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第十七話 きたる、悪役令息5

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 翌日、またタクトスと登校することになった。
 寮のラウンジで顔を合わせた俺は、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。キスなんて前世でも経験がないんだ。よく分からないけど……何事もなかったかのように振る舞うべきだったんだろうか。
 結局、ぎこちなく挨拶をする俺と、タクトスはタクトスで照れ臭そうに笑って応えて。今までのように手を繋ぎながら貴族学校へ登校。

「じゃあ、昼に食堂で」
「……はい」

 廊下で別れてそれぞれの教室に入り、席に着く。
 オルヴァもすでに登校していたんだけど、「今日は殿下とご一緒だったんですね」となんだかほっとしたような様子。なぜなのかは分からない。謎だ。
 それにしても――タクトスとキスしてしまった。嫌なら反射的に平手打ちでもかましたはずなのに、咄嗟に何もできなかった。あれは受け入れたように思われても仕方ないと思う。
 でも違うんだ。俺は心から受け入れたわけじゃない。そんなわけない。恋愛経験に乏しいから、いっときの情に流されただけだ、きっと。
 ――と、その日は昨日のキスのことで頭がいっぱいで、授業の内容がろくに頭に入ってこなかった。驚くほどあっという間に三限目の授業が終わったという頃だ。

「兄上! 大変です!」

 ガラッと教室の引き戸が開いたかと思うと、顔を出したのはミラーシュだ。珍しく焦ったような顔をしている。一体何事だ。
 クラスメートの衆目も集めながら、ミラーシュは戸口で叫んだ。

「タクトス殿下がお怪我されたんだ! 早く、一緒に医務室まできて!」

 俺は仰天するしかない。――タクトスが怪我!?
 朝、あんなに元気だったのに……一体何があったんだよ。
 慌てて教室を出た俺は、ミラーシュと医務室へ向かった。その道中で聞いた話によると。

『三限目の授業……体育祭の練習をしていたんだ。それが終わったあと、道具の後片付けをしていらっしゃった時に用具室で運悪く木材が倒れてきて、下敷きになっちゃったんだよ』

 それは確かに運が悪いとしか言えない。
 っていうか、木材の下敷きになったってどの程度の怪我を負ったんだ。全治一ヶ月の重症なのか、それとも軽い打撲で済んだのか。
 ミラーシュに聞いたけど、医務室に運ばれてすぐ俺を呼びにきたらしく、そこまでは把握していないとのことだった。
 俺はぎゅっと拳を握る。
 タクトス……大丈夫かな。さすがの俺も、心配するよ。
 ミラーシュと急いで医務室に入室すると、椅子に座っているタクトスが視界に入った。俺たちの姿に気付くと、呼び寄せるように片手を上げる。
 あれ、意外に元気そうだな。よくよく見たら、手の甲に包帯は巻いているけど。

「タクトス殿下、ご無事ですか」
「セラフィル。ああ。俺の方は大したことない」

 ん? 俺の『方』は?
 まるで他にも被害者がいるみたいな口ぶりだ。
 頭に疑問符を浮かべる俺の隣で、ミラーシュがその被害者の名を口にした。

「では、シェスナ君は……」
「右肩に打撲を負ったようだ。今はベッドで眠っているよ」

 気遣わしげな顔をして応えるタクトス。
 俺は息を呑んだ。……シェスナ? シェスナも事故に巻き込まれたのか? その、きっとタクトスと一緒にいたばかりに。
 たまたま後片付けをする順番がかち合ったのか、あるいはまだシェスナが懲りずにタクトスにアタックしていたのか、分からない。でも、俺の知らないところで、決して広くはない用具室に二人でいたんだと思うと……なんだか複雑だ。

「俺は彼が目を覚ますまでついていようと思う。二人とも、きてくれてありがとう。こっちは大丈夫だから授業に戻っていいよ」

 シェスナの傍にいるのか。
 分かってる。ただ、学級委員長としての役目をまっとうしているということくらいは。でもなんだか、胸辺りがぐるぐると渦を巻いて重苦しい。
 怒りとも悲しみとも違う。この感情は……なんだろう。

「そ、うですか。分かりました。お二人とも、ご無理はせずに」

 俺はどうにか声を絞り出し、踵を返した。慌てて後を追いかけてくるミラーシュとともに廊下を歩く。ミラーシュは小走りで俺の隣に並んだ。

「あ、兄上。タクトス殿下は学級委員長として誰に対しても親切な方だから、だから……」
「知ってるよ。何をそんなに焦っているんだ、ミラーシュ」

 何も気にしていませんよ、と自分の心を押し隠す。だけど、それを真っ正面からは受け取らないミラーシュだ。

「本当に大丈夫……?」
「何が」
「シェスナ君と二人でいること、不安なんじゃないかなーって……」

 ――不安?
 ああ、そうか。この重苦しい感情はそうだ。『不安』だ。
 腑に落ちたけど、同時に思う。何を不安に思うことがあるんだ。あの二人がいずれくっつくのは既定路線なんだぞ。
 タクトスは、初めから俺の下を去っていく存在だ。




 そのあと、目を覚ましたシェスナは寮の方の医務室へ移動した、らしい。
 打撲くらいで……と思われるかもしれないけど、貴族令息が通う学校だから。大事を取って一週間ほどそこで療養することになったみたいだ。
 そして――そんなシェスナの下へ、タクトスは毎日放課後に足を運んで様子を見に行くことになった。俺は違うクラスだし、シェスナの奴も別に俺の顏なんて見たくないだろうし……と思って同行するのは控えていたんだけど、タクトスの婚約者としてまるっきり知らんぷりするのもどうなんだろうと思い至って。
 その三日過ぎた頃のこと。花束を持って、医務室に顔を出してみることにした。あ、もちろん、タクトスには事前に十七時頃に俺も顔を出すからって伝えておいた上で。
 寮の医務室へドアノックしようとした時――。

「く、くすぐったいです…っ……タクトス殿下」
「あ、すまない」

 そんな二人の声が聞こえてきて、俺は目をぱちくりとさせた。――え、一体なにをしているんだ、お前ら。

「だが、じきにセラフィルがくるから。早く済ませてしまおう」

 済ませる? 何を?
 どくん、どくん、と心臓が脈打つ。なんとなく嫌な予感を覚えた。扉を開けない方がいいと直感が告げている。だけど、どうしても気になった俺は目の前の扉を開けた。
 すると、そこには――。

「え……」

 寝台の上で上体を起こしたシェスナの衣服を、手をかけて脱がしているタクトスの姿があって、ばっちりと目が合う。
 要するに、シェスナは半裸の状態。どこからどう見ても、事に及ぼうとしている前のシーンとしか思えない。

「えっ、と……す、すみません」

 俺はそっと開いた扉を閉めた。頭がぽかんとした状態ながら、その場に突っ立っていたらこのあとの性行為の声を立ち聞きしてしまうだろうと、足早に立ち去っていく。
 なんだよこれ。ベタにもほどがあるだろ。典型的な恋人の浮気が発覚するシーンじゃん。
 そういえば……正史世界のあいつは、未成年のくせしてミラーシュに手を出すエロ王太子だったな。いつシェスナとくっついたのか知らないけど、早く済ませてしまおうってどんだけ盛っているんだよ。何もわざわざ俺がお見舞いに行く時間に致さなくてもいいだろ。

『セラフィル。愛しているよ』

 嘘つき。
 俺のファーストキスを返せ。

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