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第二十一話 きたる、悪役令息9
しおりを挟む想いを自覚したといっても――突然、自分の性格が変わるわけじゃない。
俺は恋人といえどキャッキャウフフできるようなキャラじゃないので、あれからもタクトスとは至っていつも通りだ。タクトスは惜しみなく愛情表現をしてくれるけど、俺からは……特に何もできず。受け身のまま。俺って本当につまらない男かも。
と、どこか悶々とした日々が始まったある日のこと。
「……あれ? ペンケースがない」
貴族学校に登校した俺は、机の中を確認して眉根を寄せる。教科書類は真面目に寮に持ち帰っているんだけど、ペンケースだけは机の中に置きっぱなしにしているんだ。
だけど、なぜかそれがない。
隣の席のオルヴァは気遣わしげな顔だ。
「今日はペンをお貸ししましょうか?」
「あ、大丈夫。ちょうど今日からペンケースを新調したんだ」
鞄の中から新しいペンケース一式を取り出し、ゆらゆらと掲げて見せる。
そう、だから使っていたペンケースは捨てる予定だった。何年も前にミラーシュとお揃いで買ったものなんだけど、いい加減に使い古してボロボロだったんだよな。
オルヴァは優しげに笑む。
「新しいペンケースですか。いいですね。あ、もしかして殿下からの贈り物ですか?」
俺は「うっ」となった。なんで分かったんだ。勘の鋭い奴。
「そ、そうだよ。もうすぐ期末試験が始まるし、これを使ってほしいって」
もっと詳しく言えば、お揃いのペンケースで一緒に勉強を頑張ろうと言われた。まさかのお揃い。嬉しくないわけじゃないけど、気恥ずかしさが上回る。クラスが別でよかった。同じクラスだったら、きっとバレて周りから茶化されていただろうから。
「お二人の仲がよろしいようでよかったです。ですが……元のペンケースはどこにいったんでしょうね」
「うーん……誰かが勝手に持ち去ったとしか考えられないような……」
なぜだと聞かれたら、ちょっと分からないけど。俺の使い古したペンケースを手に入れて誰が得するっていうんだ。まさか、ストーカー男が俺についているわけもないしなぁ。
まぁ、不用品を処分してもらえてラッキーとでも考えておこう。
――ということを、放課後、寮でミラーシュに話したら呆れ顔だった。
「兄上……無頓着にもほどがあるよ」
「え、なんで?」
別に盗まれて困るようなものは入っていなかったんだ。不用品を処分する手間が省けてありがたいくらいなんだよ。
っていう俺の心情を、ミラーシュには理解できないらしい。まるで珍獣でも見るかのような目で見られた。
「……ともかく。僕からしたら、嫌がらせとしか考えられないけど?」
「嫌がらせ……?」
要するにいじめってこと? ――え!?
お、俺、いじめられるようなことした覚えがないぞ。っていうか、仮に誰かに嫌われていたとしても、ガドー侯爵令息に喧嘩売るような貴族令息なんてそうそういるはずが――。
「あ」
いるかも。シェスナだ。『シェスナ・ゼブル』。
あれだけタクトスに冷たく拒否されたんだ。それで婚約者の俺を逆恨みしているのかも。お前さえいなければ、みたいな感じで。
「心当たりあるの?」
「え、あ、いや……どうだろうな。はは」
確証もなく、迂闊にシェスナの名前は出せない。感情的なミラーシュのことだ。本人に特攻しかねないから。貴族社会で下手に侮辱するような真似はしちゃマズイ。相手は、うちより格上のゼブル公爵の息子だし。
その場は笑って誤魔化し、会話を打ち切る。期末試験に向けて、お互い自主学習だ。といっても、俺は集中できずにつらつらと考えた。
案外あっさりと犯人の見当がついた、けども。
うーん……どうにもキャラと行動がかみ合わない気がするんだよな。だってさ、したたかな悪役令息が自分の手を汚してまで嫌がらせをするか? バレたらどうなるか想像できないようなバカじゃないはずだろう。くだんのBL小説内でだって、ミラーシュに直接嫌がらせはしていなかった。
もし、嫌がらせをするとしたら……あくまで指示役で、実行犯は別にいるんじゃないか? でも、じゃあ誰が実行犯なんだ。最近貴族になったばかりのあいつに、汚れ役を引き受けてくれる手下のような存在がいるとは到底思えない。
なんにせよ、ミラーシュの言う通り嫌がらせだとしたらどうしたものか。
「今度は上履きかよ……」
貴族学校の玄関口で、俺は小さく呟く。
またある日の朝、登校したら、今度は上履きが靴棚からなくなっていた。これは確かにミラーシュの言う通り、嫌がらせなのかもしれない。
上履きがない。本来なら困るところなのかもしれないけど、――これまたちょうど上履きを新調したところなんだよな。だから、問題なし、と。
新しい上履きを鞄の中から取り出して、俺はそれを履く。何事もなかったように、一緒に登校しているタクトスと合流して教室へ向かう。
新しい上履きも、タクトスが贈ってくれたんだ。元々の上履きは、気付かぬうちにゴムの部分に切れ目が入っていたらしくて、履き替えた方がいいって。
買ったばかりの上履きだったんだけどなぁ。運悪くハズレを掴んだかのか。
ま、そういうわけで、持ち去った犯人。また不用品の処分をご苦労さん、と。
「おはよう、オルヴァ」
「おはようございます。セラフィル様」
教室に入って席に着くと、やっぱり朝早いオルヴァだ。席に座って読書をしていた。最近、暑くなってきたからかな、俺と同じように袖をまくっている。
……って、あれ。手のひらの付け根辺りに黒いススのような汚れがついているぞ。
「オルヴァ。手、汚れているけど」
「え? ……ああ、本当だ」
読書の手を止め、確認したオルヴァは黒い汚れをハンカチで拭う。でも、乾燥しているハンカチじゃ汚れがとれないみたいで、席を立った。
「水道場で洗い落としてきます。教えていただいて、ありがとうございました」
律儀にお礼を言って、いそいそと教室を出て行くオルヴァと、その背中を見送る俺。
あの黒い汚れ……どこで付着したんだろ。朝一で登校して、教室の掃除でもしたのか? 真面目で几帳面なオルヴァならありえなくもないけど。
黒いススのような汚れ、か。本当にススだとしたら……校内で付着するには、裏庭の焼却炉しかないような気がする。
「焼却炉……」
――そういえば、消えた上履きの行方は?
もし、オルヴァが焼却炉に行ったのなら、その時に誰かと会わなかったか聞いてみよう。
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