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第二十話 きたる、悪役令息8
しおりを挟むそのあと、体育祭は無事に閉幕した。
それはよかったけど……はあ。競技では役立たずだったわ、借り物競争ではみんなの前でタクトスの頬にキスをする羽目になるわ、俺個人的には散々だった。
でも、一緒に歩くタクトスは嬉々としたものだ。
「楽しかったね」
「……それはようございました」
嘘でも、そうですねとは言えない。満足げなタクトスには悪いけど。
体育祭を終えて、俺たちは道具の後片付け中。俺たちっていうか、生徒たちみんなで。だいたい、物を一つ運んだら寮へ戻る感じ。決して多くはない生徒数だけど、みんなでちょっとずつ協力するだけで瞬く間にグラウンドが綺麗になっていく。
で、俺たちが運んでいるのは、玉入れ競争のポールだ。端と端をそれぞれ持って、体育館倉庫に向かっているところ。
思っていたよりも重くて、非力な俺は亀のような歩みになってしまう。だから、どんどん周りの生徒たちに追い抜かれていく。
「兄上、タクトス殿下。お疲れ様です。それは奥に運んで」
体育委員のミラーシュが、倉庫の前でそう指示を出す。分かったと了承して、俺たちは薄暗い倉庫の中に足を踏み入れた。
物が多いな。だけど、ミラーシュがきちんと指示を出しているからか、それなりに整理整頓されている。ポールは……あ、ここに並べたらいいのか。
「セラフィル、立てかけよう」
「はい」
協力して、壁にポールを立てかける。ふう。後片付け、終了だ。
手を叩いて埃を落としながら、出入り口に戻ろうとした時だった。俺たちがまだ中にいるにも関わらず、――扉が閉まってしまった。
って、は!?
ちょっと、おい! 待てよ! 誰だ、扉を閉めた奴! って、ミラーシュしかいないか。ミラーシュ……お前、なんのつもりだよ!?
閉じられた扉の前に慌てて駆け寄り、ガンガンと叩く。
「ミラーシュ! おい、開けろ!」
反応はない。扉が分厚いせいで声が届いていないか、あるいは無視しているのか。うーん、どっちともありえる。
「セラフィル、開かないのか」
遅れてやってきたタクトスは困ったようなお顔。そりゃあそうだ。
「……はい。申し訳ありません、弟がくだらない悪戯をいたしまして」
そういえば昔、ミラーシュを用具室に閉じ込めたことがあったけど……まさか、今になってその意趣返しか? 相当根に持っていたもんな。
開けてもらえるまで、俺たちに打つ手はない。黙って救助を待つほかないぞ。
その間、ここでタクトスと二人きり……、ん!?
俺ははっとする。おい、まさかミラーシュの奴、俺たち二人を閉じ込めたのって、やることやってしまえ的な感じなんじゃ!? つい先日、タクトスがアホな宣言したばかりだし!
ちょ…っ……俺の方が未成年で処女喪失するのかよ!?
「セラフィル」
背後から肩に手を置かれて、俺の体がわざとらしいくらいに揺れた。その場で飛び上がるくらい、びくついてしまった。
驚いて息を呑むタクトスに、俺はか細い声で「す、すみません……」と謝罪。なんだか怖くて、後ろを振り向けない。
うわぁぁっ、絶対に意識しているのがバレた!
「……セラフィル、大丈夫だよ」
耳まで真っ赤にしている俺の背後で、タクトスが苦笑いしながら囁く。俺の肩から手を下ろして、俺の手をそっと握る。
「ここは物が倒れてきたら危ないから、端に移動しよう」
手を引かれて、扉の前から体育館倉庫の片隅に移動する俺。俺たちは隣り合って座る。肩と肩がくっついているから、心臓の音が伝わってしまいそうだ。
「悪戯なら、数時間もすれば開けてくれるだろう。そう不安にならなくていい」
「は、はい……」
不安ってどういう意味で言っているんだろう。訊ねる勇気はない、けど……。
でも、手を出す気はないんだな。ほっ。よかった。くだんのBL小説と違って、エロ王太子に成長しなかったっぽい。
……くだんのBL小説、か。ミラーシュの処女を奪っておきながら、悪役令息に惚れこみ、その言葉を鵜呑みにして婚約破棄するバカ王太子。それが正史世界のタクトス。
それなのに、今は違う。婚約者の立場はモブ兄の俺でキス止まりだし、悪役令息のシェスナのことなんて眼中にない。
秋までに心変わりするのかもしれないだろうと言われたら、そうかもしれないとしか言えないけど……それって、誰に対しても言えることなんじゃ?
今はフリス君に夢中のミラーシュだって、秋までに心変わりしてグイーデルト殿下に惚れているかもしれない。恋愛に興味なさそうなオルヴァも、秋までに心変わりして誰かに恋をしているかもしれない。
心変わりって、よくも悪くも誰にでも起こるものなんだよな。俺だって、初対面のタクトスへの印象と今のタクトスへの印象は全然違う。それだって一種の心変わりだろう。
人への想いは日によって変動する。絶対的なものなんてきっとない。可愛いミラーシュにだって今みたいに腹が立つことがあるくらいなんだから。
もしかして、大切なのは――相手との関係を継続しようと努力することなんじゃないか。
それを俺は……確実に結婚相手と安定した恋愛がしたいなんて、ありもしない幻想を抱いてしまっていた。もう傷付きたくないからって、幻想に逃げていたんだと思う。
タクトスとの恋愛ルート。存在しないんじゃなくて、俺自身が作ろうとしていなかった。いつか心変わりされるからって一方的に決めつけて、拒否していた。
本当は、俺は――。
「……タクトス殿下」
「ん?」
下を向いている俺の視界の端に、こっちを向くタクトスの顔がぼんやりと映る。目を合わせられないままだけど、俺は意を決して口を開いた。
「あの、俺……! タクトス殿下のことが……」
続きを言おうとして、その前に。
――ガチャッ!
「大丈夫ですか、お二人とも!」
扉が開いて、慌てふためいた先生が顔を出した。
その後ろにミラーシュがいて、両手を合わせて「ごめんね」的な仕草をしている。閉じ込めてごめんねというよりも、邪魔してごめんねという感じだから、俺たちを閉じ込めたことが先生にバレてしまったんだろう。
「この通り、俺もセラフィルも無事ですよ」
タクトスが立ち上がって、先生に応じる。すると、先生は安堵した顔をしていた。
「まったく、ミラーシュ君! 悪ふざけも大概にして下さいね!」
「ごめんなさーい」
先生にくどくど叱られるミラーシュ。が、明らかに反省していない。隙あらば、同じことをしそうで、なんだか頭が痛い。
「セラフィル、よかったね。戻ろう」
「はい」
タクトスの優しげな笑みにどきりとしつつ、手を借りて立ち上がる。と、思ったら、ぐいっと抱き寄せられる。耳元に囁かれた。
「本当はね、すごく押し倒したかったよ」
「え……」
「でも、セラフィルの覚悟が決まるまで我慢する。さっきの言葉の続きも、その時に聞かせてくれ」
先生がこっちを振り向いた瞬間に、ぱっと俺を解放するタクトスだ。楽しげに笑いながら、俺の手を引いて歩き出す。
って、おい! お、押し倒したかったって……!
やっぱり、エロ王太子じゃん!
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