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第十一話 とりあえず、現状維持で3
しおりを挟む六限目の授業が終われば、もうノルマ終了。あとは寮の門限時間まで自由だ。
放課後の教室に残るもよし、図書室へ行くもよし、あまり推奨はされないけど王都の街へ遊びに行くもよし。
俺は、というと。
「おいしいね、兄上」
目の前で天使のように笑うミラーシュ。ミラーシュが頬張っているのは、たっぷりの生クリームが乗ったふわふわのパンケーキだ。プラス、イチゴジャム添え。
俺も同じものを食べているけど、うん。確かにうまい。生クリームが甘い分、パンケーキの生地は甘すぎず、そして酸味のあるイチゴジャムとマッチしていて。
俺たち兄弟がきているのは、王都の街にあるパンケーキ屋さん。いつもは放課後、寮で二人まったりと過ごすんだけど、ミラーシュの要望で今日はこのお店にやってきた。貴族の間でも人気のパンケーキ屋さんらしい。
「ああ、おいしいな。たまたま席が空いていてよかった」
「うん。並ばずに食べられるなんてラッキーだよ」
寮の門限時間は六時半だから、行列ができていたら食べられなかったかも。今だってもう五時過ぎだし、食べ終えたらすぐ戻らないとな。
ちなみに俺と一緒にいたがるあのタクトスがこの場にいないのは、あいつは生徒会メンバーだからだ。入学して一週間ほど過ぎた頃かな、一年生枠の書記として抜擢されたんだ。おかげで放課後は自由になれる日が多い。ありがたいことだ。
「次はタクトス殿下ときたら?」
悪気なく勧めるミラーシュに、俺は曖昧に笑うほかない。――何が楽しくて、あいつと二人きりでパンケーキを食べなきゃならないんだよ。
「そ、そういうミラーシュこそ、グイーデルト殿下ときたらどうだ」
つい言い返すと、ミラーシュは目をぱちくりとさせた。
「……グイーデルト殿下? どうして、グイーデルト殿下なの?」
「えっ! あ、ああ、えっと、一緒に昼食を食べたし、仲がいいんじゃないのかなーって。俺の勝手な想像だよ」
危ない、危ない。ミラーシュの未来の王子様だから、なんて答えるわけにいかないし。
でも、これから二人はゆっくりと恋を育んでいくはず。邪魔者はいないんだから。遅かれ早かれ、一緒にパンケーキ屋さんにもくるんじゃないか?
――と、思っていたのに。
「うーん、まぁいいお友達になれそうかな、とは思う」
「え……?」
き、聞き間違いか? いいお友達?
俺はごくりと生唾を飲み込んだ。パンケーキを食べる手がつい震える。
「それって……恋愛対象としては興味ない、ってこと?」
絞り出すように声を出せば、ミラーシュは頷いた。それはもうあっさりと。
「うん。僕の好みじゃないもん」
「マ、マジで? 優しくていい人そうじゃん。紳士的だし」
「それは思うけど。でも、僕は……他に気になる人がいるから」
な……んだと!?
俺はハンマーで殴られたような衝撃が頭部に走った。待て。これは一体どういうことだ。
必死に思い出す。くだんのBL小説展開を。一年生の秋に『タクトス』に婚約破棄され、傷心中のところを『グイーデルト』に猛アプローチされて徐々に惹かれていき、やがては結婚するという流れ……だったはずだけど。
あ、あれ? もしかして、元々はミラーシュの好みではなかったのか? 傷心中に優しくされたことをきっかけに意識し始めただけで、そうじゃなきゃ眼中にない相手ってこと?
ええ――っ!?
とんでもないことになってしまった。俺がミラーシュを守るためにやった計画が、実は完全なる余計なお世話だったんじゃないかと、今さら気付く。
「ほ、他に気になる人って誰だよ」
「同じクラスの子。レビド地方伯爵令息だよ」
レビド地方伯爵令息……跡取りだとしても、グイーデルト殿下に比べたら、スペック的には少々見劣りするかも。いや、地位と権力がすべてだなんて言うつもりはないけど。
「……どんな子?」
「口数の少ない一匹狼タイプ。でも、話すと優しいよ」
う、ううむ……クール系キャラってこと? それこそ、氷の彫像のような。優しいっていっても、普段が冷たいから相対的に優しく感じるだけじゃないのか?
なんにせよ、くだんのBL小説じゃモブだった奴だ。モブに恋しちゃったのか? 本来であれば、隣国の王太子婿になるはずの主人公が!
わわっ、どうしよう! 予想外のルートに進んでしまった。
「お、俺にも紹介してくれよ。会ってみたい」
「いいけど。じゃ、明日の朝は早く起きて。紹介するから」
――という流れで、会わせてもらう約束をもぎとった。
翌朝はミラーシュとともに朝早く貴族学校へ登校し(タクトスも一緒)、ミラーシュたちの教室へ顔を出して、噂のレビド地方伯爵令息と対面。
秀麗な顔立ちをしているのは間違いない。こっちは本物の氷像って雰囲気だけど。
「ミラーシュの双子の兄、セラフィルです。弟がいつもお世話になっています」
俺は努めて笑顔で挨拶をする。
対して、相手は表情を変えずに一言。
「フリス・レビドです」
――おい。それだけかよ。
不愛想にもほどがある。社交を大切にする貴族にしては、愛想が悪いってもんじゃない。それでも王太子くらい絶対的な地位ならまだしも、地方伯爵令息じゃん。
などという不満を口には出さず、俺はあくまで朗らかに「弟と仲良くしてあげて下さいね」と声をかけて、教室をあとにした。その後ろを、ミラーシュが追いかけてくる。
「兄上! どうだった? 素敵な人でしょ?」
嬉々として言うミラーシュの両肩を、俺は足を止めてぐっと掴んだ。怖いくらいの真顔を作って言う。
「やめろ」
「え?」
「あいつがミラーシュを幸せにできるとは思えない。マジでやめとけ」
前世で社会人の姉が言っていた言葉がある。本人は酒を飲んで酔っ払っていたけど、その言葉を俺はよく覚えている。
『なんかさー、恋愛と結婚って違うなぁって思うのよ。恋人はイケメンがいいけど、結婚となると包容力のある安定した男がいいっていうか。――ってわけで、フツメンのあんたは包容力ある安定した男を目指しな!』
人それぞれだろうし、誰もが恋愛と結婚が違うと思っているわけじゃないだろうけど。でも個人的には、結婚相手に包容力のある安定した男がいいっていうのは同感なんだよな。長い結婚生活、お互いを思いやれる相手じゃないと上手くいかなさそうっていうか。
結婚どころか、恋人すらいたことのない、俺の想像世界でしかないんだけども。
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