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第八話 目指せ、婚約ルート8

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 ――って、あいつを拒否してどうするんだ、俺。
 婚約ルートを目指しているっていうのに……厳しく接したら、婚約者の席が遠ざかってしまうじゃん。せっかく、お友達ポジションをゲットしたのに、それまで失ったんじゃないか。
 屋敷の自室に戻った俺は、頭を抱えるしかない。うー、どうしよう。あいつへ伝えた言葉に後悔はないけど、でもミラーシュの未来がかかっている以上、間違った選択をしてしまった感が否めない。
 俺たちはもう十四歳。再来年の春からは王都の貴族学校に進学だ。そこでしたたかな悪役令息が登場してタクトスを略奪し、嘘を吹き込んで婚約破棄されるっていうストーリーラインなわけだから……父上たちにダダをこねて、俺たち二人で他国に留学するか? それなら、タクトスとの婚約イベントも、婚約破棄イベントも発生しない。
 妙案かなと一瞬思ったけど、いやダメだとすぐ思い至る。だって、それだとミラーシュが隣国の王太子に溺愛されるルートまで消滅してしまう。ミラーシュが幸せを掴む未来まで無くすわけにはいかないよ。マジでどうしたらいいんだ。
 どうにかしなければと、思い悩む日々。日増しに焦りが募っていく。あっという間に冬を通り越して春がやってきた。ちなみにその間、タクトスとの文通は一切なし。
 ああ、こりゃあ嫌われたな。婚約ルートに入るのは無理そう。
 そんな諦観の念を抱いていたある日のことだ。自室で本を読んでいた俺の耳に、階段をバタバタとうるさく駆け上がってくる足音が届く。
 俺は本から顔を上げて眉をひそめた。なんだ、うるさいな。両親や使用人、ナドルとは思えないから、ミラーシュに違いない。
 案の定、騒がしく駆け上がってきたのはミラーシュだった。ドアノックもせず、俺の自室の扉を開けて飛び込んできた。

「兄上! 大変です!」
「ノックくらいしてくれよ。で、大変って何が?」

 俺より上品な佇まいのミラーシュがこうも慌てているのは珍しい。まさか、両親やナドルに何かあったのか。思わず、身構えてしまったけど、違った。

「タクトス殿下がいらっしゃったんだよ!」
「……え?」

 タクトスが? 一体なんの用事で?
 ぽかんとする俺の腕をミラーシュが掴み、ぐいぐいと引っ張る。いてて、分かったから強引な真似はやめろ。
 俺はミラーシュの手を振り払いつつも、椅子から立ち上がる。

「俺に用があるのか?」
「うん。広間で待っていただいているから、早く行って!」
「わ、分かったって。押すなよ」

 背中を押し出されるようにして、自室から追い出される俺。まったく、ミラーシュめ……と思いつつ、俺は廊下を曲がって階段を下りる。
 ……って、あれ?
 ミラーシュとタクトスが接触したってことだよな。――え!?
 俺は顔面蒼白だ。ま、まずいじゃん。もしかしたら、ミラーシュを見初めちゃったかも。昨年の冬頃から、俺たち二人とも絶賛成長期中なんだけど、ミラーシュの奴はますます可愛くなっているし。うわーっ、どうしよう!
 頭の中はてんやわんやだけど、ひとまずタクトスが用のある相手は俺なんだ。どうにか気を落ち着かせて、一階にある広間に向かう。
 すると、そこには――本当にタクトスがいた。タクトスも成長期なんだろう、俺より若干背が高くなっている。

「お、お待たせして申し訳ありません。タクトス殿下」
「いや。気にするな」

 あれ、声も記憶にあるものより低くなっているぞ。声変わりしたのか。
 ま、それはともかく。マジで何をしにきたんだ。いまさら絶縁状を突きつけにきたわけじゃないだろうし……はて。

「セラフィル。昨年の一件のことで話がある」

 えーっと、店で食糧を買い占めて、俺に届けにきたあの件か?
 あっ、まさか――あの時の対応を、不敬罪で処罰しにきたのだったりして!?
 ぎくりとしたけど、俺を見下ろすタクトスの目は凪のように静かで、そして穏やかだ。

「あの時は、俺を諫めてくれてありがとう」
「え?」
「あのあと、父上からもお叱りを受けた。セラフィルが言っていた通り、王太子としてふさわしい行動だったのかよく考えろと言われて……しばらく、一人で考えていた。俺は間違った行動をしてしまっていたのかと。だとしたら、何が間違っていたのかと」
「………」

 黙って耳を傾ける。口を挟まずにいると、タクトスは訥々と続けた。

「順番を守って並ぶ。物を一人で独占しない。幼子でも分かるマナーだ。それを俺は私利私欲のために権力を振りかざして乱し、さらには買い占める始末。セラフィルが怒るのも無理はない。さぞ呆れていたことだろう」

 タクトスの美しい目が、ふいと窓の向こうを見やる。そこには果てのない青空が広がっているけど、タクトスが思いを馳せているのはその青空の下にいる全国民、なのかもしれない。

「それでも俺がもし一般市民であれば、セラフィルのためだけを思って行動したことは許されていたかもしれない。だが、俺は次期国王となる王太子という立場だ。あの時、俺が王太子としてすべきだったことは、苦しむ国民に寄り添い、対策を講じ、分け隔てなく手を差し伸べることだった……と、ようやく分かった」
「タクトス殿下……」

 そうか。ちゃんと自分の過ちに気付いたんだな。
 だから、諫めてくれてありがとう、って俺に伝えにきてくれたわけか。

「俺はこれから地方巡察している父上と合流し、各地の状況を見て回る。今の俺にできることなどないに等しいが、国民の声を聞くことはできる」
「よきお考えだと思います」

 あの時は、バカ王太子って思ったけど。今は違う。凛とした表情の横顔は、責任ある『王太子』の顔をしているよ。
 窓の外を見ていたタクトスが、再び俺の方を向いた。

「俺はいずれこの国の王となる。だから、その時に」

 すっと目の前にタクトスの手が差し伸べられる。俺を真っ直ぐ見つめる真摯な瞳と目が合う。

「俺の隣にいるのは、セラフィルであってほしい」

 一瞬、言葉の意味を理解しかねた。
 国王となったタクトスの隣にいてほしいのは俺? え、側近として? 臣下として仕えてほしいってこと?
 そんなすっとぼけた解釈をしてしまったけど、

「俺と婚約してもらえないだろうか」

 その一言で、ようやく求婚されているのだと理解する。
 あまりにも驚いて、咄嗟に出た声が掠れた。

「お、俺でいいんですか……?」
「セラフィルがいいんだ」

 柔らかく笑むタクトスは、まるで春の陽だまり王太子。

「ダメか」
「い、いえっ。その、とても嬉しいです」

 慌てて俺は、タクトスの手を取る。
 ミラーシュと顔を合わせただろうに、俺と婚約してほしいだなんて。随分と遠回りしてしまったけど、念願の婚約ルートだ。
 ……。よし。これでミラーシュのことを守れるぞ。

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