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第十三話 きたる、悪役令息1
しおりを挟むタクトスと二人で昼食を食べる日々に辟易としていたある日――とうとう、その日がきた。
「セラフィル、こちら遅れて入学してきたシェスナ君だ」
いつものように食堂に赴くと、けれどタクトスの隣には綺麗な顔立ちの子が立っていて、タクトスは彼をそう紹介した。どうやら、ようやく入学してきたらしい。
待ち望んでいた入学ではあるけど――こいつが、『シェスナ・ゼブル』か。
正史世界でのミラーシュへの行いを考えると内心不快だけど、もちろん顔には出さない。努めて笑顔で右手を差し出した。
「セラフィル・ガドーです。よろしく」
「ご紹介に預かりました、シェスナ・ゼブルです。こちらこそ、よろしくお願いします」
シェスナもふわりと微笑み、俺と握手を交わす。この時点では特に何もなくて、ただ握手を交わしただけ。握った手に必要以上に力を込めるとか、ベタな展開にはならなかった。
表向きは朗らかに挨拶を交わす俺たちに、タクトスもほっとしたみたいだ。
「セラフィル、シェスナ君も今日は昼食を一緒に食べても大丈夫だろうか。入学してきたばかりで色々と不安なようなんだ」
ほう、早くもタクトスを頼って声をかけたんだな、こいつ。タクトスが学級委員長という立場なのもあるかもしれないけど。
俺は、あくまでにこっと笑って返した。
「どうぞ、ご一緒にいてあげて下さい。――俺はクラスメートと食べるので」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするタクトスの横を通り過ぎて、さっさと配膳口へ続く行列に並ぶ。
ふう、やっとあいつと二人きりで過ごす昼休憩も終わりか。これからは、シェスナがあれこれ理由をつけてタクトスと行動を一緒にするんだろうから、俺は関わりたくない。勝手にくっついてどうぞ。
「オルヴァ、一緒に食べていいか」
食堂の隅で一人、昼食を食べている友人オルヴァの隣に座る。なぜかオルヴァも、驚いた顔をしていたけど、「いいですよ」と了承をもらった。多分、いつもタクトスと一緒に食べているから、別行動していることに単純に驚いたんだろう。
「ええと……殿下と喧嘩でもしたんですか?」
おずおずと訊ねるオルヴァに、俺はきょとんとして答える。
「いや、全然」
「それなら殿下とお食べになった方が……」
「タクトス殿下も別のお相手と食べているから大丈夫だよ」
俺だってたまには友達と一緒に行動したかったんだ。久しぶりにミラーシュのところへ行こうかとも思ったけど、フリス君との時間を邪魔するわけにはいかないからな。
俺はどうも思っていないのに、オルヴァはなぜか心配そうだ。ん? なんでだ。
「別のお相手、というと?」
「遅れて入学してきたクラスメートだって。シェスナ・ゼブル君っていうんだけど、入学したてで不安そうだから一緒に食べるんだってさ」
「……セラフィル様もご一緒されたらよろしかったのでは」
「なんで? たまには別行動してもいいじゃん」
ま、たまにどころか、もう明日から昼休憩は別行動する気満々なんだけど。シェスナだって俺がいない方が都合いいだろ。あいつとタクトスを取り合うつもりなんてないし。
厚みのあるフィッシュバーガーにかぶりつく。ボリューム満点だし、おいしい。学食にしては珍しく庶民派のメニューだな。
あっけらかんとして食事を楽しむ俺を、オルヴァは「そ、そうですか……」とやっぱりなぜか複雑そうに見ていた。だからなんでお前がそんなに気にしているんだよ。
ともかく、やっとタクトスから解放されたぞ。婚約状態だって半年後には解消されるはずだから、その時こそ本当に自由の身。
……って、自分から婚約者の立場を求めておいて自分勝手だけど。ミラーシュを守りたかったがためとはいえ、グイーデルト殿下との未来も変えてしまったみたいだし……グイーデルト殿下、ごめんな。マジですまん。誰か他にいい人が現れることを心から願うよ。
昼食をぺろりと完食したあとは、オルヴァと雑談に興じる。お互い読書が趣味だからオススメの本を紹介し合い、それなら図書室へ行こうと意見が合致して席を立った。
食堂をあとにしようとした、ところで。
「セラフィル! どこに行くんだ」
背後から声をかけてきたのは、なんとタクトスだ。もちろん一人じゃなくて、さらにその後ろにシェスナも立っている。
うげっ、タクトスたちがいる席をわざと迂回してきたのに、なんで気付くんだよ。
「タクトス殿下。図書室へ行くところですが、何か?」
「それなら、俺も……」
「シェスナ君に校内をご案内でもして差し上げた方がよろしいのではないですか。まだ右も左も分からないのでしょうから」
俺がそう言うと、すかさずシェスナが「お、お願いしたいです!」と声を張り上げた。さりげなく、ボディータッチもしてやがる。さすが、したたかな悪役令息キャラ。
学級委員長という立場で頼まれごとを無下にできないのか、あるいはシェスナの美しさにもう魅了されているのか。分からないけど、タクトスは渋々といった表情で「……分かった。そうするよ」と引き下がった。
というわけで、俺はオルヴァと一緒に図書室へ向かう。
「あの……よかったんですか?」
どことなく困ったような顔をするオルヴァ。何を困っているんだろう。
「何が?」
「殿下を……その、突き放すようなことをおっしゃって」
あ、もしかしてタクトスから泥棒猫的な烙印を押される心配でもしているのかな。そりゃあ、王太子の不興を買いたくはないか。俺としたことが、気が利かなかったな。
そんな心配は杞憂なわけだけど、安心させておこう。
「大丈夫だよ。俺は王太子の婚約者として、タクトス殿下が今すべきことを進言しただけなんだから」
「そ、うですか……」
あいつは対等な夫夫とやらを目指しているらしいから、別に気にしていないだろ。さっ、オルヴァからオススメされた本を探そう。
俺は上機嫌で、本棚を漁った。
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