたのか」
「それを知ったところで、あなたにはどうにでもできないことでしょう。事情を分かっているのなら早いです。――ここで、僕に押し倒されてもらいましょうか」
オルヴァが俺の腕を掴もうと手を伸ばした――瞬間。薄暗い中、オルヴァの背後から黒い影が飛び出してきた。
「兄上に手を出すな!」
ミラーシュだ。ポールを剣のように構えたミラーシュが、オルヴァの肩口をめがけてポールを振り下ろす。
背後からの完全なる不意打ち。……だった、はずなのに。
「甘い」
ミラーシュの方を見もせず、オルヴァはポールを捻った手で受け止めてしまった。どころか、どこにそんな握力があるのか、ポールを握りつぶしてしまうほど。
ミラーシュはぎょっとしている。俺も呆気に取られた。
オルヴァといったら、俺ほどでないにせよ非力で運動も得意じゃなかったはず。でも、今目の前にいるオルヴァは、まるで別人のような動きと握力だ。
ともかく――作戦が失敗した。
愕然とする俺に、オルヴァはズレた眼鏡を指先で押し戻す。
「第三者もここに身を潜めていたのは、入った瞬間から分かっていました。兄弟仲がよろしいのは喜ばしいことですが、人選ミスです。どうせ、不意打ちを食らわせるのなら、もっと剣術に覚えのある手練れを呼ぶべきでした」
「お、まえ……」
――一体、何者だ?
まるで、『オルヴァ』の皮を被った別人のように見えた。
1,146
お気に入りに追加
1,893
あなたにおすすめの小説
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
少女漫画の当て馬に転生したら聖騎士がヤンデレ化しました
猫むぎ
BL
外の世界に憧れを抱いていた少年は、少女漫画の世界に転生しました。
当て馬キャラに転生したけど、モブとして普通に暮らしていたが突然悪役である魔騎士の刺青が腕に浮かび上がった。
それでも特に刺青があるだけでモブなのは変わらなかった。
漫画では優男であった聖騎士が魔騎士に豹変するまでは…
出会う筈がなかった二人が出会い、聖騎士はヤンデレと化す。
メインヒーローの筈の聖騎士に執着されています。
最上級魔導士ヤンデレ溺愛聖騎士×当て馬悪役だけどモブだと信じて疑わない最下層魔導士
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる